明るいうちには出来ない話
おい、と肩をつつかれ千世は飛び上がる。
目を大きく見開いて横を見れば、どっかりと海燕が千世の横へ腰を下ろした所だった。あまりに勢い良く縁台へ腰を下ろすから、その衝撃が尾てい骨に響いた。
「お前が居ねえって清音が言うから、小便のついでに探しに来た」
すいません、と千世は頭を軽く下げる。隊の忘年会が宴会場では開かれていたが、賑やかさに紛れてそっと抜け出していたのだ。隊士総出の宴会だから気づかれないだろうと思っていたのだが。
いっそこのまま帰ろうかとすら思っていたくらいだ。あまり酒も飲みたいと思わないし、腹も減っていない。明日は一日苦手な事務仕事が待っているから、さっさと帰って寝たほうがよっぽど意味がある。
持ってきた湯呑一杯の冷水を飲みきってから帰ろうと、丁度思っていた所だったのだ。隣でどっしり腰を据えられてしまったのでは、今から帰りますとは言い難い。
「顔色悪いな、お前」
「…そんな事無いです」
「図星だろ。大方、浮竹隊長に女性隊士が群がる様子にうんざりしたって所か」
「ち……違いますけど」
わかりやすいんだよ、と海燕はけらけらと笑う。千世はむすっとしながら、仰る通り図星であった。
宴会もある程度時間が経つとばらばらと隊士達は席の移動を始め、仲の良い相手だったりこんな場でしか近付けないような相手の傍へと寄っていく。特に隊長である浮竹と酒を酌み交わせる機会など滅多に無いから、代わる代わる様々な隊士が彼の脇を固める。
他の隊士と会話を交わしていても、嫌でも視線が浮竹へと向き、どろどろとした嫌な感情を覚える事に嫌気が差した。
恋というのはどうしてこう面倒な感情ばかりを運んでくる。彼の隊に所属できるだけで、その姿を見れるだけで満たされていた頃に戻りたい。
冷水を一息に喉へ流し込むと、隣の海燕があのさ、と口を開いた。
「…日南田、正直お前、隊長のことどう思ってんだ」
「どうって…勿論、尊敬してます」
案外、咄嗟に白々しく答えられたことを我ながら感心した。まさか、海燕相手であったとしても秘める思いを漏らすことは出来る訳がない。いくらあからさまな態度だと思われていようとも、口に出さなければこの思いは自分の中だけで終えられる。
親しい松本と場の流れで日番谷だけは知っているものの、これからもこの先も、二人だけに留めるつもりであった。
「それだけか」
「はい」
「……へえ。まあでもお前のそういう所、結構好き」
は、と千世はぽかんと口を開ける。海燕の言うそういう所、がどういう所かは分からない。ただ、白々しく答えてみたのは間違った選択肢ではなかったようだった。
「志波副隊長、まさか口説い……」
「んなわけねーだろ、馬鹿。俺には愛する妻がいんだよ」
「い、痛っ!!冗談ですよ!」
弾かれた左のこめかみを千世は押さえながら、じわりと涙が滲む。
いつも彼は手加減を知らないのだ。けらけらと大笑いする海燕を顰めっ面で見ながら、いつの間にかどろどろとした感情は何処かへ蒸発していた。