だって生きていかなきゃ

31日

だって生きていかなきゃ

 

 此処はどの季節であってもひやりと涼しかった。
 薄暗い堂内はしんと静まり返っていて、しかし不思議と寂しい気はしない。並べられた木製の低い腰掛けへ腰を下ろした千世は、一面に並べられた木の札を見上げる。その一つ一つには今もう会うことの叶わない名前が彫られている。
 時折ここへ訪れては、幾許かの時を過ごしていた。上部に行くほど年代は古くなり木札の色も濃く、下にさがる程まだ若々しい木の色をしている。千世が知る名前は、天井近くまで続くうちの下段の二列ほどであった。
 その最下段の端の名に、今日は顔を見せに来たのだった。
 死神は常に護廷を思い、平穏を乱すものがあれば命を賭して守り抜かなければならない。此処に名のあるものは皆、そうして護廷のためにその尊い命を散らした。
 平和の礎となった事を誇り高いと思うか、若しくはひどい恐ろしい場所だと慄くかは歩んだ道によって異なるだろう。
 少なくとも千世は、護廷のために命を賭す事は誇らしく、隊長である浮竹の元この世界の平和と秩序のために必要とあらばいつでも死ぬ覚悟であった。その為真央霊術院で学び、そしてこの十三番隊へ入隊した。
 千世は手元に目線を落とし、ゆっくりと瞼を閉じる。今彼らと言葉を交わす事は叶わずとも、この場所に居れば不思議と寂しさが紛れた。しんとした堂内で、いつか声が聞こえそうな気さえする。
 ぎい、と戸の軋む音に千世は目を開け振り返った。外の光が筋となって差し込み、眩しく目を細める。見覚えのある人影に、思わず目を見開き立ち上がった。

千世も来てたのか」
「はい。十三回忌でしたので」

 浮竹はそう頷くと、千世の横へと腰を下ろした。同じ理由で彼も此処へ訪れたようだった。並ぶ名前を、彼は穏やかな顔で見上げる。おずおずと、千世は再び腰を下ろした。

千世は、彼と仲が良かったね」
「はい。入隊当時からよく目をかけていただいていました」
「あいつとは期も近くてね。よく聞かされていたよ。見た目に似合わず負けず嫌いな、新入りが入ってきたと」

 浮竹はそう思い出したように微笑む。隊指折りの古参隊士だった彼からは、千世も浮竹の話をよく聞かされていた。同じ隊にありながら、遥か彼方の遠い存在だった浮竹の事を聞けるのが楽しみだった事をよく覚えている。
 彼はそれを知ってか知らずか、あの任務を終えたらあの話、この鍛錬を終えたらこの話と、分かりやすく一喜一憂する千世を釣ってはけらけらと笑っていた。
 片思いの盲目は現在進行系ではあるものの、思い出すと顔から火が出そうなほど恥ずかしい思い出ばかりである。静かに耳を赤くしていると、彼は見上げたまま口を開く。

「今の君を知れば、彼も誇らしいだろうな」
「……いえ、まだまだです。いつあちらでお会いしても恥ずかしくないよう力をつけて、早くお役に立たないと」

 そうかい、と千世の言葉に浮竹は眉を上げて、やがて頷いた。いくら護廷の為の命としても、進んで無駄死にをしたい訳ではない。平和の礎となる為には、今の実力では明らかに事足りない。
 更に力を付け、護廷の、そして何より浮竹の役に立ちたいと毎年この場所で誓うのだ。静かに黙祷を捧げるその横顔に、焦燥だけが募るのだった。