うやむやにする天才

31日

うやむやにする天才

 

「つまり、人気女性席官の水着グラビアを巻頭に持ってくるという企画です」

 突然隊舎に訪ねてきた檜佐木を隊首室へ通すと、瀞霊廷通信の巨大企画の説明に来たといつになく輝いた目であった。一体何かと聞けば、彼は意気揚々と語りだす。

「すまない、その…グラビアという単語の意味を教えてくれないか」

 ああ、と檜佐木は浮竹の怪訝そうな顔に納得して頷く。

「雑誌の表紙とか、巻頭に掲載されるカラーの写真ページの事です」
「成程……その巻頭写真を、水着で…席官が……?」
「はい。男性死神から度々要望が届いていまして…十番隊の松本副隊長へ相談した所、大賛成ということで総選挙をしてはどうかと」

 総選挙、と浮竹が繰り返せば、人気投票のことですよと檜佐木はすぐ返した。
 つまり彼が言う事をまとめれば、女性席官の人気投票を行い、上位には水着姿で巻頭を飾ってもらうという話のようだ。はあ、と浮竹は眉間に皺を寄せたまま一つ頷く。

「それでその巻頭写真がどうしたんだ」
「各隊長に掲載許可の署名を戴いて回っているんです」

 そう言うと彼は手元の封筒から一枚紙を取り出す。渡された書面に目を通すと、席官の雑誌掲載に関する確認書と題され、ずらずらと内容が書かれている。
 さっと目を通せば、総選挙と呼ばれる人気投票に隊の席官が候補となる事を了承する旨や、総選挙での結果が上位の場合の撮影を事前に了承する旨、更に本企画に関しては隊長命令として席官には通達し掲載拒否は認めない事等が書かれている。
 読めば読むほどに随分と一方的な内容であることに、浮竹はぎょっと目を丸くした。

「これは…誰が作成を?」
「乱菊さんが作成したものを、俺が多少文章等の手直しを…」
「他の隊長は目を通してるのかい」
「ああ…ええと…京楽隊長にはご署名いただけて…」
「だろうな」
「六番隊と七番隊は、隊長とお会いできなかったので、副隊長に代理で署名を…」

 これは非常にまずい。そう胸騒ぎがするのは、咄嗟に浮かんだ姿のせいである。女性席官となれば、全隊を対象としてもそこそこ数が絞られてくる。その中で人気投票ともなれば、より一層絞られてくる。
 まずい、と書面に目を落としながら浮竹はどうにか回避できないものかと思考を巡らせる。まだ総選挙とやらをした訳ではないが、彼女が食い込む可能性は充分に考えられる。彼女というのは、つまり。自然と浮かぶ姿を、掻き消そうとする余裕も今は無かった。
 いや、しかし。これでは完全に私情では無いか。多くの男性死神が求めている企画を、浮竹の一存で反故にするのは多少心苦しい。しかし、この同意書を見るに随分本人の意思を無視した身勝手な内容ではないか。
 水着姿ともなれば肌の大部分を露出する。抵抗感のある女性は多いだろうし、さらに雑誌の巻頭を飾るなど一大事だろう。それを隊長命令として拒否権を奪うなど、以ての外である。これは決して私情ではない。隊長として、男性として、年寄としてあるべき大切な部下を思う気持ちである。
 浮竹はひとつ咳払いをした。

「そういえば、以前も女性席官の特集が無かったかな」
「ああ、あれは…人気女性席官のオフショット企画ですね」
「そう、それだよ。…だがそうなると、女性席官ばかり不公平じゃないかい」
「…不公平…ですか……?」
「男性死神協会の地位向上の為にも、今回の企画は男性席官で総選挙を行うべきだと俺は思うよ」
「…それはつまり……?」
「つまり、巻頭写真は総選挙上位の男性の水着姿で飾る。普段とは違う表情を見せる男性死神の靭やかな肉体美を全面に押し出し、肉体の逞しさや頼もしさを女性に改めて訴えかける。それは、巡り巡って男性死神協会の地位の底上げに繋がるとは思わないかい。もしかしたら、選挙上位となった檜佐木君の鍛え抜かれた身体を、惜しみなく披露する事にもなるかも知れないね」

 は、と檜佐木は息を止めて固まる。さすがに無理があっただろうかと、彼の顔をじっと見つめていたが数秒して何かに彼も到達したのか、深く頷いた。

「仰る通りです、浮竹隊長。男性死神協会はここ最近会議所を男子便所まで追いやられ、地位も何もあったものでは無かったですから。きっと射場副隊長も喜ばれると思います。企画は男性席官総選挙に変更しましょう!」
「ああ、その意気だよ檜佐木君。男性死神協会の未来の為、頑張ろう!」
「はい!浮竹隊長!」

 数カ月後、浮竹の思いにいたく感動した檜佐木によって「男性隊長・副隊長肉体美特集」へ内容が変更された瀞霊廷通信夏の特大号にて、浮竹が惜しみなく水着姿を披露する事となったのはまた別の話である。