蜂蜜よりも甘い愚行-2

薄曇りの夜だった。空の月がぼうっと、暗い雲の形を浮かび上がらせるような、少し湿度の高い夜だった。 賞与の査定にようやく目処が立ち、浮竹はひとつため息を付いた後、脇に重ねていた書類をぱらぱらと捲くる。夏、冬と今までは席位や職位によって一律で同額が与えられていたものの、数年前からはある程度本人の働きを加味するようになった。 だが隊長一人でこの数百の査定というものは流石に気が遠くなる数で、出撃記録や魂葬数など数字で見ることの出来るものについてはに纏めてもらっていた。他にも評価の基準は色々とあるのだが、あちらこちらに散らばった記録確認が最も手間が掛かる。 およそ他の隊も副隊長や席官の手を借りるなど同じようにしているのだろうが、この時期はやはりどこの隊長も精一杯なのか、めっきり姿を見かけなくなるようで、瀞霊廷がどこか妙な雰囲気に包まれると小耳に挟んだ事がある。 浮竹も同様であった。が、日頃から体調の関係で顔を出せない事は少なくないから、隊士たちからしてみれば珍しくない事かもしれない。まさか隊首室に篭もり、布団ではなく書類に埋もれて過ごしているとは知らぬ者も多いだろう。 しかし一人一人の名を見ながら姿を思い浮かべ、その働きを知るというのは良い機会であった。隊舎で会う者には可能な限り声を掛けているものの、毎日全員にとはならない。常に何十何百と流魂街や現世へ四方八方飛び回っている隊員達の働きを、年に二度とはいえ、知る機会があるのは実に良い事だ。 とはいえ、である。筆を置き、目の奥に感じる重さにこめかみを軽く押さえる。数秒瞼を閉じた後、仕上げた紙の束を手にし満足気に頷く。毎度、はじめはどうしたものかと途方に暮れるのだが、何だかんだと収まるのだから不思議なものだ。 一仕事を終え、大きく身体を伸びながら雨乾堂から出た浮竹は、ふと隊舎に目を遣る。もう夜も更け夜警の者以外の姿は無い筈なのだが、少し感覚を澄ませば、ふとよく知った気配を感じた。今日彼女は非番だった筈だが、と首を傾げながら自然と足を進める。 いくら熱心とはいえ、休日の夜にわざわざ隊舎へ来るまでは無い筈だ。気のせいかと思ったものの、しかし彼女の執務室へと近付くほどにその気配は濃くなる。 ついに廊下へ細く伸びる一筋の灯りを見つけた浮竹は、そっと近寄りその隙間から顔をのぞかせた。 「う、うわっ！」 「…今日は非番だったんじゃないか？」 目が合った途端、机に向かっていた彼女はびくりと跳ね、浮竹の表情を見つめたまま固まる。心配そうに曲がる浮竹の眉に気付いたのか、はすみませんと身体を小さくして呟く。 「こんな時間にどうしたんだ、しかも…普段着で」 「今丁度済ませたのですが…明日提出の仕事をすっかり失念してまして…」 「提出…まだ月末でもないのに？」 そうなんですが、とは表情を曇らせる。彼女がぽつぽつと語り始めたのは、今朝書店へ向かう道中、居酒屋から出てきた松本と偶々出会った、というこの状況にはあまり関係がないように思える話だった。 浮竹は頷きながら、長椅子へと腰を下ろす。は手元の書類に軽く目を通しながら、その後の足取りについて続ける。松本の自宅へと連れられたは、暫く閑談して過ごしていたようだが、夕方頃にうつらうつらと午睡してしまったのだという。 日が落ちた後に目覚めると松本の姿が無く、急な仕事を思い出したから家を空けるとの書き残しに目を通した。途端にすっかり失念していた書類を思い出し、執務室へ飛んで来たのが数時間前の話ということだ。 成程。彼女がこんな時間にもかかわらず普段着で此処に居た理由に、合点がいく。 「先日の副隊長会で急遽揃えるよう言われた書類だったんですが、すっかり忘れていて…」 「俺の責任かもしれないな…色々頼んでいただろう」 「えっ、いえ…私がすっかり他の事で頭が…ではなくて、完全に自分の責任なので…」 つい先程まで隊首室で目を通していたのも、が纏めてくれていた資料だった。この所彼女は何かのめり込むかのように机に向かっており、時折顔を合わせれば、何か手伝えることは無いかと聞くものだからついつい甘えてしまっていた。 お陰で想定より早く自身の抱えていた件については済んだものの、しかし今日彼女の折角の休日が潰れたことに責任の一端があるように思えてならない。 次の休日には、彼女が好きだと言っていた焼菓子でも目一杯買ってきてやろうかと、そんな単純な罪滅ぼしを思い浮かべていれば、隊長、と彼女の声に呼ばれ焦点を戻した。 「帰るのかい」 「…は、はい。仕事も無事済みましたし、隊長にご心配も掛けてしまいますし」 「それはご尤もだな」 立ち上がったは荷物に手を掛けていたが、そのまま中々動かない。どうしたのかとその姿を暫く眺めていたが、視線をうろうろとさせて妙に落ち着かない様子であった。 どうした、と思わず声をかける。彼女を送りがてら、また雨乾堂へ戻ろうと思っていたのだが何かまた残った仕事でも思い出したのだろうか。は暫く俯いていたが、はっと顔を上げ何かを思いつめたような顔を向けた。 「……隊長はこの後、お時間はありますか」 「ん？…ああ、時間はあるが……」 何か手伝ってほしい仕事でもあるのだろうか。尋ねてみれば、彼女は首をそういうわけではないと横に振る。 言い出しにくい事でもあるのか、彼女が口を開かないのでは分からない。仕方がないと浮竹は、再び長椅子へと腰を下ろした。執務机の前でもじもじとするに、おいでと声をかける。 「少し話そうか。この所、互いに仕事ばかりだっただろう」 「……は、はい……では」 失礼します、と彼女はやけに緊張した様子でそろりそろりと傍に寄ると、浮竹の隣へと腰を下ろした。今更何を緊張することがあるというのだ。素肌に触れた事だって、一度や二度ではないというのに。 しかし、普段着姿というのはやはり珍しい。いつもよりも身軽そうで、何より女性らしい曲線が見える。襟をきれいに抜き、うなじと首の白さが際立って見える。 その姿に触れたいと思ったのと、実際に触れたのはほぼ同時だった。彼女の膝の上で握られた手の甲に手のひらを重ねる。びく、と跳ねた彼女はまだ緊張の面持ちで頑なに俯いているから、手の甲を撫でてその手をほどいた。 僅かに汗の滲んだ彼女の手のひらに、指を絡ませる。触れると多少の満足を得られるのは、恐らく所有欲が浅く満たされるからなのだろう。まだ全てが手に入った訳でもないというのに。 「……何に緊張してるんだ。汗ばんでる」 「ご…ごめんなさい、…あの……ええと……」 震える彼女の声を聞きながら、胸がどくりと脈打つ。彼女が中々帰ろうとしなかった理由も、今横で緊張に震えている理由もようやく分かった。絡ませた指をゆっくりと擦れば、は静かに熱い息を吐き出す。 その動揺する姿を愛らしいと思うようになってしまったのは、彼女の様々な表情を知ってしまったからだろう。白日のもとでしか知らなかった彼女の、夜の帳のうちでしか見れぬ顔は、あまりに単純に浮竹を揺らがせた。 「……いつもの続きを、と…思って…」 俯き、そうもごもご言う姿に、自然と唾奇を飲み込んだ。このような場所で芽生えるべきでない感情の蠢きを確かに腹の底で覚えながら、誤魔化すように長く息を吐き出す。 彼女がそう期待を帯びているのではないかと分かっていたのに、実際その言葉を前に頭が熱を持つ。 「今日は、…もう少し……その」 彼女が言わんとすることは分かったが、浮竹は曖昧に笑った。 彼女の肌へ初めて触れたのは一月以上前の事で、それからまた何度か同じような夜を過ごした。いずれは、と堆積してゆく欲を薄く伸ばしながら、彼女の身体に無理が無いようにと徐々に解くよう触れていた。 勿論、それで物足りる訳がない。それは恋人として本能として、機能として実に当たり前のことだろう。だが何より、愛しい相手として痛みに歪む顔を見たいとは思わない。彼女もそれを理解してくれているのだろうと勝手に思い込んでいた。 目の前で縮こまるを見下ろしながら、存外動揺している己の胸の内を落ち着けるように細く息を吐き出す。彼女から、まさか正面を切って望ませることを想定していなかった。 「……私に魅力が足りませんか」 「そういう訳じゃない」 「でも中々、先に進んでくださらないから……私のせいかもしれないと」 彼女はまた俯く。ああ、そうか。ずっと何か思い悩んでいた様子は、それが理由だったのかと心苦しく眉を曲げた。違うよ、と優しく浮竹は返した。 彼女を思うからこそ丁寧にその身体を解いていたはずが、逆に悩ませる結果になっているとまでは思っていなかった。 触れていると、決まって彼女は先に進みたがったのだ。彼女は緊張で身体が強張っているというのに、まさかそれを無理に割って入る気になれずやんわりと往なしていた。 きっと彼女のことだから、自分ばかりが満足をして心苦しいとでも思っているのだろう。浮竹の下半身の隆起を察しているのか、だから先へ先へと急いているのだろうと、その気遣いに申し訳なく思っていたのだった。 だが、それは恐らく彼女自身の欲求だった。その先に進みたくて堪らない理由は、彼女が望む、淫らな切なる欲なのだと気づいた今、自然と頬が緩んだ。 彼女はその細い体を火照らせながら、一人思い悩んでいたのだろう。その痛々しいほどのいじらしさに、身体の奥は熱を持ちじくりと疼く。 「……今は、だめですか」 「此処は夜警の子の行き来があるだろう」 「こんな時間、部屋に誰か居るなんて思いません」 やけに縋る様子であった。夜警の隊士が深夜に隊舎の見回りをする筈だが、執務室まで覗くことはあるまい。それを浮竹も分かっていたが、敢えて口にしたのは、この状況で彼女の肌に触れる言い訳を耳にしたかったからなのだろう。 握った彼女の手を引き、寄せた彼女の身体をそのまま膝へと載せ横に抱く。 まるで赤子でも抱えるかのような状態に照れくさくなったのかは俯いたが、浮竹は顔を寄せ、その名を呼んだ。僅かに上げたその顔を覗き込むように近づけ、唇を重ねる。 柔い唇を甘く噛み、舌を交わらせる。普段は紙を捲くる音ばかりが聞こえるこの部屋で、今は湿っぽい吐息と、軽く吸い付く音が交じる。時折その吸い込まれるような瞳を見つめれば、頬を染めまるで誘うように僅かに舌を見せ唇を舐める。 いつから彼女を女性として意識していたのか、今となっては分からない。今まで数々の女性隊士を隊へ迎え、仲間として共に過ごしてきたが特別な感情を抱く事は決して無かったはずだった。この隊に居るものは皆、性別や立場に拘らず仲間として守り、そして信頼すべき相手だと思っていたのだが。 初めは彼女も皆と変わらないはずだったが、なぜ今こうして痛々しいほどに感情が揺らぐのか分からない。ただ、彼女の前でだけは己が男であることを殊に感じるのだった。 彼女を前にするとどうしてか、欲しいと思うのだ。人とは思考し感情を持つ自由な生き物であって、誰の所有でもない。それを重々承知している筈が、の前でだけは脆く崩れる。彼女の揺れる瞳を見る度、その身体を腕の中に収めて外に出してやりたくないと切に思う。 触れ始めてからは止め処が無く、今は貪るように口づけを繰り返していた。次第に、抱えている彼女の身体の火照りが分かる。膝を擦り物欲しげに見上げるその視線は毒のように、思考を一瞬にして蝕んだ。 彼女がこの先、期待する事は分かっていた。だがそれを口に出せば、辛うじて繋ぎ止めている理性が崩れるのではないかと恐ろしい。せめて、と浮竹は細く息を吐き、どくどくと大きく脈打つ心臓にせめて、酸素を送り込む。 「また悩ませてしまって、悪かった」 「ごめんなさい……勝手に焦って、お恥ずかしいです」 「いや違うよ。焦っているのは、きっと俺の方だ」 だから、余りあるほど優しく解いてやりたかったのだ。逸る気を抑え、彼女にとって悪い記憶とならぬよう丁寧に触れていたはずだった。 抱えたまま、衣服の上から手を撫で下ろしてゆく。結ばれた帯を崩さぬよう、裾を左右に分けると軽く捲くり、手のひらを滑り込ませ腿を撫でた。滑らかで柔い肌の感覚の心地よさに、いつもつい執拗に撫でてしまうことを反省するのだが、しかし止められそうにはない。 内ももをなぞりながら、徐々にその中心へと近付く。その下着の上から撫でれば、湿った様子に思わず口が緩んだ。素直な身体が堪らなく愛しいのは、他でもない己だけを求めて蜜を滲ませるその清純な見た目との不整合に理性が乱れるからなのだろう。 あ、と彼女の唇から小さく零れる。下着の下へと潜り込ませた指先が、彼女の滲ませた蜜に触れ花弁へと辿り着いた。もぞもぞと膝の上では居心地が悪そうにさせたが、逃げ出さぬよう背を支える腕をその身体へと巻きつける。 ぬるりと蜜を塗りつけるように指の腹で往復させれば、すみません、と彼女は堪らずか細く呟く。頬を赤く染めた彼女は目を伏せ、じわりと感じ始めた心地に震える息を漏らした。 塗りつける動きから、つぷりと指先を埋めるように沈めてゆく。途端に強張った彼女の身体は、再び口づけを施せば僅かに緩んだ。唇を軽く啄みながら、指の根元までを沈める。軽く関節を曲げ中を柔らかく掻き出すように動かした。 腕の中の彼女は浮竹へ縋るように服を掴み、びくりと震える。細かい息遣いは熱く、合間に漏れる声は甘く、耳の奥へと溶けてゆく。しつこいほど緩やかに柔く、彼女の中を浮竹は十二分に解すよう指先を埋めた。 「…っ、ん…は、…もう……」 「…もう、次に進めそうか」 「た、多分……」 続けるうちに徐々に彼女の帯は乱れ、綺麗に着付けられていた胸元の合わせも崩れ始めていた。帰りが大変だろうからと、上半身には敢えて触れぬようにしていたのだがあまり意味はなかった。 指先を抜き出すと、彼女を抱え長椅子の上へと寝かせる。仰向けのまま、借りてきた猫のようにじっと固まっているの姿が愛らしく、彼女の膝を割りながらふっと微笑んだ。 腰紐を解き、袴を落とす。彼女の興味と、僅かに怯えの混じった視線の前で晒すことがどうにも気が引けたが、しかし致し方が無い。期待と欲で脈打つそれは痛いほどに上向き、身構える彼女の中心へと近づける。 その突端を、蜜で塗れた彼女へ宛がうと、直接伝わるその熱に思わず身震いした。表面をぬるりと滑らせながら、その襞が張り付き浅く包み込む感覚の心地よさに、吐息を漏らす。彼女の蜜をまるで塗りつけるかのように、擬似的な抽送を繰り返すように前後を繰り返した。 擦る感覚が彼女にとっても悪いものでは無いのだろう、強張っていた身体も徐々に緩み、頃合いかと浮竹はその蜜口へと突き立て僅かに体重を掛ける。入った、とも言えないほどであったが、は苦しげに顔を歪める。 頬に手を伸ばし、そっと指の腹で撫でてやればぎこちなく微笑んだが、やはりまた眉間に皺を寄せた。 「っ、い…」 「…まだ止めようか。焦ることでもない」 「だ、大丈夫、だいじょ、うぶです…」 あれほど指先で溶かしていたはずであったが、しかし僅かに腰を沈めると彼女は顔を顰めた。大丈夫、と言いながらも眉間に深く寄った皺と、爪痕が付きそうなほど固く握る手のひらを見れば彼女の声にならぬ言葉が聞こえてくるというものだ。 やめようか、と再び囁いてみるが、彼女はふるふると首を横に振る。何も、煽ったわけではない。だが、その必死に縋るような目を見ると、少なくともにはそう聞こえてしまったようであった。 「…もう少し、楽に出来るか」 「…分かっては、いるのですが…ぁ、っ…」 入り込んだ雄芯の先端が、きつい入口を押し広げるように入り込む。その幹に合わせるよう口は大きく開き、皮膚は張り詰めていた。慣らすように浅い挿入が繰り返される度に、一瞬は緩み、しかし少しでもその奥を求めようとすればきつく拒む。 熱く滾ったその欲の芯が、漸く彼女へ触れた喜びはぞくぞくと背筋を何度も駆け抜けた。不安げに眉を曲げるは、初めて異物が身体を押し広げる感覚に困惑しながらも、やがて本能通りに甘い声を漏らす。大きく息を繰り返しながら、しかしその異物感が耐えられないのか腰を引き硬く力を入れた。 やめようか、辛そうだよと、そう彼女を慮る言葉を掛けながらも、しかし身体は自然と彼女を求め芯を硬くする。抜き出し、入り口を擦るように移動させながら、時折奥へ進もうと突き立てるがまたは顔を歪める。みたび腰を引き、暫く擦り動かした後に再び突端を彼女の蜜壺へと宛てがい沈めた。 大丈夫、大丈夫と彼女のうわ言を鵜呑みにして僅かに揺らしてみたが、苦しげな声が彼女の喉から漏れまた引き抜いた。彼女の目の端に溜まった雫を見る度、一瞬は我に返る。彼女を苦しめてまで得るものではないと、そう頭では繰り返しながら、しかし膨張した熱は一向に治まりようがない。 ぬち、ぬちと浅く出入りを繰り返すほど、劣情は募る。酷い生殺しだ。彼女が目を潤ませ身を捩る姿を虚ろな目で見下ろしながら、離れゆく理性の手綱を手繰り寄せる。一思いに、沈めてしまえば自身は楽になるのだろうが、しか彼女の身体はどうだろうか。 そこまで思考を及ばせて、まだ自身は正常なのだと思う。彼女の心身を憂慮出来るほどの理知は失っていないのだと安堵する。 「った、隊長…っ、…もっと…」 「……あまり煽ったらいけないよ」 「そ、そうじゃなくて…私ばかりではなくて、隊長も、…一緒に」 勘弁してくれ、と此処まで来れば頭を抱えたくなるというものだった。まだ脈打つ熱を持ったそれを甘く咥えていた彼女から抜き出し、代わりに指先で撫ぜる。困惑したは身体を僅かに起こしたが、間もなくぬるりと入り込んだ感覚に驚いたのか目をぱちぱちと瞬いた。 纏わりつく熱と包み込むような柔い肉感に、浮竹は思わず喉を鳴らす。彼女の善いところは過ごした数度の夜でもう知っていた。はじめは中指ひとつでさえ苦しげであったが、今は薬指と二本飲み込んでも心地よさそうに身を捩る。 指の腹で探り当てた、ざらつく天井を甘く引っ掻けば蜜を垂らして甘く鳴く。その体内を押し広げるように、慣らしてやるように掻き混ぜ何度もゆるりと往復させた。 本心を言えば、早くその深くまで触れたいに決まっていた。誰も触れていないその場所へ、己だけが触れたかった。 それは他でもない、彼女に対してのみ湧く底のない独占欲であって、あまりに自分本位であると分かっている。だからこそ念入りに彼女の身体を解いていた。たとえ強く望まれようとも、痛みで顔を歪める状況では満たされない。 指先を根元まで咥え込む彼女はびくびくと腿を震わせ、耳が蕩けるほどの甘い声で鳴く。 「ぁっ…い、一緒に」 「大丈夫、急がないで良い」 「…で、も……んっ、は…だ、だめ……」 大きく彼女の中は蠢き、身体を弓なりに反らす。荒く息を繰り返したは、暫く空気を取り込むことで精一杯だったようだが、やがて落ち着き始めたのか目が合うとはにかんだ。 未だに治まりそうにない己の熱を必死に落ち着けようと試みながら、浮竹はさっと目線を憚るように開けた自分の長着の前を直す。もようやく思考回路が正常に戻り始めたのか足を閉じ、崩れた胸元と、大きく捲られた裾を直した。今更ながら、普段着姿の彼女を無理に犯したかのような状況に罪悪感が滲む。 今までも彼女と夜を過ごす度、この有り余る劣情のやり場に困惑したものだが、今夜は殊更酷かった。何度か深呼吸を繰り返すことで多少、目は覚めたがしかし未だ腹の下で溜まった熱は疼く。 彼女の申し訳無さそうな表情にさえ、劣情が滲む。まだ熟れたままのその場所へ、今からでも無理に押し込む事だって出来た。だがその短絡的な行為で得られる快感ほど、きっと虚しいことはない。 彼女へ抱く思いがまた、手の施しようもなく肥大していた。汗ばんだ彼女の首筋に鼻を寄せ、浮竹は胸いっぱいにその香りを吸い込む。滲んだ汗を舐め取るように舌を伸ばすと、また力の抜けた彼女の膝を割り、裾に手を潜り込ませた。 この劣情を果たせぬのならば、せめてもう少し鳴いてもらおうと蕩けきったその場所へと指先を埋める。甘く溶けたの声が媚びるほどに、所有欲は浅く満たされてゆく。 その穏やかな笑みの皮を被せながら、近く迎えるであろうその時を息を潜めて待つのだった。 2023/01/24（加筆修正）