保護中: さかさゆびきり-10

ひどく眠い。身体の上に泥が被せられているように重い。頭も、目の奥も重い。しかし浮上しはじめてしまった意識を、再び元通り沈める事は難しかった。まだ身体は惰眠を貪りたいようだが、意識は相反して覚醒していく。せめてもの抵抗として瞼を閉じているものの、朝の日差しを薄い皮膚越しに感じていた。 もう朝か。仕方ない。仰向けだった身体を転がし寝返りを打つと、何かが傍らにある。温かく柔らかなそれに、俺は自然と手を回した。 ううん、と小さく唸るような人の声が傍で聞こえる。重い瞼を明け、見慣れぬ部屋の様子に俺は徐々に昨晩の記憶をさらい始めていた。殺風景な部屋の中心に敷かれた綿の厚い褥の上に転がり、上質そうな羽根布団を掛けている。 俺の傍らには、女性が身を寄せるようにして穏やかに眠っていた。布団を少し退ければ、白い肌とその柔らかな曲線が顕になる。障子越しに朝日を浴び、すうすうと寝息を立てる彼女の身体を俺はそっと撫でた。 この関係からして、こんな状況に至る訳がないと思っていた。雑木林に囲まれた、化け物でも出そうなあの平屋の薄暗く黴臭い部屋だったから、密通に対しての罪悪感もやけに薄く済んでいたのだろう。 決して開き直っているわけではない。この関係が許されないものだと十分理解していながら、しかし終わらせる切欠が無かった。ずっと焦がれていた相手が腕の中に居る心地を知り、あと少し、もう少しだけと己を甘やかしていれば抜け出せない場所まで浸かっていた。 終わらせる切欠と言いながら、そんなもの誰かに知られた時くらいなものだろう。その時は関係どころか、死神としての生活も終わる時だ。つまり、己の意志でもってこの関係を終わらせるつもりは無いということだ。 恐らくそれは彼女も同じなようだった。好き勝手に抱かれながら、決して好意を口にすることはない。それが彼女にとっての免罪符となっているのか知らないが、この関係に対しての罪悪感は希薄なように見えた。 毎週のように俺を呼び出し、挙句の果てには夫が数日留守にするからと侍女に暇まで出して俺を屋敷に呼びつけた。当然、のこのこと顔を出したのは俺の意志であって、彼女をなじるような権利もつもりもない。 罪の意識を二人で折半しているつもりなのかも知れない。だから彼女も俺も、良心の呵責に負けること無く、ずるずるとこの関係を続けていた。特に何が生み出される事もなく、むしろ失っていくもののほうが多いというのに。 彼女から空白の手紙が届いたのは、昨日の早朝のことだった。 夜警から戻れば当番隊士に宛名だけの手紙を渡され、開けば巳の刻とだけ書かれていた。偶然にも今日は予備要員として隊舎待機だった俺は、彼女が望んだ通りに所用で急遽休暇を取った。 余程のことがなければ呼び出しも無く、ただ隊舎で書類整理をしながら、先輩隊士との雑談や暇になれば碁に付き合うだけだ。休暇を取る事を伝えても、おう、と適当に一言返されただけで何を詮索されることもなかった。 彼女の住む屋敷は、上級貴族の居住区画の一角にあった。昼間にも拘わらず、一帯は気味が悪いほどしんと静まり返っていた。人目を避け裏手から庭へこそ泥のように忍び込み、彼女が薄く漂わせる霊圧を辿る。 洒落た回遊式の庭が見事だった。京楽家ほどの規模ではないが、下級貴族の俺からすれば腰を抜かす広さだ。少し見回っていれば広い主屋の縁側に、佇む姿が見えた。俺を見ると彼女は穏やかに笑み手招きした。 彼女の横に腰を下ろし、葉の落ちた庭を眺めながら他愛無い会話を交わした。もう少し早い冬の時期だったならば、きっと紅葉の深紅に染まった庭を楽しむことが出来たのだろう。 彼女の部屋は離れ家にあった。庭のここからの景色が気に入ったのだと、主人に頼んで私室としてわざわざ拵えて貰ったのだという。 大切にして貰っていると、彼女が言っていた事は嘘ではないようだった。調度品はどれも職人が時間を掛けて作り上げたであろう見事なもので、描かれた美しい蒔絵を思わず眺めた。しかしこれが彼女の趣味でない事は分かる。恐らくだが、主人が彼女の為にと贈ったものなのだろう。 彼女は俺の様子に眉を曲げて笑い、此処はあまり落ち着かないのだと言った。殆どは次の間か縁側で庭を眺めて過ごすと言う。特にしたいこともやりたいことも無いのだと、そう笑う姿が寂しかった。 夜は主屋の寝室で眠り、宿直等で就寝の時間が変わる際はこの離れで独りで眠るらしい。此処が一番落ち着くのだと案内された次の間は、調度品と言えば部屋の隅の文机と書見台くらいの、殺風景なものだった。 殺風景ではあったが、彼女のいつもの香の匂いが漂い甘柔らかく鼻を擽る。胸一杯に吸い込み、吐き出す息が震えた。 はたと目線のかち合った彼女は、何か物言いたげに目を細める。黙って言葉を待つものの唇を僅かに開き視線をうろうろとさせるばかりで、暫く無言の時間が流れた。 ようやく口を開いたかと思えば、庭でも眺めようかと、ぎこちなく笑い髪を耳へかける。いじらしい様子に、思わずどきりと胸が脈打つ。 散々関係を重ねて何を今更恥じらう事があるというのか。彼女が障子へ手をかけたその手を止めるように引くと彼女は瞳を揺らす。まだ太陽が中天に昇る前だというのに、そのまま堪らず畳の上に倒し肌を重ねた。 休憩や湯浴みを挟みながら、眠りについたのは夜の帳もとっくに降りた深夜だった筈だ。流石に互いに疲れ果てていたのか、いつの間に眠っていたのか記憶がない。 覚醒した頭は、昨日の記憶を徐々に引っ張り出し始める。腕に収めていた彼女を身体から離し、その寝顔を眺めた。穏やかで無防備な寝顔を眺め、胸が掴まれたように苦しくなるのは、未だ消えない憧憬のせいだろう。 抜けた襟から覗く白い肌に手を伸ばす。滑らせるようにゆっくりと寝間着をずらしていく。花びらを萼から落として行くような罪悪感だったが、それ以上に欲が勝った。 触れていたいという思いが強すぎるのだ。眼の前に彼女が俺に対して何の警戒心もなく存在している。手を伸ばしても拒否されることはない。むしろもっととねだられるほどだというのに、触れないでいられるはずがない。 顕になった白い膨らみを手のひらで包んだ。体温の温さと肌の滑らかな心地、そして柔らかな肉感がまた沸々と燻らせる。昨日満たされたはずが、寝て醒めればまたからからに乾いているのだから恐ろしい。 手のひらに包んで僅かに余るくらいの膨らみをやわやわと崩しながら、指の腹でまだ寝たままの蕾を撫でる。何度か円を描くようになぞり、優しく刺激するように往復させていればぷっくりと起き上がる。 徐々に彼女の眠りは浅くなっているのが分かった。まだ感覚が鈍いながらも、徐々にその痺れは感じているのか小さく吐息が漏れる。それが愛しくて指先で軽くその突端を軽く摘めば、ん、と明らかな反応を見せた。 ぴくりと瞼が震え、眉間に浅く皺が寄る。眠たげな目は俺を見上げた。 「……うきた、けくん……」 「まだ早いですから。眠っていて良いですよ」 「そ、んなの、無理……」 そう身を捩った彼女に、俺は思わず笑みをこぼす。乳房を柔らかく揉み、膨れた乳頭を口に含み吸い付き、舌先で舐る。 朝の彼女の胸元に顔をうずめると、甘く乳臭い。それが堪らなくそそり、まだ寝起き間もないというのに勢いよく全身に血が巡り始めるのを感じていた。 乳飲み子のように口に含んだ乳頭に吸い付き、舌で転がし甘く噛む。乳は出ないというのに、その柔らかさと甘い体臭に恍惚した。 俺は起き上がり彼女の上へと覆い被さる。まだ眠たげな目の彼女に口付けをしながら、布団を剥いで横へ退けた。彼女の身体を撫ぜれば、手のひらから伝わるぬるい体温に期待が膨らむ。胸元から腹、腰そして太腿へとゆっくり下ろしていく。 口付けを終えると彼女は僅かに顔を上げた。下半身で既に硬く仕上がったそれを見ると、彼女は目を丸くするが、やがて含みをもたせたように笑う。 昨日あれだけしたのに、とでも言いたげに呆れたような、しかし期待を含んだ瞳だった。 朝日が昇る中、まだ眠気が残るだるい身体で彼女を抱ける事などきっとこの先無いだろう。妻を溺愛する夫が二日も家を開けるような、都合の良い展開が二度も起きるとは思えない。 この朝の陽の光が差し込む中、白い肌を焼き付けるかのように見下ろした。 「……さん、可愛い」 「……やめて」 「誰より聡明で強いのに、可愛らしい貴方にずっと憧れていた」 「やめてよ浮竹君、悲しくなるから」 「どうしてですか。今も気持ちは変わらないのに」 さんは俺の言葉に目を伏せて、そのまま何も答えない。折角楽しい事をしていたというのに、そう湿気た顔をされたのでは困った。俺は彼女の腿に添えていた手のひらを、そっと彼女の足の間へと滑らせる。 すると少し慌てたように彼女は顔を上げ、膝を閉じようと力を込める。今更照れるような事でもないだろうと、そう思いながらもしかし、単純な俺は焦れた。 「あ……ッ…やだ、まだ起きたばっかりだから……」 「大丈夫ですよ、さん」 「何が大丈夫なのか、わからない」 そう掠れた声で応えるさんの困惑した表情を眺めながら、どうしても笑みが漏れた。 彼女と放課後に自主訓練をしていた頃、よく聞いた言葉だった事を思い出したのだ。彼女のその成熟した霊圧に見惚れながらも、同時に劣等感を覚えることも少なくはなかった。それを察してか、よく彼女は大丈夫大丈夫と軽い様子で笑って、俺を適当に励ました。 だが下手にそれらしい理由を並び立てられるより、その適当な励ましの方がいっそ清々しい。まあいつかどうにかなるよと、笑う彼女の適当な言葉に肩の力が抜けて、根を詰める癖が治ったような気もしていた。 まだ起きたばかりだと拒む彼女の秘部は薄っすらと湿るくらいだったが、指先を恐る恐る沈めてみれば中は濡れきっていた。くちゅりとわざと音を鳴らし、咎めるような視線で見下ろせば頬を染めて顔を背ける。 それがまた俺を煽り、音を立てるように空気を混ぜながら彼女の蜜壺を刺激した。陰核を捏ねながら、彼女の腹の裏を甘く引っ掻くことを繰り返す。ぐじゅぐじゅと音は次第に激しく、彼女の声も高くなった。 だめ、だめと言いながら腰を持ち上げ、腿を震わせる。同時に吹き出した潮は俺の手と褥を濡らした。蜜と潮でどろどろに蕩けきった秘部は、指を抜き出しても尚ひくひくと求める。 夫の趣味か陰毛は綺麗に手入れされ、薄桃色の粘膜の蠢く様子が情動的だ。いつもそうしてねだっているのか。そんな清純そうな顔をして、俺の学生時代の全てを奪った癖をして。 お願い、と喘ぐ彼女に堪らず俺は裾を捌いて股間で屹立した雄を取り出した。大きく股を開いた彼女の前で、腫れ上がった陰茎は血管を浮かせびくびくと痛いほどに主張している。昨日だって擦り切れるほど抱いたというのに、まだ飽きずに硬く熱を持ち続けている。 秘部に宛てがい、突端を沈める。彼女の恍惚した表情はその中を割っていくほどに崩れ、目を潤ませだめ、だめと泣く。 「だ、め……ッ……き、もちいっ……」 「だめなのに、気持ちが良いんですね。こんなに奥まで濡らして」 「や、めて、浮竹君が、そんな事言うの」 俺が煽る事を彼女はあまり好まないようだったが、身体というのは正直なものだ。俺をしっかり咥え込んだまま蜜をじわりと滲ませる。 寝起きの体温が温く柔らかく、溶けそうなほど心地よい。密着し、じわじわと真綿で締め上げるような圧迫感が心地よく、腰が彼女を求めて揺れる。 彼女が善がる場所は、これだけ身体を重ねていれば覚えてしまった。根まで沈めた後、暫く動かずに抱きしめ口付ける。我慢ならないのか彼女が独りでに腰を揺らし始める頃、抽送をゆるりと始めてやると驚くほどきつく締まった。 今にも泣き出しそうな声で、だめだめと口ではそう拒みながら、しがみつき腰を自ら揺らし甘く求める。吸い付き、抽送する度に擦れる膣の襞の心地が堪らず、ただ動物のように腰を打ち付けた。 閨で及ぶ情事が、こうも飽きないとは思わなかった。今までは床や机や、立位でばかり繰り返していたから、それなりに彼女に気遣っていた。体格を考えても、色々と無理をさせていた節はある。 だが褥の上ならば気にする必要もない。存分に彼女を組み敷いて、この行く宛のないを叩きつけるように何度も穿った。肉体の打ち付け合う間抜けな音を聞きながら、永遠に満たされる未来のない感情をひたすら埋めようとし続けている。 だが恐ろしいことに、この行為の最中、うっかり満たされそうな気がしてしまうのだ。何の障害もなく彼女と触れ合い、互いの体液を混ぜ合いながら、一つになれたのだと錯覚する。 「ご、ごめんなさい、もう許して」 「俺は、謝られるような事なんてしてませんよ」 「だ、って……もう、っ……ぁ、また、い、くっ……」 そう彼女は俺の身体にしがみついて、身体をびくびく震わせる。きつく締め上げられながら、このまま吐き出すことが出来たならばどれほど満たされるだろうかと夢を見た。息を止めたままずるりと抜き出すと、整えられた薄い茂みに吐き出した。 「まだこんなに出るの」 「……人のは知りませんから」 それはそうだと微笑む彼女は、俺が吐き出した精液を指に絡めて下品に舌で舐める。その恍惚した顔は、端ないと軽蔑すらしたくなるような光景だというのに、痺れるような充足感を覚えていた。 「さんが好き者とは知りませんでした」 「やめてよ今更。浮竹君の前でだけなのに」 「……てっきり俺は、全てご主人の趣味かと」 俺の言葉にさんは黙って笑う。あながち間違いではないのか。 彼女からしたら夫なのだろうが、俺からすれば顔も声も知らぬ赤の他人だ。同じ身体を同じだけ好きにしているというのかと思うと、喉の奥が詰まるような不快感が込み上げる。 しかしそれを承知で彼女を抱いていた筈だというのに、この屋敷で過ごす一晩の間に自分のものにでもなったように勘違いしたのだろう。彼女を煽るつもりの言葉が結局、跳ね返って不快になるのだから惨めだと思う。 眠気がぶり返しぐったりと横になっていれば、さんは脇に避けていた襦袢を手にして軽く羽織る。腰を上げた様子に、どこに行くのかと尋ねた。 「身体流してくるだけ。あと、朝餉の用意。食べて帰るよね」 「ええ……はい、ありがとうございます」 彼女は微笑むと、帯を軽く結びながら襖の向こうへと消えた。ぱたんと閉じられた襖に描かれた見事な松を眺めながら、途端に襲う猛烈な焦燥に頭の先から冷えていく。 また会えなくなる。毎日だってその顔を見たいというのに、月に数度、しかも深夜のあの薄暗くて狭苦しい小屋でしか会えない。昨日今日とあまりに長く居すぎたのだ。明らかに欲深くなっている。 溜息を吐き再び惰眠でも貪ろうかと、不貞腐れたようにうつ伏せで倒れる。と、ふと目線の先に何かを見つけた。新品のような青々とした畳の上にぽつりと落ちたそれを、俺はわずかに身体を起こして見る。何か紙切れのようにも見えた。 重い体をぐったりと起こし、その場所までずるずると這いずり、手を伸ばして拾い上げる。恐らく薬包紙で、中には丸薬らしきものが数粒包まれているのが透けて見えた。 薬、と思わず呟く。この部屋に殆ど他人は立ち入らせないと言っていたから、十中八九彼女のものだろう。何処か身体で悪い処でもあるのかと一瞬不安が過ぎったが、頭痛持ちだと昔から言っていた事を思い出す。鎮痛剤か何かも知れない。いや、きっとそうだろう。 どちらにしても、彼女が戻ったら落ちていましたよと、気軽に渡せば良いだけの話だ。常用している鎮痛剤の話などする必要がないだけで、隠しているという訳でもないだろう。だが暫く眺めた後、俺は何を思ったかその包みを脇に畳んでいた着物へ、隠すように潜り込ませた。 今まで人の失せ物を懐に入れた事も入れようと考えたことなど一度もなかったが、明らかに今は魔が差した。別に自分が飲もうとかそういう訳では無い。名状するならば興味という言葉が一番近いのだろう。 再びまだ体温の残る布団へと戻り仰向けに転がると、どろりとした眠気にとうとう負けて瞼を閉じる。 目を覚ませばもう此処を離れなくてはならない。手を伸ばせばすぐ彼女に触れられる時間が終わるのかと思うと、どうしようもない焦燥に襲われる。 いっそ次に目が覚めた時の景色が自室ならば良い。こんな事が現実に起こるはずがないのだと、割り切れるというものだ。むしろ、夢であったことに納得するくらいだろう。 意識が落ちていく中で薬を探して焦る彼女の姿が過ぎったが、夢か現か幻か、鈍りきった思考の奥底へと沈み、間もなくぷつりと消えた。 2023/10/24