らしい

おはなし

 

 夏が近づく折、新しい浴衣を買った。先日街へ出た際に、ふと立ち寄った呉服屋で良い色と柄のものに出会ったのだ。
 最後に浴衣を買ったのは数年、いや十年以上前のことだっただろうか。松本から夏祭りがあるから絶対浴衣で来なさいと言われ、渋々買った藍色のものだ。結局一、二度着たくらいで自室の箪笥の奥底へしまい込んでしまった。
 あまり着る機会も無いのだ。正直言ってしまえば、死覇装で全てが事足りる。わざわざ帯を巻くのが疲れるし、身体が締め付けられて苦しい。死覇装ならばもう慣れたもので、何より動きやすい上、あまりに着慣れすぎて眠ったままでも身に付けられそうなものだ。
 浴衣は白地に、薄い青と紫の紫陽花が咲いたあまり飾り気のないものだった。だが目に入った途端に惹かれた。きっとその浴衣を身につけた自分の姿の横に立つ、浮竹の姿を思い浮かべたからだろう。彼の白い髪と同じ地の色の浴衣を身につければ、似合いの二人に見えるのではないかと思ったのだ。
 そう己の心理分析をしながら、何とも呆れた単純さに今更こっ恥ずかしくなる。隣を歩く姿を思い浮かべたところで、人目につく場所へ、二人して出かけることなんて叶わないというのに。
 脱いでしまおうか、と、今まで姿見の前でくるくると回っていた自分の姿などすっかり無かったかのように帯へ手をかける。いや、だが。日が落ち始めた空を見て、浴衣の着付けを始めたのは紛れもなく帰宅した彼へ、この姿を真っ先に見せたかったからだった。
 濃紺の兵児帯も併せて買ったのだ。店の人が生地に合うからと勧めてくれたものをそのまま買った。確かに今日身につけてみれば、白と紺の対象的な色合いが紫陽花の柄をぼんやりとさせない。むしろ、淡い柄がはっきりと見える。
 思い描いていた通りの浴衣姿を早く彼に見せたくて、帰りが待ち遠しかった筈なのだが。千世は姿見の前でじっと固まったまま、さてどうしようかと悩む。だがそんな間もなく、玄関からがたがたと物音が聞こえた。

「…お、かえりなさい」

 おや、と千世の姿に浮竹はふっと微笑む。珍しいじゃないか、買ったのかい。羽織を肩から下ろしながら近付く彼に、千世はこくこくと頷いた。
 羽織を畳へ適当に置いた浮竹は傍へと立つと、千世の肩へ手を置きくるりと姿見へ向ける。先程嫌というほど見ていた自分の姿と、その背後、肩に手を置き微笑む彼の姿に思わず顔が熱くなるのを感じる。
 頭の中で何度も思い描いた二人並ぶ姿を前にどきどきと脈打つ。

「…どうでしょうか」
「ああ、…似合う。よく似合ってる」

 恐る恐る彼の顔を鏡越しに見てみれば、目を細め優しく笑う。お世辞で答えているのではないというのは、その口調から、表情から分かった。
 姿見に映る二人の姿は、千世の思った通りであった。浴衣の白と、彼の白い髪がどこか儚げで、纏う雰囲気がよく合っている。きっと二人並んで街を歩けば、似合いに思われるに違いない。
 と、そんなとんだ自惚れに、烏滸がましくも口元が緩んだ。だがこの屋敷には二人以外の誰もいない。一人思うばかりで口にも出さないのだから、勝手に自惚れるくらい良いだろう。

「似合うな、本当に。千世らしい」
「えっ、そうですか…?」
「ああ。真面目で、爽やかで…素直な色が。…意外だったかい?」
「ええと、いえ…私は、その…隊長っぽいかなと思って、選んでみたりしちゃったのですが…」

 すみません、と縮こまる。口に出しながら、言わなければよかったと思ったのだ。どうして自分が身につける浴衣だと言うのに、恋人らしさで選んでいるのだと。
 一瞬ぽかんとした顔の浮竹だったが、千世の後悔に満ちた表情を目にしてふっと笑う。そうかい、とその口調はどこか悪戯な、しかし満足げに聞こえた。
 肩に乗った彼の手が熱い。それとも、彼の触れている場所が、熱くなっているのだろうか。少しその手のひらへ力が籠もったかと思えば、かがんだ彼の顔が耳元へと近付く。千世、と囁くような声に肌が粟立つ。

「綺麗だよ」
「…や、やめてください…」
「どうして、本当のことだよ。普段の活発な千世も愛らしいが、こういう姿も魅力的で良い。花嫁みたいじゃないか、白がよく似合って」
「った、隊長、もうこれ以上はご勘弁を…!」

 彼の口から次々とこぼれ落ちる甘い言葉を前に、千世は必死で縮こまる。どうして、と疑問符を浮かべた浮竹に、どうしてもですと、そう答えながら彼の手から離れ、縁側へと逃げた。

「どうして逃げるんだ、折角浴衣姿を楽しんでいたのに」
「それは、隊長が恥ずかしいことを言うから…」
千世だって、恥ずかしいことを言ってくれたじゃないか。その浴衣、俺を思って選んでくれたとか」

 はは、と爽やかに笑う姿を見つめながら、千世は何も返せず唇をぎゅっと結ぶ。
 白は困った、赤い顔が余計に赤く映えるのだ。千世は彼から反らすように、暗い庭へと顔を向けた。

 

2022/04/30
(急に口説き始める浮竹さんが書きたかった)