どこかしらなげやり

31日

どこかしらなげやり

 

 手渡された細切れの紙の束を見つめながら、なにこれ、と呟く。
 清音の手元にはまだ厚い束を手にしており、千世の訝しがる表情へどこか得意げに胸を張った。

「年末の宝くじ。どうぞ」
「くじ?」

 ほら、と紙切れを指さされて見ると、確かに「宝くじ」と手書きされ、横には三桁の数字が添えられている。
 話を聞けば、浮竹に何か年末の催しを考えてほしいと頼まれた清音が企画したものなのだという。随分浮竹は気に入ったようで、恒例化したい様子とのことだ。
 十三番隊の所属隊士には無作為に十枚の宝くじを無料で配布し、余ったものはバラで販売を行うようだ。売上金は、来年の宝くじ予算にされるのだという。
 一週間後の当選発表は浮竹の的射によって行われるのだという。一桁ずつ、三度に分けて彼が的射で射止めた数字が当選番号となり、該当番号のくじを持つ者が豪華景品を手に入れるのだという。
 豪華景品、と千世が繰り返すと彼女は口元をにやと不敵に歪ませた。

「高額なのは金一封かな、あとは料亭の食事券とか、甘味屋の回数券と…まあ色々。お菓子とか細かいのも含めたら結構あるから、全員一つくらいは当たると思うの」
「へえ…すごいね、それってどこからお金出てるの?」
「なんか隊の予算が余ってるとか何とか……じゃなくて!目玉景品はもっとすごいんだから」

 早く聞いてくれと言わんばかりににやつきながら千世を見る彼女に、なに、とその期待通りに尋ねる。と、僅かに彼女は千世の傍に寄りこそこそと耳打ちするように囁いた。

「浮竹隊長から肩揉まれ券」
「……も…揉まれ券…?」
「肩を、ね。特別な景品を考えて欲しいって言われて、口からでまかせに言ったら隊長が面白いからって採用してくれたんだけど…」

 一瞬理解が追いつかなかった。浮竹の肩を揉む、のではなく浮竹から肩を揉まれるのだという。つまり、揉まれるのだろう。いや、どう考えた所で言葉通りだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 肩を彼の手によって揉み解されるということなのだろう。彼の手によって肩の凝りを、固まった筋を柔らかく解される。何も難しいことはない。
 だというのに脳が理解を拒否しようとするのは、一週間後の当選発表で浮竹から肩を揉まれる者が確実に決定する事実を、どうにも受け入れ難かったからだ。
 彼の肩を揉むというのでもそんな幸甚なことは無いというのに、触れられるならまだしも揉まれるなど、幸甚を通り越してそんな罰当たりな事は無い。どのような徳を積んでいれば当選できるというのだ。
 内心面食らっているところを精一杯平常通りに取り繕いながら、千世はへえ、とどうにか穏やかに微笑んで頷く。

「でも、肩揉まれるなんてあまりにも畏れ多くないかな……金一封の方が実用的で嬉しいよ」
「いやあ分かるよ?あたしもそう思うけど、でも実際肩揉まれ券当たったらどうする?」
「い、いや……当たらないよ」
「でも分かんないじゃん、999分の1なんだから!誰かしら当たるんだよ……」

 どうしよ、と当選の可能性を思い描いて緊張している清音を尻目に、千世は必死で今後一週間の夕飯の献立を考えていた。
 これ以上肩揉まれ券の事を考えた所で、やがて脳が発熱しかねない。ならば夕飯の献立を思い出して居たほうが腹も減るし嬉しいし、よっぽど健康に良いというものだった。

 日に日に腹がしくしくと痛んでいく中迎えた一週間後。
 見事目玉景品を浮竹から受け取る海燕が向けてくるしたり顔を、千世は無表情で見返しながら金一封ののし袋を自然と握りしめるのだった。