まことに遺憾ながら

31日

まことに遺憾ながら

 

 手のひらの上に載せた薄い紙に包まれた二つの栗まんじゅうを、千世はじっと見つめていた。
 高級感の漂う包装は言わずもがな、瀞霊廷でも屈指の有名店のものであった。秋限定、週二回、一日五十箱の限定販売で、計算すれば一つあたり相当良い値のする最高級の栗まんじゅうである。
 朝から並んでようやく手に入れられる希少価値に見合った、頬の落ちるような美味さだと聞いたことがある。店の存在も栗まんじゅうも知っていたが、一度も実物を口にしたことはなかった。
 これを受け取ったのはついさっき、この廊下でのことだ。廊下の先に浮竹の姿が見えた千世は、慌てて脇に避け頭を下げ通過を待っていたのだが、目の前で彼がはたと足を止めた。
 恐る恐る顔を上げれば、手に持っていた紙の袋から箱を手にして開けると、この薄紙に包まれた栗まんじゅうを取り出したのだ。
 その特徴的な包み紙が有名店のものだと分かった千世は、一旦は辞退した。だが彼は微笑んで、頬が落ちるほど美味いから食べて欲しいのだとやけに押しが強く、結局この手に握らされてしまった。
 そこまでされたのでは断ることも出来ず、千世は深く頭を下げ受け取る。浮竹は微笑んだ後に一瞬辺りを見回し、さらにもう一つを握らされた。
 唇に指を宛て、内緒だとでも言うように少し悪戯な笑みを見せると満足そうに去ってゆく。その背中と、二つの栗まんじゅうとを見比べながら、ちょっとした特別感に頬が熱くなってしまった。

 辺りには誰も居ないし、もしかしたらそれを見計らって自分だけにこっそりくれたのではないだろうか。それほど価値のある栗まんじゅうなのだ。中心に大きく立派な栗が包まれている事は、この包装紙の上からでも分かる。
 こんな高級な菓子をこっそり渡してくれる理由が、何か特別にあるのではないかと無駄に勘ぐる。根拠もない浮かれた妄想が勝手に頭を駆け巡り、気分が良くなる実におめでたい単純さである。

「どうしたんだよ、んなとこ突っ立って」

 背後から掛けられた声に、千世はびくりと小さく跳ねた。
 ゆっくりと振り返ると、海燕が何やらもぐもぐと口に含みながら近づいてくる。何を口にしているのかと、片手に持つ生菓子らしき欠片を見つめながら、あれ、と眉を曲げた。

「栗まんじゅう……ですよね?」
「おう。すげえ美味いなこれ」

 栗が立派なんだよ、とまんじゅうの断面を見せる海燕に、千世はかあっと顔が熱くなるのを感じる。一瞬前の浮かれ方を恥じてのことだ。
 当たり前だ、まさか自分だけになんて、そんな都合が良い訳無いのだ。たまたま通りすがりにいたから受け取ることが出来ただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
 海燕は小脇に抱えていた箱の中身を千世に見せながら、これ高いんだよなあと感心したように唸っている。綺麗に詰められた栗まんじゅうの包装を見ながら、より一層自分の浮かれ具合が惨めに思えた。
 いや、だが誰に言った訳でもないのだ。己の中で勝手に都合の良い解釈をして、その後勝手に落ち込んでいるのだから被害は最小限である。自分のあまりに単純な思考回路を戒めるように、千世は苦々しく口をへの字にした。

「浮竹隊長が、二箱買えたから一箱配ってくれって渡されたんだよ。日南田も饅頭好きだったよな」
「ああ、はい……」
「わざわざ並んで買われたんだろうにな。俺だったら一箱どころか二箱全部一人で食うぜ」

 一つを箱から取り出しかけた海燕だったが、千世の手元に握られた同じ包装紙を見て、貰ってんじゃねえかと眉を上げる。

「先程、隊長とお会いした時にいただきました」
「じゃあこっちは諦めろ。一人一つ先着順が隊長からのご命令だからな」

 それを聞き、咄嗟に千世は手元をさっと後ろへ回した。千世の手元に二つあるところまで、海燕は気付いていなかったようである。
 浮竹のことだから、皆平等にと海燕にそう伝えて一箱渡したのだろう。しかし。おまけだともう一つを手渡しながら見せた彼の悪戯っぽい笑みが蘇り、どきりと胸が勝手に大きく脈打つ。
 また、都合の良い解釈が頭の中で勝手に組み立てられてゆく。つい今しがた戒め、反省していたばかりだというのに、こうも単純な思考回路には呆れ果てるというものだ。
 二つの生菓子を自然と握り締め、心の底から恋が招く己の愚かさに嘆息するのだった。