保護中: さかさゆびきり-8

臨時救護棟は有事の際に開放され、通常は使用されていない。一から八まであり、四番隊の隊舎から僅かに離れた裏山に近い場所に位置していた。 俺が知る限りここ数百年有事らしい有事は無く、存在を知る者はおそらく少ない。古株の隊士との酒の席で聞かされた武勇伝に登場したことを、偶々律儀にも覚えていた俺は、その薄い記憶を頼りに向かったのだった。 鬱蒼と茂った雑木に囲まれた臨時救護棟は、お世辞にも良い環境とは言えない。木造の古い平屋は所々外装が剥げ、蔦が這っている。人の気配をまるで感じない不気味な化け物屋敷のような様相で、長らく使われていない事は明らかだった。 平屋は、東側から西に向かって一、二と続き計八棟並ぶ。俺は数えてその五つ目へ向かっていた。真夜中に寝静まった長屋を抜け出し、なるべく人目につかない道を選んで此処まで来た。気は逸り、自然と浮足立った。 あの手紙に名は無かったが、筆跡は間違いなく彼女のものだった。彼女の清廉な人柄らしい美しく流れるような字体、筆から紡がれるその墨の跡にすら俺は憧れていたのだ。見紛うはずがない。 心臓がどくどくと既に高鳴っている。彼女と顔を合わせるのは、あの日以来だった。初めて柔らかい肌の心地を知ったあの日以来、熱に魘されたように俺は彼女のことばかりを考え、夜な夜な己を慰める忸怩たる日々を過ごしていた。 まさか今夜同じことを期待しているわけではない、と言った所で腹の奥に淀む欲を抱えているのだからそれは嘘になる。何故この時間に、ひとけの無い場所へ呼び出されたかと理由を考えるほど、己にとって都合の良い解釈をしたくなった。 五番目の平屋の戸を開く。五、と書かれた苔むした木板が釘で雑に打ち付けられている。戸は立て付けが悪く、少し力を入れれば危うく外れかけた。 埃っぽく、黴臭い。だが、屋内には微かに人の気配があった。肌に感じる懐かしい感覚は、紛れもなく彼女の霊圧の名残だと分かる。それを追いかけるようにぎしぎしと今にも踏み外れそうな板張りの廊下を進む。 暫く進むと、先に見えたのはゆらゆらと揺れる灯りであった。駆け寄りたい衝動を堪え、せめて歩幅を広くし進む。手持ち行灯で顔を照らす彼女は俺の姿に目を丸くし、浮竹君、とぽつり呟いた。 「びっくりした……」 「……呼んだのはさんではないですか」 「そうだけど……本当に来てくれるなんて思ってなかった……私からって、分かってくれたんだね」 彼女はそう言って少しはにかむ。死覇装姿の様子からしておそらく何かしらの業務中なのだろうが、それが何かは分からない。こんな真夜中に化け物屋敷で。 尋ねようかと口を開きかけたが、結局時機を逸して噤む。暫く彼女の後ろに着いて恐る恐る進んでいれば、こっち、と彼女は俺を呼び突き当りの部屋の戸を引いた。 「此処、少しきれいにしたの。週に一度はこの勤務だから」 案内されたのは、そう広くはない部屋であった。 行灯が照らすこの部屋はたしかに小綺麗にされ、不愉快な黴臭さもましだった。広い机と背もたれのついた椅子、本棚には医学や薬学に関する書籍が並んでいる。棟責任者の待機部屋として本来は使用されるのだろう。 勤務、と俺は彼女の言葉を繰り返す。 「四番隊は週に何度かは皆宿直に入るんだけど、私だけはいつも臨時救護棟の見回りでね」 「前任の方から引き継がれたという事ですか」 「まさか。こんなお化け屋敷、見回る必要なんてないもの。百年以上、使われていないんだから」 そう言ってくすくす笑う彼女の前で、俺はただ神妙な顔で居た。 「ご主人が、手を回されているのですか」 「きっとそうね、私に直接は教えてくださらないけど。隊長に本当に申し訳ないと思ってるの、こんな無駄で邪魔で厄介な死神が所属していて」 「さん」 自虐的な様子に思わず、咎めるような声音で呼ぶ。彼女は俺の顔を見ると寂しそうに笑い、ごめんね、と一言呟いた。 戦地に赴くでもない一般救護棟での夜間勤務ですら、彼女の家では危険な任務の扱いなのだろう。よっぽど、このひとけのない化け物屋敷で見回りしている方が危険なように俺には思える。 勿体ない、本当に。その婚姻さえ無ければ、今頃俺は彼女の下で剣を振るっていたのだろうかと思う。もう叶いようがない幻想と成り果てた光景を、煙を払うように吹き消した。 彼女は物憂げな様子で本棚に並ぶ書籍の背表紙を、手持ち無沙汰につつとなぞる。俺は一歩その背に近づき彼女を覗き込むようにすると、はっと見上げ目を細めた。 「何か、俺に話したいことでも」 ただ俺を暇つぶしに呼んだわけではあるまい。そう尋ねれば彼女はうん、そうねと小さく頷き髪を耳へかける。はらりと落ちた後れ毛が頬にかかる横顔を、美術品でも眺めるかのようにうっとり見つめる。 視線に気づいた彼女は、俺の顔を見て柔らかく笑った。 「私ね、子ができない身体みたいなの」 彼女の言葉に、思わず俺は固まった。一体何の話を始めたのかと、その笑みを俺は食い入るように見つめる。 咄嗟に気の利いた返しが出来るはずもなく、無言で次の言葉を待った。彼女は部屋をゆっくりと立ち歩き、俺の動揺など素知らぬ様子である。 「色々な薬を飲まされて、医者にも何度も見せられて、言われた通りいくら抱いていただいてもまるでだめ」 「それは……さんのせいですか。ご主人が……原因の可能性だってあるのではありませんか」 「どうなのかしらね。でも子が出来ないのは事実だから、何が原因だとしても全部私が悪いの」 ふふ、と彼女はその文脈に相応しくない笑みを見せた。貴族にとって跡継ぎを産む事は、妻の何より大切な仕事だろう。それが為されないのであれば一族中から責められ、察するに余りある重圧だ。 だがその割に彼女は飄々として、深刻さは感じられない。その幾分か痩せた様子を見れば心労は相当のものだったのだろうが、今となってはいっそ開き直ってでもいるのか。 「俺にはどうすることも出来ませんよ」 「分かってる。私、隊でも遠巻きにされているから、話す相手がいないでしょう。だから、優しい浮竹君に聞いてほしかったの」 「あなたを好いている俺に、わざわざですか」 「そうね。だから聞かせたかったのかも知れないね」 「……どういう意味ですか」 同情をしてほしいのか、慰められたいのか。欲しい物を与えてくれる相手を選んで弱音を吐いているのだとしたら、狡い人だと思う。狡くて、寂しい人だ。自らその口ではっきりと、誘おうとはしない。暗に彼女が望む事に気付きながら、他妻の小狡さに俺は思わず気色ばんだ。 詰め寄ると一瞬驚いたように彼女は目を丸くすると後退り、しかし間もなく壁に追い詰められ逃げ場をなくした。俺を見上げる彼女の瞳は行灯の薄暗い灯りを鈍く返す。長い睫毛を震わせて、ふっくらと柔らかそうな唇を僅かに開き、浮竹君、と掠れた声でか細く呼ぶ。 俺はおそらく彼女の望み通り、腰を屈めその唇を奪った。甘噛みし合いながら舌を伸ばし絡ませ、吸い付き互いの唾液を舐め取り合う。柔らかくて温くて心地よい感触を味わいながら、彼女の腰紐を緩める。まさか口付けで終えるつもりはない。彼女だってそれを承知の上で誘ったのだろう。 袴を落とすと彼女は背を向け手近な机に自ら手を付いた。突き出した腰を覆う死覇装をたくし上げれば、白く柔らかい曲線を描く臀部が現れ思わずごくりと唾を飲む。その肉感を確かめるように、手のひらで尻肉を覆いすうと撫で下ろした。 びく、と痙攣した腰に俺は気を良くして、最も触れてやりたいその中心部へと指先を滑らせる。性急だが、しかし焦らす技術など童貞を喪って間もない俺にあるはずがない。途端に強ばる彼女の緊張に気付きながら、薄い茂みへ指を進ませた。 くちゅりと水音が漏れる。溜息が出るほどその場所はとうに待ちわびていた。既に蜜で潤った花弁を何度か往復させると、さんはたまらない様子で小さく唸り、更に腰を高く突き上げた。 「っ、あ……ッ」 「……俺に抱かれること、期待していましたか」 「わ、分からないけど……でも、すごくどきどきしてる」 彼女はそう言って、僅かに振り向き口元を緩める。あくまで分からないふりをするのだ。抱かれるために呼び出したのだろうに、白々しいと思う。 吐き出す息が興奮に震え、我慢できず膣口をくすぐっていた指先を深く根まで埋めた。奥まで熟れきった淫らな穴を、二本の指でちゅくちゅくとかき混ぜる。 机上にぺったりと顔を伏せながら甘い声と吐息を漏らし、腰を突き上げ揺らす。指を包む柔らかく心地よい熱を持った肉の壁は指の先で甘く引っ掻くほどに涎を垂らした。 「ン……は、ッ……お、おねがい、いれて」 「やめてください、ねだるなんて」 「だって、浮竹君……私もう我慢できなくて」 俺は袴の下で痛いほどにいきり立っていた雄を取り出す。床に落ちた彼女の袴を踏み、その上で俺自身の袴と下着を落とす。指先に纏った彼女の蜜を塗りつけ軽くなじませるように扱くと、弱い電流が背筋を走る。 突き出した腰へ一息に突き立てたい衝動を、俺は必死に抑えた。蜜口を亀頭で擦り、僅かに埋める。余裕を気取って何度か亀頭だけの挿入を繰り返し、彼女が仰け反り身悶えるのを見下ろした。 男は何度彼女を抱いたのだろう。子を孕ませようと、この身体の奥深くまで何度穿ったのだろう。その時彼女はこうも甘く鳴き、その肌を赤く染め甘柔らかく震えたのだろうか。未熟な嫉妬が湧き出し、悔しくて唇を噛んだ。 白い双丘を掴み、腰を押し付け奥を擦り上げるように突き挿し雄の根元まで埋めれば、先日とは異なる感触に腰が震えた。向かい合い、抱き締め合いながら味わった全てを満たされるような心地良さとは違う。 背後からうつろな目で腰を打ち付ける。ただ快感を得るためだけの行為だ。机にしがみついて震える背を見下ろすと満たされるこれは、おそらく支配欲というやつなのだろう。 彼女の細い腰を掴み前後に揺らし打ち付ける。締め上げながら擦れる感触に情けない声が漏れた。乱れた死覇装が落ちてくるのを何度もたくし上げながら、柔らかく滑らかな尻を撫でる。 「っう、うきたけ、くん……っ…き、もちい……ッそ、こ……」 「さ、ん……そんなに、きつくされると」 「は、ァっ……き、もち、良いから……っ…」 身体を倒し彼女を背後から抱き締め、乳房を揉みしだきながら彼女の耳元で囁く。甘い鳴き声を漏らし、膝を震わせながらさんは何度も背をしならせた。 学院時代は彼女と目を合わせられるだけで、会話が出来るだけで十分だったというのに、今はその欲に際限がない。彼女の身体を背後から突き上げながら、更に乱れる姿が見たい。気持ちが良いと、もっとお願いと声を震わせ懇願する姿を見たかった。 そして驚くことに、彼女はその通りにしてくれる。埃っぽい机に必死でしがみつき、顔を伏せたり嫌々と横に振ったりしながらも、腰を突き出しもっとと求める。床に蜜を垂らしながら、その柔らかく豊かな尻肉を震わせた。 素直で従順で、そして俺の際限ない欲望を受け止めてくれる、優しい彼女に俺は甘えきっていた。俺の身体の奥に沈んでいた淡い恋心が強烈な鮮度で蘇り、あの時恋い焦がれた清廉で可憐な姿を重ねると更に雄芯は硬く熱を持つ。 焦がれるあまり、自慰に及んだことは一度や二度ではない。彼女と放課後に過ごした日の夜は、眼差しと香りが忘れられず彼女の名を呼びながら己を慰めた。好きだと、あの虚しい夜を思い返しながら彼女の背に向かって零す。 びく、と震えた彼女の身体は強張り、同時に膣は陰茎を強く締め付けた。 「ッ……さ、ん……好きです、ずっと好きで堪らなかった」 「っや、めて……あ、っ……」 「答えてください、後生だ」 「だ、め、だめ……ン…ぁっ……い、くっ……」 膣がきつく押し返すような強さで締まり、彼女の腰がびくびくと震えた。途中で竿を抜き出し、溢れそうな吐精感を必死で飲み下す。どろどろと蜜を纏った陰茎は血管が浮き出、醜く腫れ上がり硬く反っていた。 机に突っ伏して肩で荒く息をする彼女を後ろから抱きかかえ起こすと、今まで身体を支えていた机上へと仰向けに寝かせる。乱れた死覇装の合わせから覗いた豊かな膨らみを手のひらで包み、既に赤く腫れ上がった乳頭を指で捏ね、弾いた。 覆いかぶさり、口付けを落としながら舌の淫らな感触を楽しむ。うっとりと目を蕩けさせ、時々唇を離せばさんは寂しそうに眉を曲げ、それが堪らず噛みつくように口付けを繰り返した。 ぐったり垂らしていた足をさんは自ずと机上へ上げ、恥ずかしげもなく開脚し秘部をさらけ出す。じゅくじゅくに潤い、薄桃色の襞が誘うようにひくりと震える。おねがい、と求める声は蜜より甘い。 あれほど懇願しても好きだと一言返してくれないというのに、行為を求める事には躊躇ない。俄に苛立った俺は細い身体を内側から割るように、奥まで一息に貫いた。息を詰めて仰け反った彼女を、気遣う事無く何度も穿つ。 今までは経験の無さ故に、彼女の身体を傷つけてしまうのではないかと動作の一つ一つが怖かった。だが夫に飽きるほど抱かれている事を知ってどうでも良くなったのだ。 勿論夫婦の営みがあることなど当然だと分かっている。だがその口から実際聞かされると、得体のしれない感情が腹の底から湧き出す。 この身体は俺でない男から、とっくに何度も女の悦びを教え込まれている。でなければ、こうも嬉しそうに咥え込み涎を垂らして善がるはずがない。 「ご主人は、どんな風にさんを抱くのですか」 「や……やめてそんな事……浮竹君らしくない」 「こんな事、しておきながら」 俺の言葉に彼女は目を見開いて、同時に膣がきゅうと締まった。溜まり続ける澱みを、早くこの身体に放ってしまいたい。彼女の腟内で苛立つ雄を必死に宥めながら、揺れる瞳を見下ろす。 「主人はね、私の事をすごく大切にしてくれるの。私よりもずっと歳が上だから、まるで子供みたいに」 彼女の言葉に、一瞬たじろいだ。身勝手に抱かれているのだろうと思い込んでいたのだ。子が出来ない責任を彼女と決めつける程度の男なら、きっと勝手な行為をするものだと決めつけていた。 だが予想は外れた。彼女はまるで俺を煽るかのようにそう幸せそうに顔を綻ばせ言う。いやおそらく、実際に俺を煽っているつもりなのだろう。 俺が知らぬうちに彼女は男の味を知り、男にどう愛されるかを覚えているのだ。俺は今までの激しく突き上げる動作から一転、緩慢に腰を揺らした。動きを時折止めれば、彼女の膣内へ隙間なく埋まる感触がより明確に感じる。 あまりに単純明快な対抗心だ。その男が大切に抱くというのなら、それ以上に優しく触れ、いっそ忘れさせてやりたいと思う。同じ土俵にすら立てるはずもない相手に嫉妬する醜さに胸焼けがしたが、しかしそう仕向けたのは彼女に他ならない。 「俺だってあなたをずっと大切にしてた」 「う、ん……」 「何が違うんです、俺と」 「ぁ……っも、だめ、うごいて、おねがい」 身体の裏から焼けるような劣情を飲み込み、可能な限り優しく大切に律動を繰り返す。さんは声にならない声を上げ、膣は何度もきつく窄まった。蜜は絶えず漏れ出し、聞くに堪えない音だ。 涙を零し涎を垂らし、どろどろに溶けてしまいそうな彼女の顔を見下ろしながら、壊れた絡繰りのように腰をへこへこと揺らし続ける。吐精感がこみ上げる度に深く呼吸を繰り返し、落ち着けば再びしつこく突き上げた。 だめだめと首を振り、もっとおねがいと足を蔓のように腰へ絡ませ、涙を滲ませ腿を震わせ仰け反る。同じ事をどれほど繰り返しても、飽きる気配がなかった。飽きるどころか、きっとこの行為がもたらす快感と充足感を知ってしまったのだ。 「ね、う、きたけくん……なまえで呼んで」 「名前で、ですか」 「うん、おねがい……お願い」 好きだと頑として答えないというのに、自分ばかり都合が良いではないか。俺は彼女の懇願を笑顔で誤魔化し、腰の動きを早める。再び急激にこみ上げる吐精感をいなすように深く息を吐き出し、柔い締付けと心地よい摩擦に身を委ねる。 唇を甘噛し、舌を絡め吸い付く。身体の奥をゆっくりと押し開くように深く貫き、最奥の最も反応が良い場所を雁首で引っ掻くように腰を揺らした。高く鳴き震える彼女の甘く噛みつき吸い付く膣壁に、俺は息を詰める。 子が出来ぬのだと、彼女の言葉が過る。それが事実ならば欲をこのまま放っても、この関係で考えうる最悪の事態は起こるまい。だが種に原因が無いとも言い切れない。今にも吐き出したくて堪らない欲を俺は必死に堪えながら、鈍い思考に鞭打ち働かせていた。 彼女が俺を此処へ呼び出し、打ち明けた理由が分からない。聞いて欲しかった、だけな訳がない。その瞳を物欲しげに潤ませ誘い、同情されたかったのか慰められたかったのか、寂しさを埋めたかったのか。 真意を明かさない彼女に、だから何だと焦れて気色ばみ、詰め寄り気づけばこの行為になだれ込んだ。いや、きっとそう彼女に誘導されていたのだろうが。 このまま、その身体の奥深くに流し込む事が出来たならばどれほど満たされるだろうか。このまま、このままと眉間に皺を刻みながら、彼女の腿を痕が付く程強く掴みながら細かく律動を繰り返す。が、結局、俺にそこまでの意気地は無かった。 寸前で抜き出した陰茎を、彼女の腹の上に載せ吐精した。白濁は彼女の胸まで勢いよく飛び散り、辛うじてまだ袖を通していた死覇装まで汚す。荒く息を繰り返す彼女の汚れた身体を見下ろしながら、浅く満たされた欲に俺はごくりと唾を飲み込んだ。 「すみません……汚しました」 「平気。軽く洗えば、日が昇る頃までには乾くと思うから」 身体を起こしたさんはそう笑う。俺はまだ彼女の傍から離れられず、開いた膝の間に突っ立ったまま彼女を見下ろした。頬は赤らみ、額には僅かに汗が滲んでいる。端正な顔立ちは似合わない熱を孕んだ瞳で俺を見上げ、我慢ならず腰をかがめ唇をねだった。 だめだ、と分かっている。この欲は、いくら貪っても永遠に満たされることがない。だというのに、性懲りもなく馬鹿みたいに増幅していく。 下半身でまだ熱を保った雄に彼女は手を伸ばし、どちらともない体液に塗れたそれを掴みぬくりと往復させた。口付けをくり返しながら彼女は手慣れたように扱き、気づけばまた吐精前の勢いに仕上がっていた。 「……さん」 「どうして名前で呼んでくれないの」 「ご自分の願いだけ叶えようとするなんて、都合が良すぎませんか」 「そうだね、分かっているんだけど」 そう目を伏せた彼女だったが、なおも手は休めず陰茎を擦る。つくづく勝手な人だ、と思う。だが、思えば昔から勝手な人だった。そうやってずかずかと俺の頭の中に入ってきて、今の今まで居座り続けている。 凛として品があって、だが溌溂とした性格だった。床に伏しがちで鬱屈としていた気分も、彼女と会えば一瞬にして晴れた。抱いた強い憧れは煮詰まって鍋の底にこびりついた焦げのように、いくら削ろうとも剥がれない。乱れた淫らな姿を知った今でも、それは変わらない。 彼女の指で与えられる甘い刺激にびくりと震え、吐息を漏らした。昔と変わらない、いたずらっぽく笑い見上げる彼女を俺は無言で見下ろしながら、滲む欲が染み出し続けるのを留める術がなかった。 その顔を再び快感で歪ませ震わせたい。もっと、おねがいとねだる声がまだ頭に反響していた。 「浮竹君、明日は非番？」 「明日は夜警です」 「そう。それならまだ此処にいられるね」 物欲しげな目に、俺は無言で頷く。頬を染めはにかんだ彼女を見下ろしながら、脳がぐらりと揺れる。まだ足りないのは俺も同じだった。きっとおそらく、何度抱いた所で足りぬのだ。 本当に欲しかったものは既に他の男に奪われ、永遠に手に入ることは無い。再び机上に身体を倒した彼女は惜しげもなく開脚し、おねがい、と頬を染め呼ぶ。好きだとその一言が言えぬというのに、淫らな花弁をひくつかせ入れてと懇願は出来るのだ。 「ご主人にも、こうしてねだるのですか」 「まさか。浮竹君だけしかしな、い……っ」 蕩けた膣へ再び沈めると、彼女の口元は愉悦に歪む。冬の暗い夜が明けるまで、甘い声はこのうっすらと黴臭い部屋に響き続けた。 2023/09/06