我慢の手前

31日

我慢の手前

 


 ※下品


 珍しい光景を見かけたのは、所用で向かっていた一番隊からの帰路だった。

 甘味処の縁台に腰を掛けている千世と、十番隊の松本の姿が目に入った。けらけらと笑っている千世の様子が珍しく、思わず足を止めれば浮竹の姿に気付いた松本が手を振り呼ぶ。
 邪魔をしては申し訳ないと会釈をし場を離れかけたのだが、とうとう立ち上がった松本の呼び声に背を向けることが出来ず、二人の元へと歩み寄った。
 先程まで安心しきって笑っていた千世の顔は、途端に緊張したようにこわばるから早速後悔をする。折角の休憩中だろうに、やはり邪魔をするのではなかったか。
 松本が促されるがまま千世の横に腰を下ろすと、ますます彼女は背筋を伸ばして俯くあまりの恐縮しように、思わず口元が緩みそうになる。

「二人は仲が良いんだったね」
「意外ってよく言われるんですよねえ、何でか分からないですけど」

 意外と言われる理由は分からなくはない。二人の共通性があまり見えないからだ。二人は同期という訳でもないし、所属が同じだった事も無い。席位も松本が先を行くのを千世が追いかけるような形だ。
 昔まだ入隊して数年の頃に十番隊との合同遠征で松本の小隊に編成された事が切欠だったと、一度聞いたことがある。それが今まで続いているのだから、巡り合わせとは不思議なものだ。
 注文した団子二串が届いて口に運んでいると、ふと千世の傍らの藤籠に乗った黄色いものが目に入った。初めて見るその鮮やかな黄色を浮竹が見つめていれば、これ、と松本がにやりと笑う。

「隊長ご存知ですか?このお店の新商品」

 そう言いながら、松本は籠を持ち上げ膝へと載せた。

「バナナと呼ばれる果物で、現世からの輸入品なんですって」
「へえ、果物かい。不思議な形だな……もう食べたのか?」
「はい、先程一本。美味しいですよ、隊長もいかがですか?」

 千世に勧められたものの、そのあまりに鮮やか過ぎる色に少し気後れした。初めて見るその果実は、現世で特に南国で栽培されているのだという。独特な風味と甘味、食感が中々癖になると言うが、やはり中々覚悟がつかない。
 細長い円筒形で少し湾曲している。初めて見る姿かたちを、浮竹がまじまじと眺めていると、松本がおもむろに掴み千世へ渡した。

千世、ほら食べてみて」
「え?何で……」
「良いから!もっと食べたいって言ってたじゃない。それに、あんた食べ方上手いんだから」

 上手い下手が分かれる果実とは珍しい。上手いと評されるのならば、それを学んでから是非口にしたいものだった。
 頼むよ、と浮竹が千世に言えば、彼女はうろうろと視線を揺らした後分かりましたと軽く頷いた。
 松本から渡されたそれの下部を握った千世は、先端の部分を指先で握って折る。皮が破れると、そこから下部へ向かって割いていく。剥がれた皮の中から白い実が現れるが、千世は皮の残った果実の下部を握っている。
 そうして皮の部分を残すことによって、手を汚さないように食べられるという事だ。合理的である。
 剥き出しになった実の先端に唇を寄せた千世は、丸く開いた口でぱくりと咥える。円筒の先端を包む彼女の瑞々しい唇を自然と見つめながら、やけに胸がざわざわと落ち着かない。
 俯き気味に咥えたためか、頬へ垂れた髪を伏し目がちに耳へ掛ける。どうしてか、その一挙一投足を息を詰めて眺めていた。
 ただ果実を食んでいるだけだと言うのに、目を離すことが出来ない。それどころか釘付けであった。柔らかいのか、硬いのか。歯を立て齧るのか、それとも唇を窄め柔く折るのか。
 そう食い入るように眺めている中、隊長、と松本の呼ぶ声と共に現実へ引き戻され、はっとする。

「ね?上手いですよね?」
「……ん?」
千世の食べ方ですよ。上手いですよねえ」

 美味しい、と幸せそうに咀嚼する千世の陰から、松本が不敵な笑みを浮かべる。何故か動揺したように、ああ、とそう適当に返し頷き、視線を逸しながら、自然と背筋を伸ばすのだった。