赦された午後に

31日

赦された午後に

 

 この所、あまり良い話を聞いていなかった。
 流魂街複数地点での異常霊圧反応に伴って、急遽討伐部隊を編成した。しかし任務中の負傷が相次ぎ部隊は規模を広げて再編成。その混乱が四十六室の耳に入り、早急に対処せよと重々承知していることを厳しく指摘されたのだった。
 十三番隊からは副隊長である海燕を派遣させ、他の隊も上位席官や副隊長を向かわせた事によって事態は無事収束したものの、その後の状況報告を四十六室へ上げるよう求められた。総隊長から状況の聞き取りと報告書の作成を終え、緊急隊首会で報告と提出を終えたのがつい先程だ。
 収束までに一週間ほどを要しただろうか。そう長い期間ではなかったが、胃の痛くなるような報告ばかりが立て続く一週間というのはなかなか堪えた。
 とくべつ食欲も湧かず、かといって何も食べないのは身体に悪いだろうと、喉の通りが良い茶漬けが続いていた。海燕を向かわせたとはいえ一向に気は休まらず、夜もあまり満足に眠れていなかった。
 早期に対処を行っていたことが功を奏したか、重傷者は数十名にのぼったものの死亡は無く事態は収束した。総隊長への報告からの帰路、どうにも隊舎へ帰る足取りが重く思えたのはここ一週間籠もりきりだった為だろう。
 ほぼ雨乾堂で暮らしているようなものだったが、この一週間でそれにもうんざりしてしまったのだ。といっても単に、少し仕事から離れたい思いが今は強くなっていたというだけの話で、今回の件がどうということではない。
 浮竹は隊舎手前の道を西へと曲がった。しばらく進みまた何度か角を曲がると、未舗装の細い道に入りひとけがすっかり無くなる。手入れのされない草や低木がまばらに生える間を更に進み向かうのは、隊舎の裏手の少し小高い場所にある空き地だった。
 昔は物見櫓があり、交代で番をしたものだったが、隊舎の拡張の関係で見渡しが悪くなり取り壊されたのだった。今は訪れる理由など特に無い、日当たりの良い空地になっている。
 ごく偶にこの場所を訪れては、一人で日に当たって昼寝をしたり、物思いに耽ったりしていたのだ。穏やかでひっそりとしたこの場所を知る者は、自分以外に居ないのではないかと思うほど今まで一度として誰かと出会った事は無かったのだが。
 草に埋もれるように倒れる人影に、浮竹は思わずぎょっとする。今まで誰かがいた事など一度として無かった。大の字になっている者が一体誰か、顔を確かめるように覗き込みさらにぎょっとした。

「……どうして此処に」

 口を半開きにして眠っている日南田千世の顔を覗き込んだまま、思わず呟く。実に気持ちが良さそうな寝顔をしばらく見つめながら、この場所に初めて自分以外の居る奇妙さに目をぱちぱちと瞬いた。
 先の任務に彼女も加えようと思っていたのだが、あいにく現世任務へ向かっていて叶わなかったのだ。任務が終わり、この場所で日に当たりながら思う存分に昼寝をしたかったのだろう。
 浮竹は起こさないよう足を忍ばせながら、その寝顔の傍らへと腰を下ろす。別に離れた場所で休んでも、若しくは今日は彼女にこの場所を譲って隊舎へ戻っても良かったというのに、その最も近い場所を選んだ。
 実に心地よい天候で、口を開けて眠りたくもなる。そのあまりに平和な寝顔を、浮竹はまだ熱心に覗き込んでいた。
 今まで張り詰めていた緊張の糸が、ようやく緩んだような感覚だった。この力の抜けるような寝顔と、少し耳をすませば聞こえる規則正しい寝息。この安穏極まりない光景が続くことを、永く願っている。
 目を細めながら、気づけばその頭に手を伸ばしていた。柔らかな髪の下に、彼女の頭蓋の丸みを感じる。なだらかな曲線を手のひらで包み、何度か撫でるように往復させた。
 何をしているのかと、己の突拍子もない行動を理解している。しかしこの安穏極まりない光景を眺めていたら、その頭を撫でざるを得なかったのだ。平穏を噛みしめるように、起こさぬように、そっと滑らせれば温かな体温を感じる。
 余程深い眠りなのか、彼女は未だぐうぐうと寝息を立てて目覚めそうにもない。しかし、流石にこれ以上はとようやく自制が勝り、手を離した。手のひらには、彼女の体温が残る。
 自然と漏れた笑みをそのままに、彼女の僅かに乱れた前髪の、跳ねた毛先を見ていた。