下手くそ

2021年12月6日
おはなし

下手くそ

 

 手元のもつ煮を口に運びながら、俯いて白飯をひたすら噛み締めている千世の顔をじっと見る。
 つい数十分前に十番隊舎へ突然現れた千世は、別に千世が運ばずとも問題ないような書類を隊の五席へ渡しに来たのだという。なんであんたが、と聞いてみれば彼女は何とも誤魔化すように目線をそらして、結局答えないまま、昼食へ誘われたのだった。
 偶々誘ったような様子を見せながらも、しかし昼食の場所は事前に目星をつけていたようで、普段あまり足を運ばないような半個室になっている店へと連れられたから、ますますおかしい。いつもならば適当な大衆食堂で済ませるというのに。
 口数も少ないし、どうにも先程からそわそわと落ち着かない様子がに我慢できず、とうとう松本は口を開いた。

千世、あんた何かあったでしょ」
「え…え!?」

 顔を上げた千世は驚いたように目を丸くして、いやそんな事は、ともごもご口ごもる。何を隠しているのか、というより、何かを話すために連れ出したのだろうが、しかしそれにしても分かりやすすぎる。
 ここまであからさまな態度を取っているにも関わらず、指摘されて動揺する様子もまた呆れたくなる呑気さだ。彼女自身のことについて無頓着なのは昔から変わらない性格で、目線をうろうろとさせる様子はもはや安心さえ覚えるほどだ。

「わざわざ呼び出して、分かるに決まってるじゃない」
「分かってたんだ…」
「当たり前じゃない」

 隠していたつもりだった事に再び呆れながら、で、と彼女を促す。まるで減っていない白飯が乗った茶碗を盆の上へと戻すと、何か改まったように膝の上に手を乗せた。
 ようやく口を開いたものの、しかしええと、とまだ口ごもり、余程言葉にし難い事なのか分からない。大抵こうして目線をうるおるとさせて口ごもる時は浮竹に関する話題が多いのだが、何か改まって伝える何かが起こったというのだろうか。
 まさか別れたという事でも無いだろうし、まさか。

「なに、もしかして子供出来たの…?」
「えっ!?い、いや、違う違う、そうじゃなくて…」
「え、じゃあ何よ…そんな改まって」

 思わず背筋を伸ばせば、彼女の口からとうとう零れた言葉に自然と息を止めた。肩を竦めて俯いている彼女を暫く見つめていたが、おめでとうと、ようやくそう一つ返す。ようやく顔を上げた彼女は緊張からかその頬を染め、ありがとうと花が綻ぶように微笑んだ。
 思えば彼女の無謀にも思える片思いは数十年前から始まっていた。正直な事を言えば、その思いが実を結ぶことはきっと難しいと思っていたが、恐らくそれは彼女自身も同じであったに違いない。しかし巡り合わせというものは不思議なもので、些細な出来事の積み重ねが今目の前の彼女の笑顔に繋がっているのだろう。
 長かったわね、と思わず零す。彼女の思いが実を結んだ時にも思ったことだ。届かないと分かっていながらも、変わらぬ思いを向けている姿に、本当にバカねと何度も呆れて笑ったものだ。だがその愚直な一途さを傍で見守り続けていたのは、後悔を知らずにいて欲しかったからだ。

「でも、よく結婚までバレなかったわよねえ。二人して超、分かりやすいのに」
「二人って…隊長もってこと?」
「当たり前でしょ。あんたたち、こっちからしたらいつもハラハラしてたわよ。バレるんじゃないかって」
「それは、え…いや、ごめんなさい…ご迷惑をお掛けしました」

 また身体を小さくした千世が下げた頭に、松本は手を伸ばし、その髪をぐしゃぐしゃと撫でる。でもせいせいしたわ、もう隠さなくて良くなるってことでしょ。そうあっけらかんと言いながら、どうしてか視界が僅かに滲んだ。

 

(2021.12.06)