痛くないなんて嘘

31日

痛くないなんて嘘

 

 若さとは輝かしいものだ。身体も軽く、疲れなど少し眠れば忘れられる。腹は無限に空いて、食べた分だけ体力はつくし、揚げ物で胃もたれなどしない。毎日が新鮮で楽しい。
 勿論自分もその時代を経て、今に至っている。若い彼らを眺めていると、自分も経験したその若く輝かしい日々をつい思い出して、懐かしく目を細めたくなるのだ。そう目を細めながら、歳を取ったものだと苦笑いをしたくなる。
 その日は実に天気の良い、抜けるような青い空の冬の日だった。真上で輝く太陽を見上げていると、生きる気力に満ち溢れるというものだ。仕事もそこそこに、池の鯉に餌をやった後は隊士達の様子を見る為、隊舎をうろうろと歩き回っていた。
 皆勤勉だった。道場で剣技や白打の研鑽を積む者、屋外修練場では鬼道や縛道の修練に励む者、任務後疲れ果て仮眠を取る者、皆それぞれ思い思いに護廷のため尽くしていた。若さとは素晴らしいと、彼らの笑顔や滲む汗を見る度に思う。

「隊長、次はどこへ向かいましょう」
「いや、もう大体見て回れたから雨乾堂へ戻るよ。付き合ってくれてありがとう、仙太郎」
「とんでもねえ事です!隊長のためなら地の果てでもお供しますんで」

 そうかい、と浮竹は笑う。そうして慕ってくれる隊士が居るというのは、実に有り難いことだ。隊長冥利に尽きる言葉である。
 此処までで良いと伝えているというのに、雨乾堂まで送るという仙太郎と共に廊下を進んでいると、清音とばったり出くわした。浮竹の姿を見た瞬間は破顔したというのに、後ろの仙太郎を見つけた途端に鬼の形相へと変わる。
 予想通りやんややんやと言い争いを始めた二人に眉を曲げていれば、ふと中庭の向こうの廊下に見つけた姿へ視線を向ける。本を抱えた千世だった。立ち止まって男性隊士と談笑しているようである。
 何を話しているのかは聞こえない。仙太郎と清音の言い争いは未だに続いているし、耳を澄ませたところで聞き取れない距離だ。ただ彼女がくすくすと笑ったり、目を見開いて驚いたり、会話の中ころころと変える表情がよく見える。
 いや、何を話していようが良いのだ。隊士同士の雑談である。だが、やけに気になりつい様子を眺めてしまう。直ぐ側で行われている口喧嘩の内容が驚くほど耳に入らず、二人の談笑のみを見つめてしまっていた。
 自分が彼くらいまだ若かったら、彼女とああして対等に会話を楽しむことが出来たのだろうか。彼女と同年代で隊長でもなかったなら、思い悩むことも、遠くから眺める事も無かっただろうか。ふと思い浮かんだ妄想に、何を考えているのかと慌ててかき消した。

「隊長、浮竹隊長!」
「……ん?」
「あたしも雨乾堂までお送りします!よろしいですよね?」
「ああ、勿論。ありがとう」
「ほら見なさいよヒゲ猿!隊長はアンタみたいなクソ心狭男とは違うの」
「うるせえハナクソ女!浮竹隊長のお心が大海原よりも広く深い事は誰よりも俺が知ってんだ!」

 激化した口喧嘩に苦笑いをしながら、再び向こうの廊下を見ると、彼女の姿は忽然と消えていた。男性隊士の姿もない。もしや二人で何処かへ向かったとのだろうか。昼時だから、まさかそのまま昼飯にでもと、考えたところを瞬きで誤魔化す。
 これならば二人の口喧嘩に初めから加わっていれば良かっただろうか。行きましょうかと大手を振って歩き出した仙太郎を、清音がどつく。
 この状況においてせめてもの救いは、この二人の変わらぬ元気有り余る様子であった。