行き過ぎた平等

2022年11月22日
31日

行き過ぎた平等

 

 この所、あまり息を抜くような時間を取れていなかった。決して忙しい訳では無かったのだが、休憩を取ろうかという時に何かしら隊士が駆け込んできたり、地獄蝶での呼び出しにあったりと、あまりゆっくりと茶を飲めなかったのだ。
 護廷隊といえども、何もなければ穏やかに淡々と日々が過ぎてゆく。特にこの時期は毎年、一息つけるような穏やかさが続くはずなのだが、どういう事か今年は慌ただしかった。
 今も上期の隊経費について経理部に急遽呼び出され、尋問から命からがら戻ってきたばかりだ。ようやく一息つける安心にため息を吐きながら、急須へ茶葉を落とす。
 最近はこうして茶を淹れようとする度に、誰かしらが飛び込んできたものだ。誰が倒れた怪我をした、廊下の床板が抜けたとか、訓練中の鬼道が逸れて隊舎の一部が損壊したという報告も昨日受けたのだったか。
 普段ならば細々とした対応は三席の仙太郎と清音に大方任せていたが、二人もどこかへ出突っ張りで頼れず、隊長自ら走り回ることとなった。
 火鉢の上の鉄瓶から急須へ湯を注ぐと、湯呑を片手に縁側へと出た。若い頃ならばまだしも、この歳になって毎日方方へ走り回るのは身体に堪える。
 湯呑へ注いだ茶を口にして、ふうと再び長いため息を吐き出した。
 人との関わりは嫌いではないどころか好きな方だ。話を聞くことも、答えを求められることも、望まれれば喜んで応えた。だがこう慌ただしい日が立て続いては、一人だけの時間というのも貴重に思える。
 小枝で鳥がさえずる穏やかさに表情を緩めながら、湯呑から立つ熱い湯気を口元に浴びる。緑茶の爽やかな渋みを帯びた香りが身体へと染み込むようだった。
 だが間もなく、その平穏は襖を叩く乾いた音で破られる。思わず目を閉じ眉に皺を寄せた。流石に居留守を使うことは出来ない。それでは職務放棄である。
 入りなさい、と襖の向こうの人物へと返す。縁側での一服も切り上げようかと湯呑を手にしながら立ち上がりかけたが、からからと開いて現れた姿が目に入った途端、浮竹は再び腰を下ろした。

「申し訳ありません……お休みの所でしたでしょうか」
「気にしないで良い。それよりどうした、珍しいじゃないか」

 千世は申し訳無さそうに身体を小さくして入口付近で立ち止まっているから、思わず手招きをして呼ぶ。
 彼女が此処へ来ることなど滅多に無い。手招きで少しは近くに寄ったものの、まだおどおどとしている彼女に軽く横を叩き隣へ誘えば一瞬あからさまに固まった後、忍び寄るように隣へと腰を下ろした。
 石のようにじっとしている彼女に、どうした、と用を促す。

「ああ、すみません……昨日損壊した西隊舎の修復が終わりましたので、その報告だけなのですが…」
「そうだったか、随分早かったな…良かったよ。わざわざありがとう」
「いえ、そんな大した事ではありません。では私は」

 そう頭を下げた千世が立ち上がりかけたのを、待ちなさい、と思わず引き止める。引き止めた後、目を丸くして固まる彼女に、茶を淹れるからと言い訳のように付け加えた。
 もう戻るからと断る彼女をなだめながら、浮竹は湯呑を取り出し縁側へ戻る。まだ渋る彼女の手に湯呑を握らせると、そのまま急須の茶を注いだ。

「お休みの所でしたのに、申し訳ないです」
「いや、丁度話し相手が欲しかったんだ」

 嘘だ。一人の貴重な時間を直前まで楽しんでいた。一瞬は平穏が破られることに顔を顰めたものの、千世だと分かれば自然と肩の力が抜けたのは気の所為ではない。
 しかしきっと、急に人が恋しくなりでもしたのだろう。己の感情だと言うのに、そうどこか他人事のように結論づけて誤魔化す。彼女だからとか、誰がとか、そういう差が大切な部下に対して起こり得ることなど無いのだから。
 美味しい、と湯呑を前に口元を緩ませる彼女の横顔を見ながら、浮竹は自然と目を細めた。