また次の最初の朝に

2022年12月19日
31日

また次の最初の朝に

 

 任務で負傷した。ちょっとした怪我など珍しいことではないが、四番隊へ担ぎ込まれる程の深手を負ったのは数年ぶりだった。
 虚の持つ鎌で二の腕の皮膚を裂かれたのだが、切りどころが悪くかなりの出血をしたのだ。
 単独任務で、手負いのまま長期戦となるのでは分が悪い。視界が霞む中、無理を押して早急に始末を終えると、苦手な回道で応急処置の軽い血止めをした。
 瀞霊廷へ急いで帰る道中、何度か傷が開きその都度処置をしていたのだが、ただでさえ苦手な回道が更に粗雑になってゆく。回復しない霊力をどうにか絞り出しながら、どうにか朱洼門に辿り着いたのだった。
 目を覚ますと痛みは無く、寝台の周りを隊士達が慌ただしく行き交っている。死んでも仕方ないと過りながらの帰還だった為、また目を開けられた事に驚いていた。
 そうして起き上がったままぽかんとしていれば、通りがかりの隊士に、もう次の患者が入ってくるから平気なら帰ってくれと頼まれた。
 それはそうだろう。此処では頭があって、四肢が無事ならば大した怪我ではない。実際に傷は塞がって、霊力も回復しているのだからそれ以上寝台を占領しては迷惑だった。
 用意されていた新しい死覇装に着替え、荷物をまとめて急いで救護棟を出る。
 時計を見ると恐らく瀞霊廷に戻ってから半日程度が経っており、もうとっぷりと日が沈んでいる。寮に帰ってもう一眠りしたいところだったが、一先ず隊舎へ帰り任務完了報告を上げなくてはならない。
 ざりざりと砂利を踏み歩きながら、ふと思い出したように袖を捲くった。よく見ればうっすら傷跡が残っているものの、完全に塞がっている。
 腕をぐーぱーとしてみるが痺れもなく、神経の遅延もない。見事なものだと感心していれば、ふと道の向こうで手を振る姿が視界に入り、はたと足を止めた。
 誰だろうかと目を細くして見るまでもなく、その白い羽織と白い長髪には覚えがあった。小走りに近づいてくるその姿に、慌ててあたりを見回すが自分の他に誰も居ない。
 まさか自分を目掛けて近づいてきているというのか。逃げることも出来ずに棒立ちで構えていれば、彼はやはり千世の目の前でその足を止めた。
 偶然とはいえ、突然の事で緊張に身体を固くしたまま千世は深々と腰を折る。恐る恐るその顔を見上げれば、彼もまた千世をじっと見下ろしていた。

「お…お出かけですか」
「君の見舞いだよ」

 何を言っているんだとでも言いたげに、眉を曲げて笑う浮竹を前に千世は思わず咳き込む。
 まさか一番あり得る筈がない可能性が、彼の口から出るとは思わなかった。四番隊からの報告が偶々耳に入ったのだろう。

「出血が酷かったんだろう」
「腕をざっくりやられてしまって……でも、この通り綺麗にして貰いました」

 千世は腕を捲くり二の腕を見せると、まさか浮竹は支えるように掴んだ。温い手の温度が皮膚の薄い場所に触れ、思わずひ、と固まる。彼はまじまじと眺めながら、うっすら残る傷跡をそのまま指の腹でなぞった。
 まさか、触れられるとは思っていなかった。特に何の意識などしていないのだろう。千世の混乱など素知らぬ様子で、浮竹は本当だな、といたく感心している。
 心臓はばくばくと早鐘を打ち、くすぐったさと共に何か得体の知れない感情が腹の奥で渦巻く。これ以上肥大する感情が恐ろしくて、千世はか細い声を絞り出した。

「あ、あの……」
「………あっ、いや……わ、悪い……つい、あんまり傷跡が分からないから…悪かった」
「いえ、…とんでもない。全然、大丈夫です」

 彼が触れた感覚が忘れられず、どぎまぎと俯く。捲くった袖を戻しながら、聞こえないように大きく二度深呼吸を繰り返した。

「…とにかく、無事で安心したよ」
「お見舞いにまで来ていただいて…ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「迷惑なんて思うもんじゃない。護廷の為に命を賭けてくれている者を、迷惑に思う死神など誰も居ないんだ」

 彼はそう穏やかに表情を緩ませる。優しい口調だと言うのに、強い言葉だ。今この場所にいることを彼はいつも肯定してくれる。
 その慈しみに触れる度、もっと生きようと思えるのだ。生きてこの人の役に立ちたいと思う。そうしてこの人の為に生きる事ができるなら、やはりいっそ死んでも良い。

「隊舎へ帰ろうか」

 ぽつりと静かな夜の瀞霊廷に落ちる彼の優しい声は、ただ千世だけに向けられている。空気の澄んだ新月の夜だと言うのに、水の中にいるように息が苦しかった。