秘密

秘密 時々、自分が随分性悪だと思うことがある。それは夜、彼と肌を重ねながら特に思うことだった。 なにも自分の性格が元から良いとは思っていない。というより、己の性格が良いとか悪いとかと考えるような事は避けている。誰に対しても平等である自信はないし、かと言って他人を陥れようと考えた事はない。だから良くも悪くも無いのだと、そのどちらかに振り切れるような事は無いのだと、それだけを自分の性質と理解しているだけだった。 今夜はあまり冷えぬ夜だった。風呂上がりの火照った熱がようやく引きはじめた頃、はまだ明るい寝室で乾かした髪を梳いていた。風呂から上がった十四郎はの傍へと腰を下ろし、裾から見える素肌に触れる。髪を梳く手を止め彼を見れば、欲の混じった瞳の色に息を止めた。 口に出さずとも互いに目線だけの合図で事は始まる。首元に顔を埋め、同じ石鹸の匂いだというのに深く息を吸い込み、熱い息を掃く。舌のざらりとした感覚が首筋を這い、徐々にその空気は色濃く寝室へと満ちた。 特に目立った何かがある訳ではない。毎晩、似たような順番で、似たような行為を飽きずに繰り返す。きっとそろそろ飽きても良いのではないかと思うほど、二人でこの行為を重ねているはずだが、しかし不思議なことに何度重ねても肌の合う心地よさは慣れぬものであった。 口付けの心地も、その指先が肌に触れる冷たさも、やがて交わる彼の熱も全て知っているというのに、初めて知るような声を上げながら受け入れ、溶けるように心地良い。人の身体というものは、生殖のためによく出来ているものだと、震えながらふと思うのだ。 今夜はまだ灯りも消さない前から始まってしまったものだから、彼の表情がよく分かる。口元の微笑みだったり、揺れる睫毛であったり、その眉の動きで彼の思うことが手に取るように分かるようであった。 「った、隊長…」 「…ここでそう呼ぶのは止めなさいと言ったよ」 「…す、みません…」 そう呼ぶと、身体の中で彼が大きく震えるのが分かるのだ。びくりと、埋められた熱が脈打ち、規則的に続いていた律動が一瞬たじろぐように緩くなるのが分かる。 唾を飲み込むその喉仏の動きが、そして眉間に刻まれる皺が愛しくて堪らず、身体の奥が切なく疼いた。彼と深く繋がってもなお、足りないと思うほどそれは切実な紛れもない情欲であった。 だからまた隊長、と、そう悪戯をする子供のように繰り返す。にとって彼は夫であり、所属する隊の隊首であるだけの関係では無い。だから彼をその職位で呼ぶ謂れも無いというのに、長年呼び親しんでいたそれは、口に出すとまるで安堵するような心地なのだ。 身体の奥を深く小突かれながら、彼の敏感に反応する全てをまた味わいたくて、もう一度口にする。 「…っ…ぁ、た、いちょう…っ」 「…どうして君はそう、時折聞き分けがないんだろうね」 困ったように眉を曲げ、そう言葉を落とす彼には吐息だけで答える。聞き分けがないのではない、わざと言っているのだ。皆と同じように彼を呼んでいるだけだというのに、自分にしか見せぬような表情で苦しげに吐息を漏らす。それがどうにも気分が良い。 その剥き出しの欲を、深く口付けを交わしながら何度も打ち付けられる心地を知るのは、己だけなのだ。そう思うと自然と口元は緩み、止めどない高揚感で満たされる。彼の嫌がることをして、そして満たされる心地に恍惚しているなんて、なんと性の悪いことだろうか。 苦しげに吐息を漏らす彼の頬に手を伸ばしながら、また同じように呼ぶ。とうとう怒られるかと身構えたものの、しかし彼は苦しげにを呼び、深く押し込んだ熱を溜息とともに吐き出すのだった。流れ込む体温を受け止めながら、頬に掛かる彼の長い白髪に触れる。 伏せていた目線を上げて照れくさそうに笑う彼に、ごめんなさいと、内心ちいさく謝るのだった。 （2021.12.04）