探し物

おはなし

探し物

 

 あれ、と千世は髪に触れる。顔に髪の毛が垂れるから髪留めで抑えていたのだが、それがいつの間にやら外れていたらしいのだ。会議が終わった今頃になって気付くとは。懐に手を突っ込んだり、袖をひっくり返したりしたものの、細い髪留めが出てくることは無かった。
 なんと馬鹿なことをしたのだと、千世は朝の身支度を後悔していた。今日は女性死神協会の会合であったが、何の気の迷いか、その髪留めをつけていこうと思ってしまったのだ。銀色の細い本体に、きらきらと光の加減で星屑のように輝く装飾がついており、あまり派手すぎない上品な様子が実に気に入っていたのだ。
 それを、恐らく内心、人に見せたいという気持ちが湧いてしまったのだろう。鏡を前に、丁寧に耳の上あたりで髪を押さえるように挟んだ。そうしっかりと挟んでいたはずだったのだが、この道中どこかで落としてしまったのだろうか。だとするならば絶望的だ。
 十三番隊舎から女性死神協会の会合が行われるこの場所までそう近い距離ではない。絶望的な状況に、どうしようかと今すぐ横になりたいほど内心落ち込みながら、さて、と隣で立ち上がる伊勢の様子を横目で見た。

千世さん、どうかされたんですか」
「……ちょっと落し物をしてしまったみたいで…」

 千世の異変に気付いたのか、伊勢は再び椅子へ腰を下ろす。他の会員たちはもうがやがやと既に部屋を出たあとで、彼女とは二人きりであった。
 落し物、と繰り返す彼女に、髪留めを落としてしまったようなのだと答える。まさか彼女が知るはずもないだろうが、これくらいの大きさで、色は銀で、とつい特徴を伝えてしまったのは縋るような思いがあったからなのだろう。探さないと、と小さく最後に呟くと、彼女は何やら手元の巾着にごそごそと手を突っ込み何かを取り出した。
 これですか、と手のひらの上に乗ったその細くきらきらと明かりを反射して輝く装飾のついた髪飾りに、千世はあっと声を上げる。道中何か光るものが目に入り、近づけばこの髪飾りだったのだという。自分の手のひらへと戻ったその髪飾りを見つめ、千世はほっと息をつく。
 何度も礼を告げれば、彼女は眉を曲げて笑った。

「良かったです。この後京楽隊長にお見せしようと思っていたところでした」
「…京楽隊長に?何でですか」
「あの方なら、女性の髪飾り見ただけで誰が付けていたかお分かりになりそうじゃないですか」

 ああ、と千世は彼の姿を思い浮かべて頷いた。確かにそれは間違いないが、だがそれでは残念ながら千世のもとには戻らなかっただろう。この髪留めを受け取ったのはつい昨日のことで、今日身につけたのが初めてだったのだから。

「浮竹隊長から戴いたんですか」
「……えっ!?」
「ばればれですよ。千世さんがそんなきらきらした髪飾りつけているのなんて珍しいですから」

 伊勢の言葉に、千世は控えめに頷いた。いつも髪留めをつけるとしても、あまり飾り気のない地味なものだった。急に色気づいたようにでも見えただろうか。そう思うと身につけるのが少しばかり恥ずかしく感じたが、しかしそれでもやはり彼から貰った嬉しさが上回り、また同じように髪を留めた。
 昨日、何があったという訳ではないのだが、突然彼がこの髪留めを買って帰ってきたのだ。どうしたのかと聞いてみれば、街で売っていたものがただ似合いそうだからつい買ってしまったのだと笑う。今でもまた彼の少し照れたような笑みを思い出すと、胸がじわりと熱くなった。

「浮竹隊長も、そういう可愛らしいことされるんですね」
「…意外ですか」
「意外…そうですね。でも、意外でも、想像が出来るので不思議です」
「それは…何ですか、髪飾りを選ぶ様子を?」
「いえ、千世さんを可愛がられているご様子ですよ」

 えっ、と千世は思わず困ったように眉を曲げると、彼女はその眼鏡の奥の目を細めて笑う。他意がないのは分かるのだが、やはり関係が知られているのは知られているで、それはそれでなかなかどうして慣れないものだった。髪に伸ばした指先で、自然と髪留めをそっと撫でる。

 

(2021.11.18)