保護中: さかさゆびきり-9

あれから月に三度、多い時は四度、五度と深夜の臨時救護棟に通っていた。 必ず前日に、宛名だけ書かれた中身が白紙の手紙が届く。特に二人で示し合わせたわけでもなかったが、それが彼女からの誘いだというのはすぐに分かった。 決まって彼女は第五救護棟のあのそう広くもない何の飾り気もない板張りの部屋にぽつんと居て、俺の顔を見るとその憂いた顔を一瞬だけ明るくさせる。しかしまた、何か思い出したように直ぐその表情は翳った。 彼女が椅子に腰掛け、俺は浅く机に腰を掛け、いつも他愛無い会話を交わす。だがそれは俺の話ばかりで、今日は何処の任務へ向かっただとか、明日は誰の任務に同行するとか。 やがてふと我に返ったように申し訳が無くなる。彼女が笑って聞いてくれる事が嬉しくて調子に乗り、ついべらべらと話し続けてしまう。自分ばかりはしゃいだことが恥ずかしくなり、彼女に話を振るのだが、私はいいのと首を横に振って、俺に話の続きを促した。 俺はそれがどうにも悲しくなり、そして同時に触れたくて堪らなくなる。彼女がどれほど日々寂しく辛い思いをしているのかと勝手に推し量り、勝手に哀れんで勝手に慰めようと、その痩せた身体を抱き締めれば、いつも同じ甘い香が鼻をくすぐった。 彼女は物欲しげに、熱っぽい目を俺へと向けた。それを咎める選択肢を持ち合わせるはずも無く、丁寧に口づけをして、そのままなし崩しにもつれ込む。 姿を見かけただけでも身が焦がれるような頃など嘘だったかのように、今は彼女の身体に触れる事への躊躇がない。むしろ彼女が一体何処を触れれば喜ぶのかと、夢中で彼女の肌に触れて撫でた。 彼女は身を捩りながら、だらしなく開いた唇を舌で舐める。その隙間から熱い息を漏らしながら、飽きないの、とのぼせたように呟いた。 口づけだけで奥まで緩んで潤う身体の素直さと、指先の刺激だけで何度も仰け反り蜜を漏らす従順さに、まさか飽きるはずもなかった。まさか、と真面目に一つ返す。ふっくらと魅惑的な曲線を描く乳房を解すように揉み、爪で弾くと高く鳴いた。 やがて指先での刺激に物足りなくなると彼女は決まって俺を見上げておねがい、とねだる。 学院の高嶺の花だった彼女が、虚ろな瞳で淫らにねだる姿はまるで悪夢だと思った。涼やかな目元でいつも品の良い笑みを口元に湛え、淑やかでたおやかで、穢れなど何も知らないはずだったのに。いや、そう願って、彼女への幻想を抱いていただけだ。 悪夢と言いながら、しかし醒めるつもりもない。醒めたところで現実は変わらず、彼女が俺のものになる訳でもないのだ。 眼の前の彼女はもうあの頃の彼女ではない。望んでいた将来の希望を折られ、夢を閉ざされた彼女は今はただ跡継ぎを孕む為と、歳をとった男に夜ごと抱かれるだけだった。どうしようもない不条理を前に俺はただ無力で、宛のない怒りと悔しさはより激しい劣情へと変わった。 挿れて欲しいとねだる彼女を床へ倒し、蕩けた秘部へ宛てがい突き立てると一息に奥まで沈め、たがが外れたように腰を打ち付ける。体重を重く乗せ、潰すように上から何度も突き立てた。絡みつき吸い付く膣は吐精を導こうと躍起で、彼女は目の端にうっすら涙を滲ませながら俺の背にしがみついて達する。 まだ甘い痺れの残る彼女へ、息を整え抽挿を再開する。声にならない声を上げ、俺を何度も呼びながら、気持ちが良いと身悶える。乳房を包み、つんと上向く蕾を転がし摘むと、緩んでいた膣内は俺を再び締め始めた。 彼女は情動に任せて抱かれる方が好みなようだった。夫は優しく抱いてくれるのだと俺を煽るから、初めは同じように壊れ物を触れるように優しくしていた。だが俺も経験が浅く、特にこの行為においては堪え性が無い。やがて情動のままに激しく突き上げる程、彼女は乱れ、何度も身を震わせ達した。 あれ以来何度も繰り返している行為だというのに、飽きるどころか深みに嵌っていく。吐精感を何度も飲み込みながら、彼女がふしだらに乱れる姿をひたすら、目に焼き付けるよう見下ろした。 やがて耐えようのない快感に打ち震え、ずるりと抜き出した陰茎から彼女の下腹部へ吐精した。根から扱き、残った精液をすべて吐き出して彼女を汚す。荒く息をしながら見下ろす光景は、実に甘美で背徳的だった。 「ねえ浮竹君」 息を乱した彼女は、その頬を上気させたまま俺を見上げて呼ぶ。まだ余韻の残る痺れを腰の奥に灯したまま、ちり紙で彼女の腹に散った精液を拭い、俺自身も軽く拭った。 まだ芯の残る雄をせめて落ち着けようと深い呼吸を静かに繰り返した。彼女の甘ったるい声は薄っすらと胸騒ぎを呼びながらも、正常な判断を欠けさせる何かがある。例え誤っていることであっても、それが正しいのだと思わされてしまうような。 彼女は俺が向けた視線に、僅かに躊躇うように視線を泳がせた。何ですか、と尋ねると彼女は乱れた髪を指で梳く。それから、伏せた目をようやく俺へと向けた。 「浮竹君、今度お屋敷に来てくれないかな」 「……何を仰ってるんですか」 「主人が数日瀞霊廷を離れるみたいでね。侍女には暇をあげようと思うから」 いや、でも、と俺はたじろいだ。嫌な予感というものは的中するものだ。彼女の縋るように伸びた手が、俺の腕を掴み引き寄せる。身体を倒し、鼻先が触れそうな距離で俺は辛うじて戸惑っていた。 いくら彼女の住む屋敷がカラになっていたとしても、じゃあ行きましょうか、なんてそんな知能の足りない判断が出来るはず無い。彼女は既に考えることをやめているのか、若しくはこの関係がばれるはずないと絶対的な自信があるのか、しかし今この様子で到底理知的な判断が出来ているようには思えない。 俺はそのまま何も返せずにいれば、彼女は笑ってゆっくり身体を起こす。小さく息を吐き出して、落ちた死覇装を肩へ戻すと俺を見上げた。 その熱っぽい眼差しに駄目だと迷いなく伝えられるのなら、今頃こんな関係になっていない。知られればただで済まないというのに、彼女を前にすると思考が鈍り、俺はどうしようもなく愚昧になるようだった。 ただ今は辛うじて残っていた理性によって、口を噤んでいた。彼女はそれを知ってか知らずか、俺の手を握り指をするりと絡める。冷えた細い指先で俺の指の股を撫でながら、弱々しく握る。 「またお手紙を出すから、次はお休みを取って欲しいの」 分かりましたと、俺は頷いた。彼女からまたおねがいと言われる前に、食い気味に答えた。でなければ、ねだれば何でもしてくれる相手だと思われる。いや、だが事実そうだった。自覚しているし、恐らく彼女も分かっている。 おねがいとねだられれば、俺は恐らく大抵のことに頷いてしまうのだろう。学院の頃、彼女が俺に何かを頼むことなど無かった。年長者の思いが強かったのか、俺に弱音の一つも見せてくれた事は無かったというのに、今は薄暗闇でもっと、おねがいと涙を浮かべせがむ。 締め切った雨戸の建付けの悪い隙間から、僅かに白んだ空が覗いていた。いつもこの硬い床で夜明けの空を見上げる度、夢が醒めたあとのように呆然となる。 彼女の肌の心地を思い返しながら、次また会えるまで幾日待てば良いのかと考える。色惚けした男の救いようのない様に呆れながらも、しかし抗うすべを知るはずもなく、致し方ないと受け入れる他無かった。 横へ雑に避けられた死覇装を手に取ると、腕を通す。徐々に目の奥から染み出す鮮明な眠気が呼ぶ欠伸を噛み殺す。襟を正していると不意に感じた違和感に見下ろせば、彼女がもの言いたげに袖を引いていた。 「ねえ浮竹君……もう一回だけ」 「……もう夜が明けますから」 「すぐ終わるから……ほら、浮竹君だってまだ」 一旦は萎んでいた筈が、間を置き再び頭をもたげる雄へ、彼女は手を伸ばし愛しそうに擦る。そのまま放っていれば、嫌でも勢いは削がれていくというのに、そう慣れた手付きで扱かれれば当然、腹の奥が疼き始める。 咎めることも逃げることも出来るというのに、情けのない声を漏らして俺は陰茎を腫らした。それ見たことかとでも言いたげに彼女は口元を緩め、 後ろへ手を付き、物欲しげに股を開く彼女へ腰を寄せる。彼女の膝に手を添え、左右に開かせながらその中央で蜜を垂らして待つ秘部へ、先端をゆっくりと埋めた。何度か、抽挿を繰り返す。 彼女は潤んだ瞳を揺らしながら俺を見上げ、胸元へと手を伸ばして軽く押す。察しが悪いふりをしていれば、痺れを切らしたように眉を曲げて俺の肩を掴んだ。彼女の腹の辺りを軽く掴んで支えたまま、背を倒し仰向けに転がった。 硬い床は当然居心地が悪かったが、腰の上へ跨った彼女が恍惚したように見下ろす表情は何にも勝った。 上下に揺れる度、開けた合わせから胸元の膨らみが柔に跳ねる。背を反らし顎を上げ、心地よさそうに目を蕩けさせる姿に、いっそ胸焼けがするほどだった。 焦がれる相手と深い場所で触れ合い繋がる事が出来るならば、普通は身も心も満たされ幸福の絶頂に至るのだろう。だがきっとそれは、俺が手に入れられるものではないのだろうと思う。だから足掻いて、彼女の身体に縋りつき貪るように抱き続けている。 恐らくこの関係がいくら続いたところで、俺が望む言葉を彼女が口にするはずもないし、ほんとうの意味で手に入ることもないのだ。つまり何も生み出さないまるで無意味な時間だとも言える。 その結論には度々至り、至っては無性に苛立ち、手に余るそれは劣情へと変換された。 腰を上下させていた彼女はびくりと震えたかと思えば膣を締め、俺の体の上へと倒れ込む。何度か勝手に達して疲れたのか、荒く息を繰り返し、ごめんね、と笑って呟いた。 その背へ手を回し、突き上げるように揺らし始める。まだ達したばかりの敏感な身体は逃れるように腰を引こうとしたが、それを俺は許さず固く抱き締めた。じゅぶりじゅぶりと蜜を掻き出すように浅く繰り返していた抽挿から、深く抉るように突き刺さる。 途端に彼女は荒く繰り返していた息を止め、身体を再び震わせた。じんわりと染み出す生温い汁が下半身を濡らし、俺は彼女を抱き締めながら恍惚していた。 快感の余り潮を吹いた状況に混乱した彼女はやだ、だめ、と逃げようとするが、力ない抵抗に俺は口を歪め再び同じ場所を擦るように突き上げる。絡みつく襞がひくひくと震え、ん、と彼女の喉が詰まった。 「ぁ、ッ……ま、って……浮竹く、んっ」 「さん、此処好きですか」 「ンぁ……っ……す、ごい……奥っ……」 「好きですよね、此処」 「す、き……っ……あッ……ン……すごい、すき……っ…」 どくりと胸が鳴る。すき、すきと身悶えする彼女をきつく抱き締め、膣奥を攻め続ける。今までにないほど張り付くように絡みつき、俺自身もおそらくかつて無いほどに硬く熱を持っていた。 彼女の奥で突き当たる場所をぐりりと擦りながら、亀頭を擦る刺激が心地よく堪らず唸る。絶えず潤み、ねっとり絡みつき続ける快感にただ腰を揺らし続けた。 細い身体を潰れてしまいそうなほどに抱き締めながら、何度も腰を突き上げた。 馬鹿だと思う。擬似的に彼女から好意の言葉を聞き、これが互いに愛を確かめ合う行為のように思い込もうと必死だった。実際は拗れた初恋の成れの果てだというのに、まるで永遠の愛を誓いあった男女のように口付け合い、深くまぐわう。 彼女が本心を口にすることは無いから、果たしてその実どう思っているかは知らない。だが、欠片も好意がない相手に身体を許し、もっとお願いとねだる女性とは思えない。もしかしたら、とそう期待して、その期待が実ることなど無いと分かっていても、どうしても彼女への思いが枯れる事は無かった。 「あ、あっ……だ、め……い、くっ……」 「さ、ん……」 彼女は宣言通り背をしならせ達すると、俺は抜き出し射精する。腹に己の生温い液体が飛び散る感覚というのは、思っていたよりずっと不愉快だった。毎度彼女の腹に吐き出していたが、彼女は恍惚していたというのに。 ぐったりとのしかかる彼女の軽い身体を抱き締め、汗ばんだ背を着衣の上から撫でる。雨戸の隙間から覗く空は一層白み、鳥の囀りが聞こえ始めている。これからこの汗ばみ汁塗れの身体の後始末をし、早番の出勤時間と重なる前に自宅へ帰らねばならない。 急がなくてはと思うのに、身体に乗った重みと熱が心地よく、起き上がる気にならなかった。まだ残る甘い痺れは頭の奥でじんじんと響いて終わらない。終わらなければ良いのにと、駄々をこねる子供のように、彼女の細い身体を掻き抱いた。 2023/09/15