追う人あらばこそ

31日

追う人あらばこそ

 

千世、久々に見たらアンタやっぱり綺麗になったわね」
「あ……えっ!?ほんと!?」

 やたらと顔を見つめてくるから何かと思えば、突然の言葉に思わずはしゃいでしまった。はしゃいだ後、自分の単純さが恥ずかしくなり身体を小さくすると、松本はけらけらと笑う。

「急にからかわないでよ……」
「からかってる訳じゃないわよ。ねえ日番谷隊長。千世綺麗になりましたよねえ」
「俺に話を振るな」

 非番の日、十番隊の隊舎付近に用事があった千世は、折角だからと日番谷の隊首室へと挨拶がてら顔を出していた。案の定松本の姿もそこにあり、日番谷に監視されるような状況でうず高く積み上げられた書類の中に彼女は埋まっていた。
 千世の顔を見た途端、松本はこれ幸いと日番谷に休憩を願い出て今に至る。かれこれ一時間は経とうとしているが、一向に休憩が終わる気配はない。
 そろそろお暇しようかと、時間を追うごとに増えていく日番谷の眉間の皺を見ながら思っているのだが。三度菓子盆へと伸びた手は、煎餅の包みを掴んだ。

「浮竹隊長と進展あったの?」
「無いよ、無いに決まってるじゃないですか…」
「まあそうよね、あの方が部下を個人感情で贔屓する様子とか全く想像つかないもんねえ」

 そう松本は天井を見上げながら煎餅をぼりぼりと咀嚼する。
 彼女の仰るとおりであることは千世も重々承知していた。だが、贔屓されようと思ったことはない。ただ彼の最も近い場所で、彼に命を預けたいというだけだった。いっそ恋よりもよっぽど重い感情とも言えるのかも知れない。
 だがその中で確かに恋い焦がれる感情というものは確かに存在している。自分が向ける眼差しに、もしも似た熱量で返されたならばどれほど嬉しいことだろうかと、夢を見ないわけではない。

「日番谷隊長はよくキャーキャー言われてますけど、それって嬉しいんですか?」
「嬉しかねえよ。面倒くせえだけだ」
「またそういう所が、クールで格好いいってなっちゃうんだから羨ましいわ」
「聞かれたから答えただけだろ……」

 うんざりしたようにため息をつく日番谷に、やはりそういうものだろうと彼の言葉に千世は納得をしていた。長い期間隊長職を努めている浮竹など、いっそ慣れているに違いない。力を持つものは、この組織において魅力的に映るものだ。同性でおいてもそうだというのに、異性ともなればより一層である。
 自分がどれだけ無謀な、面倒な感情を抱えているかをその都度思い知らされるのだ。だがそれでも、彼の傍に居たい思いは募ってしまう。望みのない片思いというものは実に残酷だ。突き放されない限りは、許されていると勘違いをして思いを傾け続けてしまうのだ。

「でも良かったわ、アンタが垢抜けて。一生少女のままかと思ってた」
「……それは喜んで良いの」
「良いの!単純だけど、恋は女を徐々に変えていくのよ。良い方向にも、その逆もあるけど…良い人を好きになったって事ね、きっと」

 満更でもないような気分に、千世は唇をぎゅうと閉じて目線を下げる。決して嘘をつかない松本からの指摘は、他の誰に言われるよりも胸の奥へ直に届くような嬉しさがある。
 ありがとう、と口を開きかけた時、湯呑を置く音とともに日番谷が珍しく自ら口を開いた。

「浮竹が女の細かい変化に気づくような性格には思えねえけどな」
「い……いいんですよ!別に…気付いてもらおうとか、思って、…ないですから……」
「隊長って仕事はできるのに、どーしてそういう事が言えるのか、あたし全然わかんないです」
「……え…?い、いや…なんつうか…悪い」

 謝られる方が惨めだ。
 薄々気付いていたことだ、別に日番谷に指摘されずとも分かっていた。だから思わず図星を指されたように声が掠れて上ずった。だがそれであっても良いのだ、勝手に憧れているが、その憧れを目標として努力を続けられている。
 少しの変化に気付いて貰おうなど思ってもない。何も見返りなど求めない、必要はないのだと、そう言い聞かせている自分の痛々しさに、苦く口をへの字の曲げた。