日に日に夜はやわらかく

21日

 

日に日に夜はやわらかく

 

 暫くぶりの現世任務であった。一月や二月ではない、実に恐らく約半年ぶりである。
 流魂街での任務は時々欠員が出た際や、多少強い霊圧反応があった場合に出る事はあったのだが、現世任務はとんとご無沙汰であった。
 欠員が出た訳でも、強敵と思しき反応というわけでもない。席官執務室へ書類を届けに顔を出した際、任務要請に人員を割り当てている清音の手元を興味で覗いたのだ。その際に彼女の気まぐれか、偶にはどうかと勧められた。
 急ぎの仕事は無く、比較的机仕事も落ち着いていた。特に断る理由もなかった千世は、折角だからと向かったのだった。夜間任務だった為、日が落ちた後に穿界門からの出立となった。到着後、虚は自ら姿を現したため特に苦労をすることはなく、滞在時間はものの一時間ほどであった。
 いつも不機嫌な斬魄刀も久しぶりの戦闘で満足したのか、よく手に馴染んでくれた。千世自身も楽しんでいたからというのもあったのだろう。立場上いくら机仕事が増えたとはいえ、やはり定期的に任務には向かうべきなのだろう。
 任務後の昂りがまだ続くまま寝室の襖を開けると、途端に暖かい空気が千世を包む。部屋の隅には、灯りで手元を照らしながら本を開く浮竹が座椅子に腰を下ろしていた。

「ただいま戻りました」

 おかえり、と眉を上げた浮竹は本を閉じると立ち上がり、真っ直ぐ千世の元へと向かう。ぐっと顔を上げ見上げると、彼の両手が千世の両耳を捉えた。暖かい手のひらで触れられて、冷えていたことに気付く。
 あったかい、と思わず漏らしてその心地よさに目を閉じれば、そのまま頬に移動した手のひらがぬるい熱を分けてくれる。

「こんなに冷たくなって、大変だったろう」
「い、いえ……襟巻きを巻いて、袴の下は股引も履いていましたから、全然」
「はは、それは流石だな」

 おつかれさま、と彼は一言呟くように千世へこぼすと、頬に触れていた手が背へ回る。するとぐっと彼の身体へ引き寄せられ、身体に巻き付く腕に力が籠められた。彼の胸元に顔を埋めながら、包まれる柔い心地に胸の奥が熱くなる。
 ばくばくと鳴る脈拍を落ち着けようと深呼吸をしようにも、すうっと吸い込めば彼の香りで胸が満たされ逆にさらに脈拍が上がった。
 こうして抱きしめられると、彼の身体が自分をまるごと包んでしまうくらい大きい事を思い知らされる。病弱な印象が強い上、ひょろっと痩せて見えるからつい忘れがちであった。
 身体をぐったりと彼に預けながら、照れくささと満たされるような幸福感で体温が上がっていくのが分かる。きっと今の自分は情けないほど締まりの無い顔をしているに違いなかった。
 今までだって何度も彼との触れ合いはあった。手を握ることや口付け、それにそれ以上の事も珍しくはない。だというのに、経ったまま衣服を纏ってただ無言で抱きしめられると、これ以上のことは無いのではないかと思うほど灼けるような幸福で満たされる。
 自分の中で、彼への思いがどれほど大きいかと理解はしているはずだった。だが、彼の腕の中ではそれが果てなく広がっていくばかりなのではないかと、いっそ恐ろしささえ感じる。
 熱い息を漏らす。出来ることならば一生この心地の中で過ごしたいが、しかしそういうわけにもいかない。背へ回っていた手が後頭部へと移動し、優しく撫でられる。別に褒められるような事をしていないというのに、褒めてくれているようで照れくさかった。

「……もう少しこうしていても良いですか」
「ああ、良いぞ。いくらでも」
「ええと、それじゃあ……お言葉に甘えて明日の朝まで」

 そう千世が答えると、浮竹はけらけらと笑って腕をきつく締めた。痛い痛い、と千世もつられて笑ってじたばたすると、そのまま閉じ込められるようにかたく固定される。
 間もなく抵抗するのをやめ暫く無言で固く抱きしめられていた後、ふっと力が抜かれると千世は身体を僅かに離した。どうしたのかと浮竹を見上げれば、彼は千世の目を真っ直ぐと見下ろしながら口元には柔らかい笑みを浮かべている。

「君が帰ってきてどうしようもなく安心したんだ」
「ただの低級虚の討伐任務ですよ、そんなご心配をお掛けするようなものでは……」
「分かってる。君が下手を打つわけが無いと分かってるんだが……どうかしているな」

 彼はそう眉を曲げ笑う。

「大丈夫です、私はどこに行っても隊長の元へ帰ってきますから」
「おお、偉いな。忠犬みたいだ」
「ちょっと隊長……茶化さないでください」

 千世がそう言って眉間に皺を寄せると、浮竹は笑って再び背へ回った腕で千世を抱き寄せた。固くきつく抱きしめられ、まるで身動きが取れない。その息苦しささえ今は心地が良い。いっそこのまま壊されて潰されてしまっても、後悔することは無いような気がしたのだった。

2023/12/8