そんな死因があってたまるか
参った、と浮竹は一人雨乾堂で天を仰いでいた。
先程十二番隊で受け取った書類が一枚見当たらない。封筒の中に五枚確かに入っていることを涅の前で確認したはずだったのだが、道中落とした可能性がある。
しかし道中といってもそこそこ距離がある上、あろうことか途中甘味処に寄り、更に他隊の隊士に声を掛けられ立ち話に花が咲いてしまった。今から遡った所で、書類が一枚無事に落ちているとは思えない。
先日、現世任務にて討伐対象の虚が残した身体の一部を隊士が回収した。一部を残す事象は珍しく解析に掛けられることとなったのだが、その結果報告だった。
報告書に解析結果を併せて今日の午後までに提出する予定だったのだが、これでは叶わない。どうしたものかと廊下で思わず屈み込んで項垂れた。
土下座の三文字が頭に浮かんでいた時、ふと遠くから近づく足音が聞こえ顔を上げる。焦ったように走る珍しい千世の様子に腰を上げると、彼女は目の前で立ち止まった。
「この書類、お急ぎのものではないですか」
「書類……」
あっ、と千世から渡された一枚の紙を見て、浮竹は思わず声を上げる。
まさに探していた書類だ。隊舎前に落ちていたので、と不安そうに眉を曲げる千世へこの喜びを伝えたいが為に、思わず抱き締めそうになったがぐっと奥歯を噛み締め呑み込んだ。
「どうして急ぎと分かったんだ」
「昨日、志波副隊長とのお話が偶然耳に入りまして……盗み聞きのようですみません」
廊下で交わしていた会話だったのだから、咎める事など無い。もし盗み聞きだとしても今はそんな事どうでも良いくらいだ。
「良かった……助かったよ。涅隊長に土下座でもしようかと思っていたところだった…本当に、助かった。ありがとう」
「そんな、大したことでは」
「いや、大したことさ。ありがとう……どう感謝を伝えれば良いか分からないな」
涅相手となると土下座をしても、紛失分を再度発行してくれるとは思えない。ならば実験台にでもなるしかないとまで思いつめていたのだから、千世は救世主にすら見えるというものだ。
あらゆる表現で感謝を伝えていれば、彼女はやがて戸惑った様子でくすくす笑い始める。流石にしつこかっただろうかと、最後に改めて感謝を伝えれば、彼女もまた小さく頭を下げた。
「お役に立てて嬉しいです。とても」
そう目尻を下げ柔らかく微笑んだ千世を浮竹は、思わず腑抜けたような表情で眺めていた。目を奪われたと言っても良い。
心の底から嬉しいのだろう。言葉通りの、いや言葉以上の彼女の心優しい思いがその表情から溢れている。
花の綻ぶような笑みと言うが、まさにその言葉通りだと思った。固く閉じていた蕾が緩み、その美しい花弁を目いっぱいに広げた、あの幸せに満ち溢れた光景だ。
心臓を掴まれたようだった。喜びと照れくささが入り混じりうっすらと紅潮した頬と、僅かに潤んだ瞳に大きく鼓動が脈打つ。息苦しいというのに、その詰まった呼吸に心地良ささえ感じる。
思わぬ衝撃に暫く固まっていた浮竹だったが、ああ、と辛うじてぎこちなく言葉を返す。千世は更に満足な様子で頷いてから頭を深く下げると、跳ねるように去っていった。
その背中からはまるで鼻歌が聞こえそうなほど幸せな様子で、止めていた息を吐き出す。自然と震えた吐息の熱さに、為す術なく再び天を仰いだのだった。