とある夕間暮れ
へえ、と目の前の男は特に興味関心もなさそうに頷き、三色団子の頭を口に含み、歯を使って串から外すともぐもぐ咀嚼する。
「なに浮竹、自慢するためにわざわざボクに会いにきたのかい」
「別に自慢じゃ……渡す書類があったからと言っただろ」
「七緒ちゃんに渡したんだろう?じゃあわざわざボクに会いに来る必要無いじゃない……屋根の上まで来ちゃって」
旧友はそう言って眠たげな目を浮竹に向けた。
確かに彼の言う通り、渡すべき書類は伊勢に預けたため会う必要は無かったのだが、あまり八番隊に来るという機会も無い。折角ならば挨拶くらいと思い、隊舎の瓦屋根の上で休憩に勤しむ京楽を訪ねたのだ。
千世との事を話しておこうかと思ったというのもある。とは言っても互いの女性関係など今まで話し合ったこともないし、旧友だからと話す義理もないのだが、今回はその関係が特殊であることを鑑みて話をしておくべきかと判断した。
京楽は特に驚きもせず、眠たげにしているばかりで少し拍子抜けをしたのは事実だ。多少なりとも、驚かれるかと予想をしていた。今まで時々彼女の話題を出していたとはいえ、好意があるとかそういう話には一度もなっていない。
「喜ばしいことじゃないの。何が不安なの」
「いや……不安というか……」
「じゃなきゃボクにわざわざ話さないだろう。まあ確かに、隊長と副隊長の交際ってのは今まで聞いたこと無いからねえ」
不安と言われ、ぎくりとする。しかし浮竹の中で漠然と渦巻く感情は、不安とはまた少し違うように思っていた。隊内での恋愛というのはそう珍しいことではなく、結婚に至る者たちも少なくはない。
しかし隊長と副隊長という絶対的な信頼によって成り立つ、隊の柱とも言える関係で男女関係が生まれるというのは、他の隊士からしてみれば不安要素でしかないだろう。つまり前提として、よほど親しく信頼ができる相手でない限り知られてはならないということだ。
しかしそれはおそらく互いに十分覚悟はしている。ただ、つまりそれは何かあった際に頼れる相手が少ないということでもある。浮竹自身についてはどうでも良かったのだが、彼女には力になってくれるような相手がいて欲しいと思った。
京楽がその意図をどれほど汲んでくれるのかは分からないが、伝えたことでどこか安心した。
と言っても、まだ彼女との交際が開始して一週間ほどしか経っていない。二人で過ごすような時間もまだ取れていないというのに、少しばかり重めの想いを傾けているのではないかという自覚は多少あった。
「どこまでいったの」
「いや、まだ一週間だぞ……忙しくて二人で過ごせてもない」
「あらそう。へえ……でも別に、女の子とお付き合いするのが初めてって訳じゃないだろう」
「まあ……それはそうなんだが」
とはいえ、立派な恋愛遍歴を持っている訳ではない。それに隊長となってからは全くといって良いほど女性とは何もなかった。皆を守らなければならない立場となり、そういう感情が湧かなくなってしまったのだ。
だから、千世はやはり異質な存在だった。入隊時からその成長を見守り、時には直接指導するようなこともあった。副隊長となり共に隊を守らねばならない立場とはなったものの、しかしそれでも変わらず浮竹にとっては大切な部下の一人であることには違いなかった。
いつからというのは、明確ではない。だが今年に入ってからは、おそらく確実に意識は変わっていたように思う。塵も積もればとはまさにこの事だろうと思う。些細な心のざわめきが、無視できないほどに積もっていた。
しかし無事交際が始まったとはいえ、これといってらしい事は何もない。忙しいのは事実だが、そういう隙間を縫ってでも二人で過ごしたいと思うのが、交際当初というものだろう。
だが歳とを取るというのは厄介なもので、あれこれと考えてしまうものだ。積極的になりすぎてがっついていると思われるのは不本意だし、余計な事をして爺くさいと思われるのはあまりに惨めだ。彼女が自ら動き出すようにも思えないし、大体男側から引っ張っていくべきだろうという思いもある。
歳が離れているというのも、どこか引け目を感じる要因であることには違いない。下手をしたら娘ともいえるような歳の差で、非道徳的だと指摘されても正直反論が出来ない。しかし何も年齢に拘った訳はなく、彼女の人となりにに惹かれたというだけなのだ。
一週間が経った今になって、色々なことが頭を駆け巡り始める。男女交際とは、こうも難しい事だったか。
「彼女くらいの歳の子が何を好きかとか、何を求めているとか……京楽はそういうの分かるか」
「そういうのを探るのが醍醐味じゃないの。その子にもよるし」
「探るというのもな……休日に何をしているのかも良く知らないんだよ。趣味も少し変わっているし……素直で分かりやすい子なんだが、あまり私生活が見えない不思議な子でね。少し抜けたところもあるんだが根は真面目で、何事にも懸命な所が可愛らしいんだが……」
「ちょっと。惚気なら他でやってくれるかい」
京楽の呆れたような様子に、浮竹は口を噤んで顔を顰める。彼女の姿が頭に浮かび、つい口を滑らせた。
知らないのならば聞けば良いだけの話だ。その権利を今は持っているというのに、ここで京楽相手に駄弁ったところで分かる訳もない。しかしそう簡単に思い通りに出来るのならば、何事も苦労はしないというものだ。
久しぶりの恋愛に、全く身体が慣れていない。ふとした時に頭に姿が浮かぶのは流石に考えすぎではないかとか、隊舎で顔を合わせた際の挨拶が不自然で無かったかとか、会話はぎこちなくなっていないかとか。まるで少年時代にでも逆戻りしたかのようである。
「つまり、お付き合いが始まって何をすれば良いのか分からないってこと」
「いや……分からないというか……」
「それでボクに助言を求めにきたって訳かい?やだねえオジサンに恋愛相談されるなんて」
「そんなつもりじゃ無い……!」
報告のためであって助言を求めて此処まで来た訳ではないのだが、結果的にそのような雰囲気になってしまっていることが悔しい。
二つ目の団子を口に入れた京楽は、背を倒し空を見上げる。先ほどまで暖かく良い天気だったが、流石に陽が傾くのが早い。夜の気配を感じる風の冷たさに、浮竹は指先を袖に隠した。
「二人でとにかく過ごしなさいよ。何に引け目感じてるのか知らないけどさ。千世ちゃんも自分から動くような性格じゃあないだろうし」
仰る通りである。二人の時間を過ごさないことには何も始まらないというのに、一人うだうだと考える時間だけは立派に取っているのだ。
分かりきったことではあるが、改めてそう言ってくれたことには感謝しなければならない。今浮竹に必要なのは助言というよりも、背を押すような言葉だったのだろう。
隣で呑気に欠伸をしている京楽を眺めながら、礼でも言おうかと口を開いたが、どうにもむず痒くて結局噤んだ。
「この件、千世ちゃんに直接話しても良いの」
「ん……直接……?」
「揶揄った反応を見てみたいじゃないの。ああいう普段真面目な子がイチバン揶揄うと可愛いんだから」
「駄目だ。駄目に決まってる」
残念そうに眉を曲げる京楽に、浮竹は溜息を吐く。揶揄われ、顔を真赤にして困り果てる彼女の姿がありありと目に浮かんで胸が痛む。話しかける程度なら問題ないが、京楽のことだからそれだけで済まないだろう。
「……というか、驚かなかったのか」
「別に今更驚きやしないよ。元々千世ちゃんのこと随分お気に入りだったじゃない」
「え?……い、いや……そんなつもりは無かったんだが……」
「ボクからしたら、その自覚が無かった事が驚きだよ」
浮竹らしいよと、京楽はそう笑う。それが褒め言葉なのかどうかはさておき、二人で笑い合う時間は昔から変わらず穏やかであった。
(2024.12.11)