二人

おはなし

二人

 

 祝宴の後、屋敷はひっそりとしていた。数時間に渡って続いた宴会の後の部屋は明日二人で片付けようという事にしているものの、座布団が散らばり、無数の皿と酒瓶や徳利が転がる様子を見るとぐったりとしたくなるというものだ。
 ようやく重い色打掛から開放されたというのに、同時に一日の疲れがどっと流れ出るようだった。
 しかしこの荒れた部屋を丸っきり明日まで放置するというのも気が引けて、せめてもと倒れた酒瓶を立てて部屋の隅に寄せていれば、紋付袴の姿から着替えを終えた十四郎が襖を開き顔を出す。荒れた場を一通り見回し、やはり明日にしようと苦く笑った。
 祝言に関して、はじめ千世は乗り気ではなかった。あまりに死覇装に慣れすぎてしまったお陰で街着でさえ手を通す事に少し戸惑うくらいだというのに、めかし込む自分がどうにも想像ができなかったのだ。
 だからそう彼へ素直に伝えてみたものの、きっと良い思い出になるからと押し切られた。直前まで後悔に似た思いが渦巻いていたものだ。果たしてこの衣装に自分が見合っているのか、彼の横に居て良いものか。しかしそんな事は始まってしまえば何処かへ消え、つまりその程度の些細な悩みだったのだろう。

「挙げて良かったと思ってるんじゃないか」
「はい、…そうですね、良かったです」

 畳の上へ座り込む千世の横へ、どっかりと十四郎は腰を下ろす。お膳の上の皿を手持ち無沙汰に重ねていた千世は、その手を止める。二人以外の音が聞こえない部屋の中、まるでつい先程までの騒がしさが嘘のような静けさを、改めて寂しいと思ってしまったのだ。
 親しい人だけを呼んだ実にささやかな席であったが、酒飲みが多い分随分と場は盛り上がった。何を話したかなど、今更特筆して思い出せないほど取り留めのない事ばかりだったが、しかしどこを切り取っても幸福な空間であったように思う。

「どうかしたか、ぼうっとして」
「ああ、いえ、なんだか寂しくなってしまって」
「久しぶりに騒がしい席だったからね…皆随分酔ってたが、帰れたかな」

 そう呟くと、先程までの光景を思い出したのか微笑む。皆ふらふらと千鳥足で、互いに身体を支えるような様子は玄関までも足取りが怪しいほどであった。どうにか背を押し支えながら、がやがやと門戸の外へと流れ出ると、それぞれの方向へ散り散りになる。
 賑やかな声が遠くなり、姿が角を曲がり消えた様子をどうしてか二人してまだ見つめたまま、戻ろうかと、少しして十四郎が呟いた声に促されて再び門をくぐったのだった。
 普段この屋敷が静かだと特別感じたことは無かったのだが、今はやけにこの静寂が目立った。特に会話をするわけでも何をするでもなく、ただ二人でこの雑然とした部屋の中央に腰を下ろし、穏やかな時を過ごしていた。
 互いの呼吸音が穏やかに混じり、そのあまりに呑気な音に耳を済ませながらそっと目を閉じる。未だぬるま湯のような余韻に浸り続けながら、うとうとと船を漕ぎ始めてしまった頃、膝の上に乗せていた手の甲へ彼の体温が重なる。
 はっとして目を開き彼を見上げれば、彼の濁りのない瞳に見下されている。

「今日はもう、このまま寝てしまおうか」
「それは、でも…」
「だがもう疲れたろう。一日もてなして、楽しい中でも何だかんだ気は遣うよ」

 これから風呂に入り寝室に布団を敷いて、と普段は何ということのない事だが今はどうにも動く気になれない。彼は適当に手を伸ばして座布団を二枚引き寄せると、形を整えるようにぽんぽんと叩く。
 このまま、まさか此処で寝てしまおうという事だったのか。ロの字型の宴席であったから丁度部屋の中央は空いていて、大人二人が横になれるくらいではある。十四郎は畳の上へ背を倒すと、急ごしらえの座布団枕に頭を載せた。

「だらしなくはないですか、何だか怒られそうで…」
「誰も咎めやしないよ。この家にはもう千世と俺しか居ないんだから」
「そ…れは、そうなんですが」

 しかし、おいでと腕を引かれてしまえば、断る選択肢は無い。決して寝心地が良いとは言えない畳の上だが、一旦横になってしまうともう起き上がれそうにはなかった。
 再びしんとした部屋の中、心音さえ聞こえてしまいそうな距離で千世はそっと息を潜める。まだ耳の奥に残っていた賑やかな余韻に、夜の静けさがじわりと染み込むのだった。

 

(2021.12.05)