とある昼休み

2024年12月10日
とある

 

とある昼休み

 

「えっ!?何それ!?ウッソ……えっ!?うっ、」
「乱菊さん、しーっ……」

 十番隊舎に響き渡るような松本の絶叫に、千世は慌ててその口を手で塞ぐ。
 暫く目を見開いてもごもごとしていた彼女だったが、やがて落ち着きを取り戻しがようだが、驚愕の表情は崩さないまま一人納得し続けるように頷いている。
 よほど驚いたのだろう。浮竹に秘めた想いを抱いていたことは以前から伝えていたが、この頃は特に触れていなかった。そして今日久しぶりに浮竹の名前が出たかと思えば、まさか交際が始まったというのだから、松本からすれば急転直下の出来事だっただろう。
 まさか実るはずがないと、千世自身が元々諦めていたというのもある。ただ彼の傍でこの世界の安寧という同じ願いの為命を賭することに、生きる意味を見出していた。松本からは、随分献身的ねえと半ば呆れ気味に見守られていたものだ。

「念の為聞くけど、それ本当に千世の妄想とか幻覚じゃないのよね」
「その方がまだ良かったかもしれないって思う時はあるけど……」

 松本は再び、その大きな瞳をぱっちりと見開いたまま、噛みしめるように無言でゆっくりと何度も頷く。出会った頃から肝が座りきっていた彼女が此処まで驚嘆する姿は初めて見た。千世は何とも気まずいような小っ恥ずかしいような気がして、視線が勝手にうろうろと泳ぐ。
 暫くしてようやく事態を飲み込め始めたのか、良かったわねえと松本はしみじみした様子で呟いた。
 彼女と出会ったのは入隊して数年目のある合同任務でのことだったから、考えてみれば彼女と過ごした時間よりも浮竹に想いを寄せていた期間の方が長かった。

「どっちが言ったの?」
「私だけど、本当に言うつもりは全くなくて……本当にうっかりというか……」
「うっかりで上手くいっちゃったの?はあ〜……まあ、浮竹隊長はノリでオーケーするタイプじゃないだろうし……でも一体いつから千世に惚れてたのかしらねえ」

 確かに松本の言う通り、いつからというのは気になってはいた。ただ部下の一人として大切にされているとは感じていたが、それは他の隊士たちも皆同じだ。いわゆる異性に対する好意のような素振りはまるで感じたことが無かった。
 彼の優しさでは無いかと勿論初めは思ったものだ。相手を傷つけないことを選んだのだろうと。だがいくら千世が食い下がっても彼はくすくすと笑うばかりで、挙句の果てには手を握り、これから宜しくと優しく真っ直ぐ目線を合わせ伝えてくれた。
 その日自宅に帰り、しつこく食い下がった事を後悔したものだ。彼はいつでも平等な愛情を持っていたが、それが相手を喜ばせるためではないということを良く知っている。だというのに千世はといえば、そんなはずはないとか、無理をしないでいいとか、いくら混乱していたとはいえ思い返すほどに失礼な話である。
 未だに思い出しても顔から火が出そうなほど恥ずかしいやら、しかし嬉しいやらでのたうち回りたくなる。事の詳細までは彼女には伝えていないが、いつか酒の勢いで根掘り葉掘り聞き出されてしまいそうなのが恐ろしい。

「で?どこまでいったの?」
「どこまで?」

 千世は少しぽかんとしていたが、松本のにやりとした笑みにぎくりと背を自然と伸ばす。
 彼女の想像するような事は何一つとして起きていない。手を握られただけで、あれから二人きりで過ごす時間は取れていない。先程隊舎を出たところで隊首会帰りの彼と鉢合わせたが、周りの目もあってどうにも落ちつかずさっさと会話を切り上げてしまった。
 きっと、内心の慌てふためきが態度に丸出しであったに違いない。ただの他愛もない会話だったというのに、彼も呆れている事だろう。
 千世はわくわくと待っている松本に、何も起きていないことをぼそぼそと伝える。はあ、と途端に眉を曲げ残念そうに溜息を吐くと、そうよね、と俯く千世をじっと見つめて呟いた。
 他の男に目もくれず、ただひたすら浮竹の背中ばかり追っていた事は彼女が一番知っているはずだ。

「その……まず何をするものなのかが分からなくて……」
「やだアンタ、男女が付き合ってすることなんて一つしかないんだから」
「ちっ、違う、違う違う……そういうのじゃなくて!もっとそれより手前の……」

 千世は慌ててぶんぶんと首を横に振る。彼女の思考回路ならばそう言われるだろうと予想はしていたのだが、いざ面と向かってそう口に出されると羞恥のあまり一瞬で頬が火照るのが分かった。
 松本の言うそれが百だとするならば、まだ一にも満たないくらいの段階である。あまりに非現実的すぎる。

「まずは、二人で過ごす時間を作るの!折角その権利が出来たのに勿体ないわよ」
「確かに……でも、隊長と二人で過ごせる場所なんてあんまり……」
「いいじゃないの、とりあえず隊首室か千世の執務室で少しだけでも過ごせば。終業後なら問題ないでしょ。七緒から、簡単な結界でも教えてもらったりしちゃって。それかいっそ……隊長のお家とか」

 意味ありげに微笑む松本の視線から逃げるように、顔を逸らす。
 だが、確かに彼女の言う通りまず二人で過ごさないことには始まりもしない。折角思いが通じ合ったというのに、このままでは今までと何ら変わらないだろう。

「乱菊さん、ありがとう。やっぱり話して良かった」
「大したアドバイス出来てないけど。スッキリしたなら良かったわ」

 ふと時計を見れば間も無く昼休憩の時間が終わろうとしている。十番隊に届けなくてはならない書類があったのを良いことに、すっかり話し込んでしまった。

「それで今日の話、日番谷隊長にはまだ言わないで欲しいんだけど……」

 千世はこそこそと耳打ちする。
 彼女の上官である日番谷も、千世が浮竹へ寄せる想いについては良く知っていた。知っていたというよりも、彼が同じ部屋に居るとは知らずにうっかり松本に話してしまったことが切欠であるだけで、聞かせるつもりなど無かったのだが。

 それ以来、隠す必要もないかと日番谷が居る前でも普通に話題に上げるようになっていたのだ。

「日番谷隊長そこにいるわよ」
「は……はい!?」

 むくりと長椅子の背もたれの陰から起き上がった日番谷の顔が覗く。かつてないほど不機嫌そうに二人をじろりと睨む様子に、げ、と思わず口をついて出た。

「最初から居るって言ったじゃない。千世ったらずっとソワソワして、聞いてなかったのねえ〜カワイイ」
「日番谷隊長も居るなら居るって言ってくださいよ!!」
「……知ってるか。此処は隊長執務室だ」

 あまりに見事な逆切れであるとは分かっていたが、驚きと焦りでどう反応すれば良いのかが分からなかったのだから仕方がない。
 まだ普段のようなどうでも良い世間話ならば良かったものの、男女交際の初心者教室かのような会話を初めから聞かれていたというのはあまりに恥ずかしすぎて冷や汗が滲み出る。
 別に交際が始まった事は知られても構わないのだが、とにかくあの初心者丸わかりの情けない様子を知られてしまったのは非常に恥ずかしい。彼はあくまで他隊の隊長だ。だから、当初から彼には段階を踏んでから伝えようかと思っていたのだ。
 日番谷は立ち上がると気だるそうに一つ伸びをし、つかつかと二人の元へと引き続き不機嫌そうに歩み寄る。

「では日番谷隊長、千世にお祝いの一言どうぞ!」
「浮竹に業務妨害の苦情を入れやすくなって助かる」
「ごめんなさい!!」

(2024.12.10)