問題

おはなし

問題

 

 人もまばらな昼どきを過ぎた食堂で、十四郎はうどんをすすっていた。おあげという気分でもなく、かといって海老天を乗せる気にもならず、今日は素うどんにねぎと天かすを自分で適当に乗せた簡単なものにした。素っ気ない味だが、しかしそれがあまりぱっとしない腹には丁度良かった。
 れんげを黄金色の汁に沈ませて口へ運んでいると、見慣れた桃色の着物を羽織る姿が視界に入り咄嗟に手を上げる。彼も十四郎に気付いたのか、丼ものを載せた盆を手にしたまま隣の椅子へと腰掛けた。

「おや、珍しいじゃない。遅めの昼食?」
「お前の方が珍しいだろう、食堂なんて」
「たまには簡単で健康的な食事をしないとね。今日は休肝日だから」

 はあ、と浮竹は呆れて頷く。毎日酒を飲んでいる男が今日くらい酒を休んだ所で何の意味もないだろうと思ったのだ。しかし海老が立派に乗った上天丼が果たして健康的かと言われると頷けはしないのだが。まあ酒とつまみで済ませるよりは十分健康的だろう。
 しかし隊長二人が食堂で食事というのはいやに目立つ。特に京楽の羽織りが、この平凡な中で特別鮮やかだから余計だ。口を開こうにもぽつりぽつりと腰を掛けている隊士たちに聞かれていそうなものだから、自然と無言になっていた。

「今日、千世ちゃんは休みだろう」
「…ああ、そうだったと思うが」
「さっき繁華街の方で会ったのよ」

 夫婦となった今、千世がどうのこうのという話を別に隠す必要も無いのだが、決して聞かれたい訳ではない。声の音量を下げるよう京楽に頼むと周りをちらと確認し、ああと頷き笑った。

「どっかの隊の男の子と話しててさ」
「ただの立ち話じゃないのか」
「いやボクもそう思ったんだけど、様子がおかしいのよ」
「おかしいって…どうおかしかったんだ」
「見るからに困ったような顔して、そのうち男の子の方が千世ちゃんの腕掴むもんだからさ」

 え、と十四郎はうどん掬いあげようとしていた箸を止める。その途端に京楽は割って入ろうかと思ったようだが、千世がその手を振り払い逃げるように去っていったから結局声を掛けられず終いだったのだと言う。
 状況をさらに聞けば、千世は死覇装でなく普段着姿であったようで、千世だと気付かない隊士が声を掛けたのだろうと言う。確かに彼女の普段着姿というものは実に見慣れない。髪も下ろすとすっかり雰囲気が変わるものだから、あまり関わりのない他隊の者には十三番隊の副隊長と判断することは難しいだろう。

「一応、その男の子には、浮竹隊長の奥様だって直ぐ教えてあげたけどね」

 そうか、と軽く頷く。休日の彼女の予定を把握したいという訳ではないが、無意識に彼女には今日は何をして過ごすのかと出勤前に尋ねてしまっている。今朝彼女は今日は食材の買い出しに行くのだと言っていたから、その道中で男に声を掛けられたということなのだろう。
 そんなことならば、食材ならば帰りがけに買ってくるから家でゆっくりしていなさいとでも言うべきだった。きっと怖い思いをしたことだろう、面識もない男に口説かれ挙げ句に腕を掴まれたなど。やはり彼女一人で家から出すべきでは無かったのだ。外出をする時には必ず自らが傍に居てやらなければ、何かあった時に直ぐ守れないではないか。
 だからもともと休日はなるべく合わせられるよう、平日の出勤を増やし土日休みにしていたのだが、やむを得ない理由というものはどうにもつきもので、今日もそうだった。
 どうして今日に限って。湧き出す後悔に深い溜め息を吐きながら、止めていた箸を器の中へと再び浸す。

「なんか今、怖いこと考えてなかった?」
「怖いこと?何が」

 いや、何となく。そう答えた京楽に、十四郎はさあ、と首を傾げ麺をすすった。

 

(2021.12.12)