おはなし

 

「どうでしたか?」
「え?」
「浮竹隊長のご結婚式ですよ。出席されたんですよね」

 吉良はそう言って、手元の焼き魚に箸を入れる。ああ、と檜佐木は頷いた。
 結婚をすることになったと聞いたのは、春のことだった。照れくさそうにする日南田の前で、誰と、というよりも、嘘だろ、と思わず漏らしたのは彼女と結婚という文字がどうにも結びつかなかったからだった。お前が?本当か?と失礼な言葉を連発していればさすがの日南田もへそを曲げてそのまま立ち去ろうとするものだから、慌てて袖を引いて止めた。
 相手が浮竹だと聞いた時は、時が止まったように感じたものだ。冗談を言っているのではないかと、いや、しかし冗談を言う意味も分からない。彼氏が出来ただのなんだのと、そういう噂が流れてはいたが、それがまさか浮竹だったいうのか。
 確かに彼女が隊長である浮竹へ、異常なまでに憧れを抱いていた事は知ってはいたが、それは十三番隊の隊風でもあるし、憧れ以上のものには成り得ないと思っていた。
 だが成り得ないと思っていたのは、それはあくまで檜佐木の感想であって、実際はつまり結婚に至るまでの何かがあったという訳だ。檜佐木の知っていた彼女の憧れは、いつの間にかに慕情へと変わっていたというのか。そんな素振り、まるで見せていなかったというのに。

「でも驚きましたよね、二人がご結婚なんて」
「まあな」
「檜佐木さん聞いてなかったんですか?日南田さんと同期なのに。仲良いって自称してたじゃないですか」
「う、うるせえよ!自称じゃねえよ!」

 それなりに仲は良かったから公表の前に事前に知らされたし、二十名程度しか招待されなかった祝言の席にも呼ばれた。確かに交際云々の話はまるで聞いたことがなかったが、しかし二人の関係性を考えれば仕方ない。隊内恋愛がただでさえ面倒事だというのに、それが隊の上層部で起こっているなどと知られれば様々な厄介事に繋がりかねない。
 そうして人知れず愛を育み、結婚にまで至ったというのは素直に喜ばしいことだと思う。おめでとうと、心の底からそう伝えながらも、しかし胸の奥で感じる一抹の寂しさに似た何かが引っかかるようだった。
 それは男女の恋情がどうのとかではなくて、例えるなら手塩にかけて育てた野菜が出荷されてしまったような、そんなような事だ。これが例えとして適切かどうかは分からないが、兎にも角にも、そういう事なのだ。
 学院時代のあの気だるげな様子であったあの頃から、随分と変わった。それもこれも、今考えてみれば浮竹と出会ってからだったのだろう。笑顔が増えたと思った時も、綺麗になったと思った時も、数々の彼女の変化の理由が紐解けたようだった。

「で、どうだったんですか?」
「どう、って…まあ、幸せそうで良かったよ」
「檜佐木さん泣いてたって聞きましたけど」
「は、は!?誰からだよ、泣いてねえよ!」

 ぎくりとして檜佐木は吉良にそう返す。あの出席者の中で吉良にそんなことを吹聴するのはきっと松本しか居ない。咄嗟に誤魔化したものの、しかし実際あの状況でこみ上げるものがあったのは確かだ。白無垢姿の彼女は、今までに見たことのないような笑顔で隣の男に笑いかける。
 明日どうなるか分からない死神という職業に就きながら、この先を共に生きる選択をした二人の覚悟がどれほどかと思ったのだ。敢えて事細かに聞くことも、恐らく彼女も敢えて語ることも無いだろうが、彼女のその幸せに満ちた笑顔を見ると重ねてきた時間の尊さを感じ、勝手に目頭が熱くなった。
 まるで父親ねと松本にからかわれたが、あながちその思いに近いように感じた。せめて兄と言って欲しかったところではあったが。

「全然箸進んでないじゃないですか。僕はもう休憩上がりますよ」
「え?あぁ…そうだな」

 檜佐木は思い出したように、手元のせいろの上に乗ったそばを箸で持ち上げ汁へつける。さっさと味噌汁を飲み終えた吉良は空の食器の前で手を合わせ、早いな、と思わず呟けば、檜佐木さんが遅いんですよとご尤もなことを返された。
 頭を軽く下げ去っていく彼の背を見ながら、お前まで置いてくなよ、とふとそんな言葉が頭を過ぎった自分がどうにも情けなかった。

 

(2021.11.28)