こわれないことば

21日

 

こわれないことば

 

 盆栽の手入れは日課だった。長いこと続けているが、しかし相変わらず何が正しいのかは分かっていない。
 分からないなりに続けていれば、分かるようになるだろうかと思って続けていたのだが、結局はじめた頃と変わっていなかった。
 かといって途中で辞めるような気も無かった。盆栽たちがすくすくと育っていく様子がまるで我が子のようで可愛らしく、日々の剪定や水やりも言葉を交わしているようでなかなか楽しい。
 品評会に出せるようなものではないが、浮竹個人が楽しむ分には十分な価値を発揮していた。
 さて、と浮竹は鋏を手に、少し後退りをし距離を取って盆栽を眺める。思い描いたような形になりつつあるが、やはりどこか垢抜けない印象だ。もしかしたら、可愛がり過ぎているのやもしれない。
 可愛い子には旅をさせよとよく言うが、盆栽も同じなのだろうか。天気が優れない時はすぐ縁側に退避させていたのだが、甘やかしすぎている可能性がある。
 しかし、このすくすくと育った盆栽たちが風雨に晒される様子というのはどうしても許しがたい。倒れて枝が折れてしまわないかと心配で仕方がない。
 どうしたものか。ううん、と唸っていると突然背後から呼びかけられた声に、浮竹はびくりと飛び跳ねる。足音も聞こえないほど、集中していたようだ。
 驚いた浮竹に以上に驚いた様子の千世は、目を丸くして見上げている。まさか驚かせるつもりはなかっただろう。

「そろそろ、お昼ご飯を作ろうかと思いまして」
「おっと、もうそんな時間か」
「隊長、すごい集中されてましたね。朝からずっとじゃないですか」

 千世はそう言って笑う。うろうろ途中で休んだり本でも読もうかとしていたのだが、どうにも今日は気になって剪定を繰り返していた。お陰で枝はだいぶ短くなってしまったが、このまま思う方向に伸びてくれればと願うばかりだ。
 浮竹は鋏を千世に預け、盆栽の元へと向かう。落ちた枝を纏めていれば、ざりざりと砂利を踏みしめながら千世が傍へ寄る。

「私が初めて来たときより、ずっと大きくなりましたね」
「そうだな……だが、もう少し逞しく育ってもらったほうが良いかと思うんだ」
「そうなんですか?みんな可愛らしくて、私は今のままでも好きですよ」

 可愛らしい、という言葉に浮竹は笑う。やはり彼女からもそう見えているのだ。一般的に盆栽といえば、見ごたえのある幹と、形良く見事に広げる枝葉を思い浮かべる。
 それに比べ、この庭の盆栽はどれも小ぢんまりとして、一生懸命に手を伸ばすような枝葉がどうにも可愛らしい。確かに、彼女が言うように確実に成長はしているはずなのだが。

千世が前に言ってくれたろう、甘やかさない俺が好きだと」
「えっ……いや、あ……、そ……そうでしたっけ……」
「この屋敷に千世が来るようになって、少しした頃かな。覚えてないのか?」
「いや……お、覚えてます……」

 だろう、と浮竹はそう口元を緩ませる。
 彼女が珍しくこの屋敷で稽古の相手をしてくれと言ってきた事があったのだ。その頃彼女は何か思い悩んでいたようで、しかし彼女から言い出さない限りは特に理由を聞きはしなかった。
 互いに竹刀を握り、加減をしないでほしいというから彼女の言う通り、勿論真摯に臨んだ。もとより、手を抜くつもりはなかった。いくら転がっても、竹刀が肌に掠っても何度でもめげずに起き上がる姿にはぎょっとしたものだが、半刻もすぎれば流石に疲れ果てたのか、土だらけの千世が出来上がった。
 しかし反面、彼女は清々しい表情を見せる。楽しかったと笑う彼女に浮竹は面食らった。甘やかさない隊長が好きだと、彼女は土だらけの顔で幸せそうに笑うのだ。そのちぐはぐとした状況に、浮竹も力なく笑ったものだ。その光景を、今になってふと思い出したのだった。

「自ずから泥まみれになりたがる、逞しく育った変わった子を知っていてね。この子たちにも見習って貰おうかと思ってる」
「……へ、へえ……」
「誰のことか気になるかい?」
「いえ……全然……」

 薄っすら頬を赤らめた千世は、視線をずらしてそうぼそぼそと答える。自分のことだと分かっているのだろう。あまり思い出したくはないのか、実に気まずそうにする。
 彼女との間に流れる時間は、つくづく飽きる事がない。それはこの先も変わらないと分かっているから、だから願わくば永く傍に居て欲しいと思う。
 彼女が照れくさいのかそそくさと屋敷へ戻っていく背中を追いながら、浮竹は口元を飽きずに緩ませるのだった。

2023/12/3