気まずい話

風呂から上がり、寝室へ戻ると既に布団が二組敷かれていた。すみません、と文机へ向かう浮竹の背中には言う。湯船に浸かりながら、髪を乾かしてから敷こうか髪を乾かす前に敷こうかとぼんやり考えていたところだった。 前者と決めたものの、面倒だなと頭の片隅で思っていた事が彼に伝わっていたのか、ならば申し訳のないことだ。布団の脇に立ち彼の背を見たが、彼は無言だった。 余程手元の書類に集中しているのか、の言葉が聞こえていないようだった。硯に穂先を軽く浸し、さらさらと筆を走らせる。 いつもならば特に気にも留めないことだが、今日はやけに引っかかった。抜き足で彼の背後へと近づき、手元を覗き込む。 「原稿ですか」 途端に、びくりと跳ねた彼の後ろ姿にもついつられて同じように飛び跳ねる。まさか飛び跳ねるほど驚かれるとは思わなかった。 「驚いた……戻っていたのか」 「戻っていましたよ。さっき声だって掛けてたのに」 「いや、悪い…集中していたよ。思い浮かんだことがあって、今のうちに書き留めておこうと思ったんだ」 彼が言うのは、瀞霊廷通信で不定期ながらも連載している物語の事だった。成程、と少し覗き込むと彼は少し隠すように腕を机上へ載せる。 良いじゃないですかと口を尖らせ、膝をつきまた覗くようにしてみるのだが、彼はとうとう原稿を裏返した。良いから、とどこかばつが悪そうにする。 どういう訳か、原稿の執筆中はいつもそうだった。 瀞霊廷に来てから、は彼の連載は欠かさず目を通している。子供向けとはいえ、起承転結明快な物語構成は老若男女に好まれ、も勿論その一人だった。 何度か直接感想を伝えたことはあった。しかし伝えるとどこか照れくさそうに目線を外して、すぐ話題を逸らそうとする。少なくともまだ席官へ上る前に初めて伝えた時は、ありがとうと微笑んでくれていた事を覚えている。 だが恋人となり傍にいることが増えてから、感想を伝えるときまりが悪そうにする。それが二、三度続いたから、感想を伝えることは控えるようにしていた。 さらに、原稿の執筆もどうしてかから隠れるように行っているようだった。 今だってそうだ。裏返した原稿を掌で押さえつけるようにし、を振り返りながら、ほら寝なさい。そうまるで子供を諭すように言う。しかし筆を手放さないところを見ると、思い浮かんだ物語をどうしても今書き留めておきたいようだった。 それにはの視線が邪魔なようで、早く布団の上へと追いやりたいらしい。 「まだ眠くないのですが」 「横になっていれば眠くなるさ」 そこまで強い希望ならば仕方ないと、は敷かれた布団の上へとすごすご戻り身体を乗せる。様子を見て安心したのか、彼は背を向け原稿を表返して、筆を走らせるのだった。 しかし、つまらない。いま彼の気持ちは、机上の原稿に全て向いている。負けたと思った。どうしてかいつも隠れるように書き上げて、感想を伝えることすら拒まれているような原稿に、だ。 読者から届く感想には嬉しそうに目を通して、時々直接伝えられる様子を見かけたところでも、ありがとうと頬を緩ませているというのに。 それは、傍に居る時間が長くなった事が理由であるのは明らかだった。だが理由が分かっても、どういう思いかまでは分からない。 「隊長は寝ないんですか」 「もうすぐ寝るよ」 「もうすぐっていつですか」 布団の上で膝を抱えながら、はその背中に声をかけた。もうすぐ、ともう一度彼は答える。上の空で、漫然とした口調である。 はとうとう膝を付き手を付き、四つん這いになり擦るように彼の元へと再び向かった。真っ直ぐ伸びた背を目の前にしては一瞬躊躇うように身じろいだが、しかし手を伸ばした。 つう、と人差し指で背筋をなぞるように伝わせる。びく、と肩が跳ねた様子に声を殺してくすくす笑うと、咎めるように彼が名前を読んだ。呆れたような彼は、半身をぐ、と背後のへ向ける。 いたずらを怒られた子供のように、少し背を丸め、上目で彼を見た。 「原稿は見ないですから」 「擽られたら集中できないよ」 「擽ってないです、触ってるだけです」 その返答に納得したわけでは無いだろう。しかし原稿を見られない事が今の彼にとって一番大切だったのか、ひとつ溜息をついてまた机上へと正面を戻した。 再びはまた膝を擦り、彼の背へさらに近づく。畳に腰を下ろすとずるずると尻を引きずりまた距離を詰める。立てた膝の間に彼を置くような位置まで移動すると、その胴を膝で挟み背後から腕を巻きつけた。 隙間なくぴたりと張り付く。硬いが温かくて、心地よかった。背に頬を預ける。寝間着越しに彼の体温を全身で抱きしめるように、ぎゅうと腕へ力を込めた。 その身体は、痩せて細く見えても実際触れてみれば、ただしく男性の身体であった。自分の身体につく柔らかい肉とは違って、皮膚の下はごつごつと薄いが硬い筋肉で覆われている。 彼の香りを一杯に吸い込みながら、腹から胸板を撫でるよう掌を滑らせる。綿の寝間着が少し煩わしいが、流石に合わせから手を忍び込ませるまでの勇気は無かった。 「……」 「お嫌ですか」 「集中できないよ」 浮竹が困ったように言うから、すみませんと口だけそう返した。僅かに内心色めき立ったのは、彼が嫌だとは答えなかったことだ。 後ろから引っ付き虫のようにしがみつかれることも、掌でその肌を布越しに撫でられることもきっと嫌ではないのだろう。嫌ならば嫌と、彼ならば言う。 また筆を走らせはじめたらしい様子に、はしつこく再開させる。凹凸を指の腹で感じながら、薄っすら浮かぶ肋骨をなぞる。痩せて見える身体でも、こうしてしがみついたところでびくともしない。 その身体に雄を感じるほど、徐々に腹の底には欲の澱が溜まってゆく。はじめはこんなはずでは無かったのだ。ただ少しつまらなくて、構って欲しかった。 まだ冷静さの残る片隅では思うが、しかし自然と脈は上がり、吐く息には熱が籠もる。 「」 合わせの間から掌を忍び込ませた時、とうとう彼はを低く呼び手を掴んだ。流石に調子に乗った。ごめんなさい、とその手を引っ込めようとしたが、しかし強く握られたまま動かない。 からからと筆の転がる音が聞こえたかと思えば、ぐいと手を引かれた。それがあまりに強い力であったから、反射的に逃げるよう腰を引いたがしかしまるで意味はなく、気付けば天井を背景に、浮竹を仰ぎ見ていた。 腰の上に跨った彼はへ覆い被さり、眉をハの字に曲げ憐れむような目線を落とす。 「二度も注意したのに」 「…す、すみません…お好きなのかなと思って」 「いつまで続けるのかと思っていただけだよ」 「…それはつまり…お嫌いでしたか」 彼は答えず、暫く無言であった。やはり嫌ではないのだ。は反省せず恐る恐る、彼の胸元へ手を伸ばし触れる。撫で下ろして、腰で結ばれた帯の端を掴むとそのままつつと引いた。 解けた帯を落としたと同時に、合わせが開け帳のように落ちた。抜けるような白い肌に、胸板や腹に浮かぶ筋は薄い影を落とした。堪らずその影を、指でなぞる。直に触れる皮膚の感触にうっとりとしながら、胸元から腹の方へとおろしていった。 視線がそのまま腹の下へふとと向いたのは、何かが下腹へと触れたからだった。下着が不自然に膨らむ様子に、思わずあ、と掠れた息を漏らす。いつから、彼の欲はその鎌首をもたげていたのだろう。 幾分か彼は大きく呼吸を繰り返し、そして瞬きをひとつもしなかった。獲物を捕えた動物のようだと思った。 「やっぱり、お好きだったんですね」 勝ち誇り、恍惚しては言う。はじめその気の欠片も無かったはずの瞳が今は淀み、欲情を帯び暗く濡れていた。勝ったのだと思った。 勝負をしていたわけではない。だが、この打ち震えるような感情の揺さぶりは、相手を負かしたときの痺れるような快感にひどく似ていた。組み敷かれているのは自分だというのに、その顔を見上げながら勝利の愉悦に浸っていた。 自然と口元は緩み、熱を感じる吐息が漏れる。小憎らしいと思われても仕方がないと思ったが、しかし彼は微かに口角を上げた。穏やかな笑みを前に、は自然と息を潜める。 好きだったんじゃない。彼は訂正する。はその後の言葉を息を潜めて待った。 「もともと好きとか嫌いとか、考えたこともなかった。…だけど、この頃は違うな」 「違う…？」 「いつのまにか、好きにさせられていたみたいだ」 きみに、と一拍おいて低く呟かれた言葉は、顔の上へどろりと零される。零れて頬を伝い落ちて、耳の穴へと流れ込み脳を揺らした。纏わり付く湿った眼差しに心臓は早鐘を打ち、唾をごくりと呑み込んだ。 つまり、きみのせいだと言いたいのだろう。そうか、自分のせいか。ならば責任を取らなくてはならない。など、恐らく正常ではない思考回路を繋いでゆく。 責め立てるような語気はないが、なすり付けるような声音であった。思えばそれは、机上に散らばる原稿への言い訳を含んでいたのかもしれない。 指先がつぷりと埋まる。水面へ波紋が広がるように、一瞬にして頭の先から足の爪の先までびりびりと痺れるような感覚であった。 慣らす必要など無いほどに蜜の滲んだそこへ、指の根まで侵入させた。彼も分かっていたはずだ。蜜を塗りつけ肉を解さずとも、彼の膨張した欲を飲み込むのはきっと造作もない。 畳の上へ転がされてからというものの、はされるがままだった。帯を解かれ下着を剥かれ、膝を持ち上げ股を広く割られた。彼はまるで人形遊びをしているかのように、容易くの身体を彼の都合の良いように動かした。 指の腹で陰核をちゅぷりと押しつぶし、長い指先は肉壁を割って柔らかく何度も引っ掻いた。甘く痺れる快感から逃れようと腰を引いても、彼がそれを許そうとはしない。 「…っ、あ…あっ…だ、だめ…っ」 「嫌だったかな」 「い、や…いやじゃないです」 好き、とうわ言のように返すと彼は満足げにその頬を緩める。焚きつける為に言っていると分かっていた。だが安易に乗ってしまうほど、の中はぐずぐずに溶かされてしまっている。 卑猥な音を立て出入りを繰り返す指先に、は身体を大きく仰け反らす。自分の身体で無いみたいだといつも思う。彼の指を飲み込む肉襞が勝手にひくつき、大きく波打つ。 埋まっているのは指二本で、それ以上の太さも長さも熱も持ったものを知っているというのに、しかし恥ずかしいほど声を上げ、漏れる蜜を止めることが出来ない。 爪先を伸ばし、腿を高く上げ身体を強張らせながら震える。白む視界をつなぎとめるように、ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。 脳が痺れ、身体の奥はさらに甘く疼いた。まだ足りないとでも言うように、彼の指先が抜き出されてからも物欲しげにひくついた。はしたない身体だ。 暫く余韻に浸るよう息を繰り返していた。走ったわけでもないというのに、呼吸は浅く繰り返さないと苦しくて、胸を短い間隔で上下させる。 浮竹はまだ呼吸の整わないをすくい上げるように、畳とその背の間へ腕を入れぐわりと持ち上げる。浮遊感に思わず目を見開く。抱えられたまま、彼は敷かれた布団の上へと腰を下ろした。 向かい合うように身体は彼の膝の上へと降ろされる。股ぐらには彼の下着越しに熱を感じて、自然と腹の奥が疼いた。 「そう物欲しげな顔をされると困る」 「そんな顔、してるつもりは…無いのですが」 「…なかなかそれは、白々しいと思わないか」 笑った彼は、の股の中心に触れ、ぬるりと蜜を纏い滑らせる。確かに白々しかったかもしれないと、腰をむずむず動かしながら目線を揺らした。 浮竹は、を膝に残したままゆっくり仰向けに背を倒した。体勢を崩しかけたは、彼の腹に手を付く。そのまま下着に手を掛け外しに掛かった。今日は、そういう気分なのだろうと察したは震えるような期待を胸に、煩わしかった布を取り去る。 の腿に添えられた彼の手は、するすると肌を撫で、それはまるで早くしてくれと口にしない欲望の表れのように感じた。ぴりぴりと皮膚を痺れさせながら、姿を顕にしたその雄を軽く指先でぬくりと往復させる。 先端から染み出した汁を纏わせ往復させれば、また硬さを一段と増した。ぎこちない呼吸を繰り返しながら、膝でずるずるとその真上へと移動する。彼のその突端が蜜口にふれるよう位置を調整しながら、ひたと触れると息を潜めた。 軽く口づけするように、何度か掠らせる。二度も触れればもう我慢出来ず、焦るように蜜口へ突き立て腰を落とした。自ら、満たしてゆく。その雄は熱く固く、の肉を割って入る。 腰に添えられた手はその快感の行き場を失っているのか、尻を撫で、腿を撫で往復した。耐え難い快感であるのは彼も同じらしい。うっとりと瞬きを繰り返し、騎乗するの顔を見上げる。 腰を上下に揺らすと、それはより一層深みを増した。跨り淫らに揺らしながら、頭では何をしているのだろうかと隅の隅で思っている。しかし、止められぬほど本能だけで心地良かった。 上下する度、乳房は無造作にふるふると跳ね、時折舐めるように這う視線だけで脳が痺れた。その掌が身体を撫ぜ、我慢ならないように乳房を包み揉みしだき、乳首を転がし摘んだ。その度泣きそうなほどの快感に襲われた。 ひたすら、それは壊れた絡繰りのようにただ腰を揺らしていた。彼が何も咎めない事を良いことに、ぐじゅぐじゅと、濡れた肉体同士が触れ合う音を規則的に繰り返す。馬鹿になってしまいそうだと思うほど、飽きるほど何度も深く咥え込み、飽きもせずびくびくと震えた。 その度に彼は少し顔を強張らせて、深い呼吸を長く繰り返す。身体の中で、その熱が大きくなるのが分かる。感じてくれているのだと思うだけで、また身体の奥はぎゅうと彼を呑み込んだまま閉じた。 「っ…ぁ、もう…わたし」 「悪かったね、疲れたろう」 「い、え…っ、ぁ…まって、隊長……」 腰を上げ、の体勢を崩すとその背へ手を回し抱え込む。彼の上へうつ伏せに倒れたは、そのままその薄い胸板へ頬を預けた。途端に、身体を貫くような感覚に腰をびくりと震わせる。 下から何度も、の奥深くをしつこくこじ開けるような熱量で突き上げる。何か悪いことをしただろうかと、そう案じるほどに激しく繰り返された。 背をぎゅうと抱きしめられていたが、ふっと緩む。腰の動きは僅か緩慢になり、は僅か身体を起こし彼の顔を見た。だらしなく開いた彼の唇ににじり寄り、上から逃げ場のない口づけを落とす。 舌をねじ込み歯列をなぞり、融けるような口づけを繰り返す。彼は腰を再び持ち上げぐりぐりと奥を求め、緩やかで深い抽送にはまた身体の奥から熱い蜜がまた込み上げるようだった。 「ん…、は……、もう…」 「っはい、わたしは……いつでも」 「……殊勝だな」 浮竹はそう笑って、の頬に張り付いた髪をそっと退ける。軽く再び口づけをすると、再びぐりりと奥を突いた。細かく繰り返される抽送の中で、どくどくと脈打つ熱が分かる。 精を蓄え、今まさに吐き出さんとする雄の竿が体内で震える瞬間、は堪えきれない悦楽と幸福の波に目頭がじわりと熱くなった。 どういう訳か、じわりと熱い涙が滲むのを感じながら目をぎゅうと閉じ、彼の身体にしがみついた。深く突き立てられた彼から吐き出された熱が、体内へと染み込んでゆく。まるでごくごくと飲み干すように身体の奥は波打った。 「どうして、原稿隠すんですか」 「……今聞くことか」 「気になってたんです、ずっと」 まだ繋がりあったまま、余韻を楽しむように睦み合うように口づけを交わし、唇を舐めた後には尋ねた。 彼は気まずそうに眉を曲げて、ううんと唸る。 「…いや、隠しているつもりは無いんだが…」 「でも、いつも私が知らないところで仕上げて…今日もササって隠しましたよ」 「…そういうつもりでも無いんだが」 「連載の感想だって、……嫌がりますし」 そうはぼそぼそ言うと、彼はやはりきまりが悪そうにする。腰を持ち上げると、ずるりと彼が抜き出される感覚に、あ、と声を漏らした。 「気恥ずかしいんだよ」 今更、と今度はは眉を曲げる。今更恥ずかしいなどあるものか。身体の隅から隅まで、互いに見せあって、触れ合っても居るというのに。 「あの話は単純明快、誰でも純粋に、素直に楽しめる話だろう」 「はい、子供はみんな好きです」 だからだよ、と浮竹は言う。 「は知ってるだろう。俺がいくらでも強欲で身勝手になることを」 「…身勝手…ですか」 浮竹は身体を起こし、の肩に触れた。思わず肩を窄めると顔がぐいと寄り、思わず力が抜けてこてんと、畳の上へ尻餅をついて倒れる。一瞬は収まりつつあった心臓が、またどくどくと脈拍を上げ始める。 「汚い部分を色々知られていて、あれを読まれるのは少し気まずいんだよ」 「……汚くなんてないです。それに、べつに私は、隊長と、物語を同一視したことは……」 「がどう思おうが、俺が気まずいんだ」 困ったように彼は眉を曲げ、腿へひたと触れる。ぞくぞくと、弱い電流が走ったような感覚に身震いをする。ああ、まずい。畳へと徐々に追い詰められ、はその身体を萎めてゆく。 老若男女に楽しまれるあの物語には、正義を貫く真っ直ぐな主人公が置かれている。彼らしい、単純明快な物語である。おそらくそれは、彼にとっての陽の部分だということなのだろう。 は別にそれを気にしたことなど無い。例え様々な表情を知り、欲望を向けられたところで、今更気まずいことなど何一つとしてないというのに。だが、そこが彼にとって引っかかる部分なのだろう。 そう理解しながら、腿を辿る彼の指先のもどかしい感覚に小さく吐息を漏らす。 やがてつつと中心へとたどり着き、ずぶりと入った。そのまま遠慮なく指の根元まで入り込むと、掻き出すように指先を曲げ、往復する。腰をびくびくとまた揺らしながら、彼が掻き出した濁った汁を畳の上へ垂らした。 白濁をぐぷりと垂らした蜜口は雄の味を思い出してしまったのか、ひくひくと震える。だめだと、そう思っても彼を見上げる瞳はぐっしょりと濡れてしまっていた。 「私も、隊長に汚いところを色々知られてますが…報告書を読まれるのは気まずくありませんよ」 「……、その比較は頓珍漢と言うんだよ」 「ええと…じゃあ……」 そう目線を上げた時、影が覆った。あ、と彼の身体が落ちてくることに気付くと、次の瞬間には待ち侘びていた圧迫感が身体を貫く。畳の上へぐったり身体を預けると、浮竹は目の前でふっとその頬を緩ませた。 「その話の続きは、これが終わった後にしようか」 はい、とからがら答えたつもりが、甘い嬌声に変換され飛び出た。 この行為について、好きにさせられていたなんて嘘だ、と思う。まるでのせいだとでも言いたげなことだった。しかしきっと、これは全てがのせいという訳ではない。 おそらく、好きだったことに気付かせたに過ぎない。でなければこんな泥のような快感に引き込む術など、知るはずがないだろう。 --- 「きみが好きにさせたんだろう」と言わせたかっただけのはずだった… 2022.09.13