実り

2021年12月10日
おはなし

実り

 

 庭で干していた洗濯物は、この陽気で直ぐに乾いていた。取り込んだそれらを縁側へ重ね、一枚一枚を手にとって畳んでいれば、買い出しに出かけていた千世が部屋に顔を出す。
 おかえりと声をかければ、彼女は嬉しそうに笑って台所の方へと消えていった。間もなく戻ってきた千世、十四郎の向かい側に腰を下ろして洗濯物の一つを手に取った。膝の上で軽く畳み、十四郎が既に重ねていた上へ同じように乗せる。

「少し遅かったな」
「ああ、はい…すみません。檜佐木君と途中で会ったもので…立ち話を」

 そういう事だったか、と十四郎は頷く。彼女はいつも寄り道をしないから、買い出しと言ってもそう時間はかからず戻るはずが、今日はやけに遅いような気がしていたのだ。いや事実、実際に遅かった。
 そうかい。と、ただ相槌の為に声を出したはずだったのだが、やけに無機質的な声音となって膝上の洗濯物の上に落ちた。自分でも気付くくらいなのだから、彼女にとっては余程敏感に響いたに違いなく、あれ、とでも言うように眉をひそめる様子を目の端で確認した。
 いや、そんなつもりは無かった。と、しかしそう自ら言い訳がましく言うまでの状況でもない。だが、どことなく気まずかった十四郎は顔を上げて誤魔化すように微笑んだ。
 大人げないにも程がある。その自覚はあるのだ、毎回。彼女にとって檜佐木とは苦楽をともにした院生時代の同期であって、互いに高め合う気心の知れた同士というところだと知っている。
 彼とどうこうという訳ではない。ただ、その二人の唯一無二とも言える関係に少しだけ妬ける時がある。自分にも京楽という長年信頼を預け合う同期が居るが、その何にも代えられない存在である事を知っているからこそ、そう思うのかも知れない。
 自分がもし、彼女と同じほどの歳であったのなら、と思うことがあるのだ。彼女が檜佐木に見せるような表情を、向けられる事も出来たのだろうか。
 それを嫉妬とというのだろうが、いや、だがそこに恨めしい思いは見当たらない。ただ叶うことのない夢のような感情が、少しだけ芽吹くのだ。

「もし、俺が千世と同期生だったらどうなっていたかな」
「十四郎さんと同期ですか…?想像もつかないですが…ええっと…うーん…」
「そんな真剣な話じゃない。ふと思っただけだよ」

 ふと尋ねてしまったものの、何とも答えようのない質問だっただろうと思う。彼女の院生時代についてはよく知らず、ぽつぽつと話を聞く程度だが、実にやる気のない生徒であったと言う。それは彼女自身からも、そして檜佐木からも一度内緒で聞いたことだった。
 その際に彼から聞いたことであったが、何かを切欠に入隊後には目覚めたようにその実力を伸ばしたのだという。その切欠というものが何かであるかは知らないし、十四郎も誰から聞いたとは言えず千世に尋ねたことはない。ただ、余程彼女を焦らせた何かがあったということなのだろう。

「もし十四郎さんと同期だったら、私はもっと勉強も鬼道も白打も頑張ってたと思いますよ」
「今だって、十分頑張ってるじゃないか?」
「いいえ…つまり、学生時代からって事です。…追いつきたくて」

 洗濯物を畳む手をふと止める。やけに照れたようにふふと俯いて笑う彼女は、考えながら止めていた手を再び動かし、白い肌着を丁寧に膝の上で折る。

「…十四郎さんはどうなんですか、私ともし同期だったら」

 少しの無言の後に、もごもごと尋ねられた言葉に十四郎はふと思いを巡らせる。

「逆に俺は、勉強も鬼道も白打も頑張れなかったかもしれないな」
「…どうしてですか」
「さあ、どうしてだろう」

 そう言って笑うと、千世は不思議そうに首を傾げた。彼女が居る教室をふと思い浮かべてみたが、きっとその姿ばかりを追って、黒板の記憶など残らないだろうと思ったのだ。

 

(2021.12.09)