ランプ

おはなし

ランプ

 

「三つの願い?」
「はい、乱菊さんから現世の童話を教えてもらったんですが…砂漠の国のお話で、ランプという急須のようなものをこすると、三つの願いを叶えてくれる魔神が現れるんです」

 おっかないな、と急須から魔神が出てくる様子を想像したのか、十四郎は腕を組み笑う。
 先日松本と昼食を共にしていた時の事だ。あれをしたいこれをしたいと指折り数える松本が、魔法のランプでも現れないかしら、と聞き慣れないことを言う。何かと聞いてみれば、現世の童話を教えてくれたのだった。
 ランプの魔神は主人公である青年に三つの願いを叶えると言う。千世だったら何にするのよ、と彼女は何気なく尋ねたようだったが、三つか、と千世は考え込んだ。三つの願いを叶えてくれるとは、なんとも微妙な数である。あれこれと頼みたいならば少ないし、考え抜いた願いならば三つは多い。
 そんなに深く考えなくていいのだと松本は笑ったが、だが実際、もしそんな機会が訪れたならば自分はどうするのだろうかと興味が湧いたのだ。万が一本当にランプの魔神が現れた時のために、事前に準備をしておくのも悪くないだろうと思った。

千世の三つは何にするんだ」
「私ですか?私はまだ考え中で…なので、十四郎さんを参考にしようかなと…」
「それじゃあ俺は言わないよ。千世の願いなんだ、自分で決めないと」

 十四郎の言葉に、えー、と眉を曲げる。参考にしたいという気も勿論あったのだが、一番は単なる興味だった。魔神は一部叶えられない望み…例えば、人の生死に関わることであったり、願いを増やすというような小狡いものは断るようだが、それ以外に関しては基本的には叶えてくれるのだという。
 それを自分のために使うか、はたまた人のため、世界のために使うか。彼ならば、きっと自分のことなど差し置いて世の平和を願うだろうか。こういう時にこそ人の性根というものは明らかになるもので、彼の願いを想像した時、自分は自分ばかり中心にして思案していた事がどうにも恥ずかしく思えた。
 もっと力を手に入れたいとか、知識を身に着けたいとか、無限の時を過ごしたいとか、挙げようとすればきりがなく、だからといってその中の何れかが最良の三つの願いのようにも思えない。ランプの魔人なんて有り得ない夢物語なのだが、やけにムキになっているのは、思っていたよりも三つの願いを決めかねている事がもどかしいからだ。
 だというのに、十四郎といえばつい先程尋ねたばかりだと言うのに特に考え込みもしていない様子で、いつの間にか手元の本へ視線を戻している。

「もう三つ決めたんですか?」
「ああ、決めたよ」
「えっ!三つですよ?早すぎませんか」
「そんな事は無い。千世が考えすぎなんじゃないか」

 考えすぎるのは当たり前だろう。ランプの魔人は二度は現れない。たった一度現れたその時に、最善の三つの願いにしないと、その後の人生で、あの時あの願いにしておけば、と何度も繰り返して後悔しそうなものだ。
 しかし、そんな短時間で決めた彼の願いが気になる。本に目を落とす彼を見つめながら、あの、と千世は覗き込むように声を掛ける。

「一個だけ教えて下さい」
「駄目だよ。参考にするじゃないか」
「参考にしないですよ、即決された願いが何か気になるなと思って…そしたら、私が決めて、教えたら、教えてくれますか?」
「教えないよ。魔人にしか教えない」
「えー!?何でですか?私も十四郎さんに教えるんですよ?そんな変な願いなんですか?良いじゃないですか一個くらい!」
「さあ、なんだろうな」

 教えて下さい、と千世は彼の本を無理やり閉じようとするが、身体をくるりと回転させて逃げる。けらけら笑う姿にムキになってその背に覆いかぶさり急かすようにゆらゆらと揺れてみるが、びくともしない身体にむっと口をへの字にした。
 その後いくら粘ろうと彼は笑うばかりでその口を割ることはなく、結局、自分の願いも決められないまま、彼の願いも聞き出せないまま、もはや本来の目的など遠い過去のように忘れ、遊び疲れた子供のように畳の上に転がり、やがて微睡むのだった。

 

(2021.12.16)