花知れず夜に沈む-余談

まだ頭が鈍ったような感覚だった。少なくとも湯が沸くまで多少の時間があったはずだが、結局火照った脳が冷めるより前に湯に浸かってしまっている。少しぬるいように思うのは、身体が余程熱を持っているということだろうか。 立ち昇る湯気をぼうっと見上げながら、昨晩もこうして見上げていたことを思い出していた。昨晩、京楽と浸かった宿屋の立派な露天風呂と比べるまでもなく、何の変哲もない家屋の見慣れた浴室だ。背を預け、肩までゆっくり沈めれば水位が上がって湯が溢れる。 派手な音を耳にしながら本来ならば一息つきたいものだったが、どうにも今はそういう気にはなれない。浴室の外の物音に自然と耳を澄ませながら、勝手に頭を巡る畳の上での今ほどの光景が眉間に皺を刻んでいた。 間もなく、戸を引く音に浮竹はびくりと身体を固める。立ち込める湯気の中、戸の隙間から現れた姿にふと顔を向ければ、白い肌とその滑らかな曲線に自然と目を奪われた。線の細い身体に比べてつい手を伸ばしたくなるような腿の柔らかな肉感に、早くも先程の感覚が蘇る。 はその視線に気づいたのか、さっと慌てて背を向ける。悪い、と反射的に謝ったが、元はと言えば彼女が湯浴みを共にして良いかと言い出したのだ。視線の行き場が限られる事など分かっていただろうに、そう恥じらわれるとどうすれば良いか分からない。 結局置き場のない視線を伸ばした自らの足の爪先へと向け、彼女が桶にとぽとぽ湯を溜める音を黙って聞いていた。 まさか、帰宅早々にこうなろうとは思うはずもなかった。 大体、深夜近い今、がまだこの屋敷に居るとすら思っていなかったのだ。彼女には盆栽の水やりという地味ながら多少面倒なことを留守中に頼んでおり、その都合で鍵を渡してはいたが、まさかこんな展開を想定するはずがない。 たまたまこの任務に合わせるかのように、少し値の張る若い黒松を購入してしまったのが全ての始まりだった。普段ならばこの時期だし水をたっぷりやって日陰に置いてやればまあ一日二日は放っても良いかと思うのだが、流石に迎えたばかりの樹にそれは出来なかった。 こういう時に限って懇意にしている庭師の都合がつかず、かと言って隊舎に移動させるのも手が掛かるし、こうなればに頭を下げるしか無かった。面倒な願いだとは分かっていたものの、屋敷の鍵を渡して頼めるような相手は彼女しか居ない。 だから何も、疚しい思いがあった訳ではない。というのを誰に向けてでもなく言い訳しているのは、結果的にそう彼女に思われても仕方がない状況になっているからだろう。 だが後悔をしているわけではない。ただ戸惑っては居た。身体の隅々まで満たされるような幸福に、年甲斐もなく浮ついている己に呆れている。身体に残る彼女の肌の余韻を湯の中で思い返しながら、ぼうっと水面を眺めていた。 「……入っても良いですか」 「ああ、悪い……俺はもう出るよ」 「い、いえ……大丈夫です、そのままで」 だが、と浮竹は彼女の顔を見上げ言いさした。足を避けるように曲げると、は爪先をそっと湯に差し入れる。その足から辿るように腿、臀部の張り、腰の括れまで視線を上げかけてさっと逸らした。 なにも今日、初めて見た訳でもない。何度か触れ、そして今さっきこの腕に抱いたばかりだ。だが自然と視線が吸い込まれるのは本能というべきか、己の欲深さには呆れたくなる。彼女の身体はゆっくりと同じ湯船へと沈み、徐々に水位の上がった湯が縁から溢れた。 彼女の入る場所を空けたものの、そう広くない湯船では避けきれず肌が触れた。ぬるめの湯の中、彼女の少しひやりとする肌を触れている脚で感じる。冷えてるな、と呟くと彼女ははっと目線を上げた。 「もう少し湯の温度を上げようか」 「ああ、いえ……ぬるめが好きなので大丈夫です」 そうか、と立ち上がりかけた腰を再び下ろす。初めにぬるいと思ったのは気の所為ではなく彼女の湯加減だったのだろう。浮竹が熱い湯を好んでいるだけで、この温度でも十分身体は温まる。 隅の方で身体を縮めているに何度か身体を伸ばすように言うが、大丈夫だと答えるばかりだ。窮屈なのだろうか、まだ身体を晒すことに抵抗があるのか。 折角落ち着ける時間だと言うのにこれでは意味がない。浮竹は湯船の縁に手をかける。 「やっぱり狭いだろう。俺はもう出るから、ゆっくり浸かりなさい」 「えっ、いや…待ってください」 立ち上がりかけた浮竹にまるで縋るように、が腕を掴む。振り払うわけにも行かず再び湯に身体を沈めると、は膝をついたまま、あの、と小さく漏らした。 「……そちらに行っても良いですか」 「ああ……勿論、別に構わないが……」 一先ず浮竹は頷く。そちらというのがどちらなのか、自分の脇にでも来るものだとばかり思っていれば、立ち上がった彼女がおもむろに膝を跨いだ事にぎょっとする。そのまま腰を下ろしはじめた彼女の顔を見やれば頬を染め俯き、ちらと合った視線の先で熱っぽい目を細めた。 腰の上へ跨った状態のに、浮竹は自然と唾を呑み込む。彼女の柔らかな身体がぴったりと肌に触れ、この湯のぬるさと肌の滑らかさが相まって堪らない心地だった。 腰の上に跨った彼女は、何を発するでもなく視線を下げたまま僅かに腰を前後させる。彼女の股間の薄い茂みに隠れた花弁がぬるりと擦れ、浮竹は腰をぴくりとさせる。まだ直接触れても居ないというのに、彼女の中心からはこの湯の中でも分かるほど蜜が既に染みていた。果たしていつから。 ぎこちなく腰を前後させる彼女の口は小さく開き、微かな吐息が漏れる。初めはただ軽く擦るくらいの動きだったものが、徐々に押し付け体重で圧迫するようにぎゅうぎゅうと擦るものだから、徐々に股間は熱を持ち硬く形を持っていった。 無言で吐息だけを漏らしながら、しばらくその緩慢な揺れを続けていた。ぬるい湯の中で肌の合う感覚が心地良い。 あ、とは小さく声を漏らす。腫れ上がった先端が、彼女の陰核と擦れたのが好かったらしい。それは浮竹も、図らずとも同じことだった。ぬるりと粘液を塗りつけるように滑りながら、上側で硬くなった陰核が絶妙にもどかしい刺激を与える。 はじめは擦れて心地よい動きも繰り返されるほどに物足りず、その奥を求めたがる傲慢さを自覚する。 目の前でたわわに揺れる胸元の膨らみも、この手に包んでその柔さを飽きるほどに楽しみたい。既にぷっくりと立ち上がった桃色の乳頭は誘うように上向き揺れる。最後の理性を絞り出しながら、唾をごくりと飲み込んだ。 「、……あまり遊ぶんじゃない」 「そんな、遊びじゃないです」 「だが、風呂なんかで……」 そう口を開いたものの、何を言った所で説得力もなにもない事に気づく。彼女の下で硬く劣情を膨らませながら、やめなさいとなど言えるはずない。 「……だめですか」 「……だめ、ではないが」 期待している答えだ。浮竹の言葉に、は口元を緩めると腰を僅かに上げ、屹立したそれを軽く指先で掴む。湯の中でも分かるほどぬるりと蜜の染み出したのその中心に宛てがわれれば思わず腰が震えた。陰唇に柔らかく包まれ、やがてゆっくりと埋まり始める。 まだ初めて男を知ったばかりの身体を、そう時間も経たず再び開かせるのはどうかとも思った。負担になりやしないか、と一瞬は不安を覚えたもののしかし蕩けるように誘われ、もう不安など何処かへ消えてしまった。 徐々に彼女へと埋められていく快感に深く息を吐きながら、ついその細い腰へ手を回したくなる衝動を抑えるように、湯船のふちを掴む。 ついさっきまで畳の上で散々味わった心地だと言うのに、飽きもせずその甘い締付けは痺れるような性感を与える。 彼女は具合を確かめるようにゆるゆると揺らしながら、体重をかけ腰を落としていく。ぎこちない腰使いなのは当たり前だ。彼女はこの行為をついさっき知ったばかりだ。肩に掛けられた彼女の手のひらは時折ぎゅうと掴み、表情は切なげに歪む。 甘い声を漏らしながら、埋めてゆく心地が堪らず彼女の名前を呼ぶ。虚ろな目を浮竹へ向け、だらしなく開いた唇に噛み付くように口づけると、彼女の膣は途端にぎゅうと柔く締め上げた。 素直な身体が愛しく、どうこの愛情と劣情の入り乱れた思いを吐き出せば良いのかとわからなくなる。細い身体を抱きしめ、それでも有り余る思いに腹の奥が淀む。 ぬるぬると舌を絡ませ、吸い付きながらとうとう彼女の腰を軽く掴み力を掛ける。ぐ、と沈み込むとの身体はびくびくと腕の中で震えた。狭い膣はこの醜く猛った雄をしっかりと咥え込み、擦れる度に甘く鳴いて奥からだらだと涎を垂らす。 隊長、と彼女は蕩けそうな顔で呼び、まだ慣れないながらも快感を求めるように自ら腰を擦り付けるよう揺らす。その焦れったい動きに浮竹はつい、彼女の腰を掴み支えたまま下から突き上げる。 まだ男をよく知らぬ身体をこじ開けるように入り込み、擦るように抉る。動きに合わせるように水面がゆったりと揺れ、縁から湯が零れ落ちていく。 「ン…ぁっ……す、ごい……」 「……さっきより、もう少し深く入ったかな」 「はい、……は、い……ッ…」 身体にしがみつき、は細かく震える。初めて知る感覚にただ身を任せるしか無いのだろう。 臀部の張りのある肉を掴みながら、ぐりぐりと奥を執拗に攻め立てる。水面を揺らし、互いの息遣いを浴室に反響させながら、この行為に没頭していた。 「ッ、は…ぁ……き、もちいい、です……だめ……隊長、わ、たし……ッ」 「ン……っは………そう、締められると」 「い、やっ……ぁん……だめ、です……そ、こ……」 具合良く入り込み、深くを先端がぐりりと引っ掻く心地が堪らないのだろう。荒く息を繰り返しながら、身体にしがみつきびくびく震える。腕の中でその華奢な身体の懸命さに、心拍は上がり腰には熱が籠もった。 ゆるゆると彼女の身体を味わうよう緩やかな律動で抽送を繰り返し、確実に吐精感は高まっていく。何の隔てもなく愛しい相手と繋がる感覚はあまりに幸福で、そして夢にも勝る心地だった。 ちゃぷちゃぷと穏やかに波立つ水面は、この浴室に反響する彼女の嬌声と交じって耳を犯す。隊長、隊長と普段と同じように呼びながら、その甘ったるい声音は耳から脳へ流れ込んで思考を鈍くさせるのだ。 ああ、とかうん、とか彼女のよがる声に低い吐息で返しながら、徐々に込み上げる吐精感を何度か呑み込む。だらしない表情で縋るの姿が見飽きず、終えるのが惜しく思えるのだ。我ながら良い趣味をしていると自嘲したくなるほど、明らかに欲情していた。 普段は小綺麗にして性の匂いなど全く感じさせない彼女が、雄を咥え込み自ら腰を揺らし、びくびく震える。己の前だけで見せる女の顔はいくら眺めても飽きること無く、劣情を引きずり出される。 「こ、のまま……隊長……」 「このままはだめだよ」 「でも、もう……おねがい、します……」 彼女が求めることは、まだ叶えられない。彼女の奥を小突いてやれば、背を仰け反り膣はきつく締め付ける。びくりと震えた竿を咄嗟に抜き出し、そのまま彼女の腹へ擦り付けながらぬるい湯の中へ吐き出した。 白濁の汁が湯の中で糸を引きながら漂い、その様がどうにも情けなくて思わず目で追う。 二度目にもかかわらず、よくもこの量を吐き出したものだ。この歳になってこの行為に夢中になろうとは思っても居ない。一時はもう枯れたとすら思っていたくらいだが、彼女を知って雄としての本能を引きずり出されたようだった。 まだ余韻に荒く息を繰り返しながら、身体を起こす。情けなく汚した湯に長く入るわけにも行かないだろう。 頬を染め恍惚した彼女の腕を引き立ち上がると、浮力から開放された身体の重さにぐらりと揺らいだ。彼女も同じだったのかふらつくと浮竹の身体にしがみつき、すみませんと慌ててさっと離れる。 あれだけ淫らに乱れておきながら、その程度のことで恥じらうのだから可笑しい。外気に触れて、我に返ったのだろう。 「はぬるめが好きなのか」 洗い場に出た浮竹は、桶に湯を溜めながらに言う。意外だったのだ。熱い湯で汗を流す方が好みかと、知りもしないのに勝手に思い込んでいた。 「……どちらかといえば、熱めの方が好きです」 「ん……そうなのか…？さっきはぬるめが好きだと……」 「ああ、それは…ええと……」 は端切れ悪く、もごもごと口ごもる。溜めた湯をの身体に流してやりながら、その気まずそうな表情を思わず見つめた。 「……熱かったら、ゆっくり出来ないと思いまして…」 はあ、成程。浮竹は相変わらず鈍った頭でぽんと手を打つ。 まさか元よりこれが目的だったという訳か。だがお陰でのぼせもせず、冷えもせず行為に没頭できたという訳だった。 耳を真赤にして俯くに、へえ、と浮竹は笑いながら身体の奥で燻る甘い感情をそっと飲み下す。この期に及んでまた初めて見せる彼女の顔を知り、ほとほと飽きない子だといっそ嘆息したくなる。 飽きないついでにふと思い立った浮竹は、石鹸を手に取り手のひらで軽く泡立てると彼女の背へ滑らせた。びくりと飛び跳ねたはからくり人形のようにぎこちなく浮竹を不安げな表情で見上げる。 「な、なにを」 「汚してしまったから、洗ってやろうと思ってね」 「自分で……自分で、出来ますから！」 「遠慮しなくて良い」 そう笑って、浮竹は腰を屈め背から臀部、腿までゆっくりと滑らせる。自分でできると口では言う割に、逃げはしないのだから可笑しい。 彼女の小さく繰り返される熱い吐息を耳にしながら、腰まで滑らせた手のひらをふと止めた。 「嫌なら止めようか」 「い……じわるですね」 「今だけだよ」 鼻先で囁き答えた後の事は、語るまでもない余談である。 2023/04/27