蒲公英

おはなし

蒲公英

 

 隊首室へ戻ると見慣れた姿が茶を淹れていた。見慣れたと言ってもこの頃は顔を出すことが少なくなっていたから、その顔を見た時に不覚にも、あ、と思わず声を漏らしてしまった。その声に彼女ははっと顔を上げ、目線が合った途端ににやっと笑う。

「日番谷隊長もお茶飲みますか?」
「当たり前のように居るな」
「ここは私の第二の故郷ですよ」
「勝手に郷愁を感じるな」

 当たり前のように茶箪笥から湯呑を取り出した日南田は、急須から茶を注ぐ。日南田、と呼ぶべきか否か分からないが、だが彼女を千世と下の名前で呼ぶような仲ではない。戸籍上は浮竹となっていても、業務上は旧姓の日南田で通しているようだから、別に気にすることでもないのだが。
 だが、どうにも違和感がするのは、浮竹相手に恋患っていた頃から見た目も中身も何ら変わっていないというのに、その妻という場所に収まっている事実だ。蜜柑を呑気に頬張る姿は妻なんて言葉からかけ離れたように呆けていて、どうにも慣れない。
 彼女の向かいの長椅子に腰を下ろし、差し出された湯呑を手にする。湯気の立つ茶をゆっくりと口に含み、熱い息を小さく吐いた。

「もうすぐ春ですね」
「何言ってんだ、まだ冬にもなってねえだろ」
「いえ。だって冬になったら次は春じゃないですか、だからもうすぐ春ですよ」
「…お前浮竹と一緒になって余計ボケたのか」

 失礼な、とでも言いたげに眉間に皺を寄せる日南田に、日番谷は呆れたようにため息を吐く。今日は確かにこの時期にしては寒くはないが、まだ冬とも言えない十一月だ。これから温度も下がり雪が散らつこともあるだろうに、春のことを考えるなど能天気にもほどがある。
 呆れながら、日番谷はもう一度茶を口にする。美味い。そう、日南田はどうにも茶を淹れるのが上手かった。昔からというわけではない、ここ数年で格段に上達している。ただ急須に茶葉を入れ、湯を淹れるだけだというのに、自分や松本が淹れるのとは様子が明らかに違う。なにか特別なことをしているようではないが、唯一思い当たるとすれば浮竹のことだった。
 浮竹は質の良い茶をよく好んで飲んでいると聞く。というのも一度、あまりに日頃から菓子を与えられるから、その礼に茶葉を送ったことがあるのだ。菓子なんて勝手に買い与えられるだけであって、ねだったわけでも無いというのに、松本が一度くらい礼をしたらどうかと言うからそれに従っただけなのだが。
 浮竹が喜びそうなものを松本が日南田経由で聞いてきたから、多少値の張る茶を送ったのだ。それもいつの事だったか、二人の交際は始まっていたはずだが、どうにも遠い昔のように思える。

「冬は嫌いか」
「いえ、嫌いではないですよ」
「嫌いみたいな雰囲気出してたじゃねえか」
「春の方が暖かいし、過ごしやすいと言うだけで…冬が来ないと春も来ないじゃないですか。だから、どっちも好きですよ。それを言ったら、夏も秋もそうですけど」

 聞いておきながら、日番谷はうんともすんとも返さず長椅子へと横になる。寒いからと、そういう短絡的な理由で冬が苦手だと言う者が多い中、意外な答えだと思ったのだ。だから何だという事でもないのだが。
 薄目で彼女の表情を確認すれば、湯呑を手にしたまま何を思い浮かべているのか、満足そうに口元は弧を描いている。その中身が見えるわけではないが、大方旦那の事でも思い浮かべているのだろう。知ってはいたが、相変わらず分かりやすいことだ。
 まだ葉も鮮やかに色づく秋の深まる季節であるが、春が近いと彼女が言うのもあながち間違いではないようだった。

 

(2021.11.23)