無防備な幸福論-4

実に軟弱な理性であった。そう殊に自覚することが増えた。 浮竹はふと筆を硯の上へと転がす。池に囲まれた雨乾堂はもともと騒々しさから縁遠い場所ではあったが、しかし今日は普段以上に静まり返っている。所属隊士の半数以上が今朝から明日の午前にかけて大々的な流魂街での演習へ向かっていた為であった。 いつもならば遠くで賑やかな声が微かに聞こえるものだが、今聞こえるものといえば風が簾を揺らす音と、池の鯉が時折上げる水しぶきぐらいなものである。ぴちゃんと水の跳ねる音が聞こえる度、今夜の静けさにはっとするのだった。 今夜ほど集中できる夜は無いと、そう思い書面に筆を走らせていた。だが、その半ばではたと筆が止まる。蘇るのは、先日の彼女の執務室でのことだった。あれほど揺らいだ瞬間は無かったと、数日経った今でもあの動揺をありありと思い出す。 初めて彼女と口づけを交わした日以来、どこか怯えられているように感じていた。いつも視線はぼんやりと遠くを見つめ、二人だけになることを意識的に避ける。急いたかと後悔をしたのは、彼女の純真へ触れると同時に、深く仕舞い込んでいた生々しい感情を引き摺り出された為だった。 自身にもどこか引け目があったことには違いない。だから中々その理由を聞くことも、掘り返すような真似も出来なかった。それが結局、頬の緩むような些細な悩みであった事を知り、その腹の奥の感情は更に増長するようだった。 恋人らしいこと、と求められたものが一体何であるのか、のその赤らめた頬を見て自惚れた。いやまだ早いと、そう先日の執務室で辛うじて自制が出来たのは、なけなしの理性の手綱を握る術をまだ分かっていたからだろう。まだ早いと、だがしかし、ならばいつ頃合いだというのか。 彼女がまだ自分と比べうら若いとはいえ、しかし立派な成人女性である。異性と恋仲となり、まさか覚悟をしていない訳ではあるまい。だが一歩踏みとどまってしまうのは、潤んだ瞳の中に僅かに怯えた鈍い光が見えるからだろう。 不安でないはずはないのだ、期待をしながら、もっと深い仲を望みながら。それは浮竹にとっても同じであった。彼女の無防備な想いを、かき集めた誠意でもって受け止めるように努めてきたつもりであったが、それがいとも容易く崩れてしまうのではないかと思う。 触れたいと思うことが、なにも間違っているとは思わない。だがその思いが胸の内で色濃くなるほどに、彼女へ今まで傾けていた無色の愛情が、色欲で染まるように感じ躊躇った。 やめようと、とうとう浮竹は座椅子から立ち上がる。特に眠気もないが、仕事が進まないのでは起きている意味もない。隅に畳んで置いていた布団を引っ張り、適当に広げる。 なんとも殺風景な部屋だ。自宅はあるが、時折盆栽の手入れをするくらいで帰ることは少ない。特にこの雨乾堂で過ごすことに不自由は無いし、何より合理的である。だが、と思い浮かぶのはまたのことだ。 彼女がもっと恋人らしいことをと望むならば、何れは夜を過ごす事にもなろう。だがまさか夜分にこの場所へ、彼女を呼び出すような真似が出来るはずもない。夜警や、深夜出撃となる任務も有れば、帰隊の隊士も少なくはなく、夜中とはいえ隊舎から明かりが消えることは無い。 またはっとして、焦点を戻した。性懲りもなく揺らぎ続けている。今まで何度も踏み固めていた足元が、ぬかるみ沈み込むようだ。体重をかけるほどに、焦るほどに飲み込まれるような。 ぬかるみから抜け出そうと、一つ大きなため息を吐き出した時、ふと部屋の外から聞こえた声によってまた深く嵌った。 「…もう遅いよ」 「は、はい。なので、その……お休みのご挨拶を…」 入っていいですか、とでも言いたげに言葉を止めたに、浮竹は近づく。顔を出すと、思った居た死覇装姿ではなく、見慣れぬ着流し姿であった。地味な色合いをした浴衣にゆるく巻いた帯と、下ろした髪にぎくりとする。 どうして、と思わず尋ねる。俯いた彼女は焦った様子で、ええと、と口ごもり頬に掛かっていた髪を、耳へと掛けた。 「…今日は席官が演習でほぼ出払ってしまったので、念の為の泊まろうかなと…と言っても、夜勤申請はしていないので、本当に念の為というか…」 「ああ、成程」 「なので、…折角なので、お休みのご挨拶をしようかなと…」 そういうことかと浮竹は頷く。有事に備え、数名の席官が当番制で隊舎で夜を過ごす。副隊長へ上がればその当番からも解放されている訳だが、今日のこの静けさに不安になったのだろう。彼女らしいといえばらしいが、しかし折角の余暇だというのに生真面目なことだ。 冷えるだろう。声をかけると、彼女は息を一瞬呑んだように固まり、それから恐る恐る顔を上げた。おいで、ともう一度彼女を招き入れるように声をかければ、その目線を僅かに逸し、微かに頷く。 「茶でも淹れようか」 「いえ、…いえ、大丈夫です。ご挨拶をしたら、帰りますので…」 急須を出そうかと茶箪笥に手をかけたが、の言葉に思わず振り返る。部屋の隅で直立している彼女に、ふっと笑った。折角だから少し話そうか。畳の上へ腰を下ろし、彼女を呼ぶ。関節からまるでぎしぎしと音がするようなぎこちなさで、部屋をきょろきょろと見回した後、そろりそろりと足音を忍ばせるように、浮竹の前へと正座した。 何度か口づけすら交わした仲だというのに、未だに変わらないその初な様子は自然と心拍を上げる。だが、なにも邪な思いで彼女を引き止めたのではない。二人で過ごす時間を増やしたいと思うのは、実に自然な思いではないか。 まるでそう絞り出すような理由は、言い訳がましく頭の中に響く。 「もう休むつもりだったのか」 「いえ、まだ…少し手を付けたい仕事があったので…でも、隊長がもうお休みになられてしまうかと思って」 「当たりだよ。丁度もう休もうかと布団を敷いたところだった」 そう自分で答えながら、彼女が気まずそうにしていた理由へようやく思い当たった。薄暗い部屋、行灯のぼんやりとした光が揺れる室内で、布団の敷かれた横へ腰を下ろす事に彼女は実に居心地が悪そうな様子であった。 それはそうだろう。互いに寝間着の状態で、口数も自然と少なくしんとしている。彼女を呼び止め招き入れた手前、なにか話題をと巡らせるが、しかし彼女の息の詰まりそうな様子につられるように浮竹の思考もどん詰まる。 彼女の膝の上へ置かれた手のひらが、ぎゅうと握られる。崩していた足を、胡座へ組み替えようと畳の上を擦ったその音に、彼女はびくりと顔を上げた。目を丸くして見つめる彼女に、浮竹は笑う。取って食う訳でも無いというのに。 「すみません、お休みになる所を邪魔してしまって…」 「いや、良いんだ。布団へ入ったところで、直ぐ眠れもしない」 そこでまた会話が終わる。ぶつりぶつりと途切れる会話の裏に、ちらつく思惑は恐らく気のせいではない。詰まりそうな息をようやく吐き出した浮竹は、畳へ手を付き擦るようにして距離を僅か詰める。 は微動だにせず、ただ僅かに眉尻を下げ震えるような息を細く吐き出す。夏を待つ季節だというのに、まるで冬の朝のように静まり返った、張り詰めた空気をそっと割くように、口を開く。 「本当に、挨拶だけのつもりだったのか」 かち合った視線の先で、彼女はその瞳を揺らす。それは少し遠回しな意思確認のようなつもりであったというのに、実際に口から出た言葉は妙に意地悪く聞こえる。そんなつもりは無かったが、余程余裕がなかったのか。 いや、ええと、と微かに開いた彼女の唇から動揺の声が漏れる。予想した通りの反応に、意図せず胸が騒いだ。 「……期待しました、で…でも、本当に少しだけ」 少しだけ、とそれはにとって手に余すような感情の逃げ場だったのだろう。彼女の膝の上にあった手を包むように握り、寄せるように僅かに引けば彼女の体温がやがて腿の上へと乗る。 赤子を抱えるように横抱きをした彼女は腕の中で縮こまり、その頬をまるで夏風邪でも引いたかのように熱くして息を漏らす。綿の布越しに感じる彼女の体温は、思っていたよりもずっと熱を持って、そして柔らかく生々しかった。 瞳を濡らして見上げる彼女と、唇を重ねるまでの躊躇いはこの薄暗さの中では生まれず、その柔い感触を軽く甘噛し、舌を絡め取る。肉厚な舌がその独特のぬるい熱を纏い、口内へと侵入する。 目を薄く開き今にも蕩けそうな表情は、秘める欲情を煽るに容易く、また深く彼女の唇を塞ぐ。彼女の頬に触れていた手のひらを、徐々に首、肩と撫でるように下ろしてゆきながら、その腹で軽く蝶結びにされた帯へと辿り着いた。 ん、と彼女の一旦は緩んでいた筋がまた強ばる。唇を離せば、大きく息を繰り返す彼女がじっと見上げたまま、ゆっくりと瞬きをした。縋るような視線は甘さに満ちていて、今でこの顔を見せるのならば、この先どうなるというのか分からない。 ゆっくりと解いた帯の端から手を離す。彼女の呼吸の音が一段と激しく、安心をさせるように落とした唇は、震えていた。口づけをしたまま、彼女の背を左の腕で支えたまま、空いた右の手でその合わせを崩そうとしたが、あっとその手を止めた。 「…どうしたんですか」 「敷いていた事を思い出した」 「あ、ああ……はい、…はい」 顔を真赤にして目を伏せた彼女を抱えたまま立ち上がり、傍へ敷いていた布団の上へと寝かせる。の腰の脇へ膝をつき、見下ろした。白い布の上へ散らばった髪に、恥じらい顔を背ける彼女が胸元の合わせをぎゅうと握るその手の甲へ、指を伸ばす。 そっとその手を退けるのと同時に、胸元の合わせをずらした。と、現れた白い肌と柔らかな膨らみに一度、息を自然と潜める。死覇装の下へ隠れたその肌と、緩やかな曲線。胸元の膨らみの頂には、ふっくらと蕾が立ち上り、彼女の呼吸と共に上下する。 聞こえやしないかと思うほどに、心臓がどくどくと脈打つ。こんな赤面したいほどの緊張、いつぶりか分からない。腹に触れ、その柔らかく滑らかな心地にため息が出るほどだった。撫でるように、その手のひらを上へと上らせる。 腹から、肋骨を覆う薄い皮膚。このまま力を込めれば、きっと折れてしまいそうなその骨の上を伝い、やがて柔らかな膨らみへと辿り着いた。再び、彼女の震える唇へと口づけを落としながら、柔く包む。親指の腹でその頂の蕾を転がすと、今までに聞いたことのない声が喉で鳴った。 「す、みません…緊張をしてしまって…」 「それは俺も同じだよ」 「…そ、そうなんですか……？」 恥ずかしながら。の驚いた様子に、浮竹は笑って返せば彼女もやがてふっと笑い、少しは解れたように見える。 緊張しないはずがない、愛しい相手の素肌に触れる事が、どれほど大切な瞬間であるか。唇を頬へ、そして首筋、鎖骨へと落とす。艷やかな肌を軽く吸いながら、舌を這わせてその滑らかさを楽しみながら徐々に下がってゆく。 指先で弄られたその愛らしい膨らみを舌で触れると、はびくりと身体を震わせる。甘い声を上げて、もぞもぞと膝を擦り、浮竹の袖を握った。はだけた寝間着の間から覗く膨らみの形をやわやわと崩しながら、その先で固く主張する蕾へ吸い付き、舌で転がす。 初めて味わう直接的な刺激には動揺し、しかしその心地よさに自然と漏れ出る声を抑えきれないようだった。首を仰け反らし、身を捩りながら甘く鳴く姿が、それこそ動揺するほどに愛しく、堪らず飽きずに甘噛を繰り返した。 あれほど彼女に触れることを躊躇っていながら、一度こうしてその愛しさを知ってしまえば歯止めが利かず、肌の熱を共有するかのように触れ、その耳の奥にこびりつくような甘い声を焼き付けるかのように彼女の善がることを繰り返した。 「わ、たし、声…どうしても…」 「我慢しないで良いよ。あと半刻は誰も此処へ近づけない」 「いっ、いつの間に…」 そう力なく笑ったに、微笑みで返す。人払いする程度の軽い結界であれば、特に造作はないことで、だが敢えて言うことではないかと黙っていたのだがやはり気にしていたのだろう。それにしては遠慮無い声を漏らしていたが、余程どうにも出来なかったのか。 彼女の揺れる感情を思うほどに、胸が熱く焼けるようだった。きっとこうして素肌に触れられることは、彼女にとって初めてのことのようだった。はっきりとそう口にはしないが、慣れていないのだと、だから色々教えてほしいと。それは暗に、そういう事を指しているのだろうと受け取った。 この反応を見るに、それは違いない。あの時、彼女はどれほどの勇気を振り絞って口にしたのかと、それを思うほどに胸が詰まった。息を上げた彼女の腿へと触れる。びく、と跳ね、そっと撫でた。 下着の上から指先をつつとなぞらせると、湿り気を帯びている。その布一枚ですら、煩わしいと思うほど気が逸った。 「…ごめんなさい」 「…どうして謝る」 「私、…多分、とてもその…恥ずかしいことに、なってる気がして…」 「恥ずかしいこと、というと…どういうことだろう」 「……隊長…」 むっとしたいのだろうが、大きく足を開いた態勢で、その身の全てを晒したような状態で何の効力を持たない事をも分かっているのだろう。まるで犬がその耳を畳んでしゅんとするような様子で、目を逸らす。 浮竹は逸る気を抑え、そっと、彼女の下着へ手をかけゆっくりと下ろす。彼女も口をぎゅっと閉じながらも、しかし協力的にその腰を上げるからまた一段と焦ったが、至って冷静を装い彼女の足の先から下着を外した。 白い敷布の上へと転がる彼女の身体を見下ろし、その薄い茂みへと指先を滑らせた。染み出したその粘性の有る蜜は、一瞬にしてその指に纏わりつき、ぬちりと湿った音を立てる。蜜を塗りつけるように、滑らせると彼女は顔を必死に背けて大きく息を繰り返した。 滑らせていれば、やがて良い場所に触れたのか、腰がびくりと浮いた。だめ、と小さく漏らした声は扇情的で、自然と生唾を飲み込む。彼女が良く反応するそのしこりを、撫でるように往復させると、は細かく息を繰り返し、またじわりと蜜を漏らす。 首をいやいやと横に振りながらも、しかし嫌というほどに受け入れたがっている蜜壺に、僅かに指先を埋めた。まだきっと、誰も知らぬその場所を、己の指先が初めて触れ、侵入する感覚に背筋がゾクゾクとする。 指先をゆっくりと埋め、彼女の反応を確認しながらその深度を増した。その中ほどまで指を進ませたところで、まって、とは掠れた声を漏らす。 「っな、なんか…ま…ってください…」 「…痛むか」 「痛いんじゃ、なくて…なんか、っあ…」 びくびく、と彼女の中が蠢く。指先をぎっちりと包む、その柔らかく熱い体温が、せがむように蠢く。初めての異物感をきっと恐れながらも、しかし襲う沸き立つような妙な感覚に戸惑っているようだった。 陰核を親指の腹で擦りながら、沈めた中指を軽く前後に揺らすと、淫靡な水音が漏れる。同時に彼女の身体が強張り、しかし決して悪くはない感覚なのか中はうねった。ぎっちりと、埋めた指を包み込むように熱が纏わりつく。 「……ん、っ…あ…っ……」 「、力を抜けるか」 「はっ、ぁ…、なんか、だ、だめ……」 なおも、指先をゆるりと揺らしながら、その陰核を擦り付けるように刺激を続けた。彼女が苦しげに顔を歪め、呼吸を大きく繰り返すその姿は、普段の彼女とは到底かけ離れた姿であって、だからこそいつまで眺めても飽きそうにない。 頬を上気させ乱れた様子のまま、隊長、とからがら呼ぶ彼女の姿に、煽られないはずがない。必死で欲を飲み下しながら、彼女の内側を柔く、しかししつこく擦り上げた。湧き出す欲情をせめて吐き出すように、その纏わりついて離れない熱をゆっくりと混ぜるように。 やがて、ぎゅうと目を瞑ったまま彼女はびくりと大きく腰を揺らし、指先を包む濡れた肉壁はぎゅうと窄まる。細かく震える彼女は荒く息を繰り返し、やがてふっと糸が解けたように力が抜けた。 「っは、…っあ…ご、ごめんなさい…」 「良いよ、そのまま横になってなさい」 「私、あぁ…本当にごめんなさい…途中から、よくわからなくて…」 混乱したように口走るに、浮竹は微笑みその頬へ手を伸ばし撫でた。抜き出した指先は、彼女から滲み出た蜜で濡れ、ああ、出来ることならば。と、込み上げた欲を再び飲み下す。 「…私、その……大丈夫です」 「ん？」 まるで何か覚悟したようにじっと見上げる様子に、浮竹は目尻を下げて笑う。大丈夫、とその言葉が指す意味は考えずとも分かるが、だがまだ至るまでには尚早だろう。彼女の開けた合わせを直してやると、浮竹はその横へと横たわる。 あれ、とでも言いたげに不思議そうに目を丸くしたの額に唇を落とすと、その頭をぽんと軽く撫でた。 「ゆっくりで良い」 「……でも」 「時間は有るんだ、急ぐ必要は無いよ」 そう答えると彼女は目元を緩め、小さく頷いた。脈打つ衝動を感じながらも、しかし彼女には大切に触れたい思いが何より勝る。頬にかかる髪に触れ、耳へ掛けてやるとふっと香る石鹸の香りに胸が詰まる。 綻ぶような笑みを見つめながら、ようやくその一部をまるで手に入れたかのような充足感を感じている。直接触れたあの体温と欲情に喘ぐ熱を、その無防備な笑顔に重ね、またひとつ体内で肥大する欲深さにはいっそ感嘆するほどだった。 2022/01/16