子供

2021年11月17日
おはなし

子供

 

 疲れた、と畳の上でぐったり横たわった千世は、ごろんと寝返りをうちうつ伏せになった。
 時折こうして疲れたと呻いている姿を見ることはあるが、今日は特別疲れ果てた様子で、髪もぐしゃりと乱れている。普段ならばどうしたのかと心配をして声を掛けるものだが、今日の彼女のその疲れ切った表情というのは、眺めていて自然と笑いが零れた。
 ふふ、と思わず漏れた声に千世はぱっと顔を向けると、少し不満げに口をへの字にする。

「よっぽど疲れたようだが」
「…それはもう、明け方まで仕事してた方がマシなくらいに」

 手元の本を閉じ立ち上がると、十四郎は彼女の傍へと移動し腰を下ろす。うつぶせのままの彼女の背に手のひらを乗せ、筋を解すようにぎゅうと押してやれば気の抜けたような声を漏らした。
 今日千世は一日流魂街に滞在していた。というのも、十四郎が月に一度ほど流魂街に住まう子供を集め交流を行っていたのだが急遽都合がつかなくなり、代打として彼女に向かって貰ったのである。
 およそ二十人ほどの子供を相手に、紙芝居の読み聞かせから鬼ごっこなどと、兎に角一日走り回るのだが、これがなかなか骨が折れる。歳や体力を考えればそろそろ引退かとも思いはするが、しかし子供たちの笑顔と楽しげな声を聞くと、そうも言えない。
 それに何より、瀞霊廷の話をよくせがんだ。白くそびえる、足を踏み入れることの叶わないその場所に一体何が在るのかと、彼らの疑問と興味はは尽きない。ひとつひとつ答えてやれば、その瞳をこれでもかと輝かせるのだ。
 もともとはその為に今日の予定は数ヶ月前から空けていたのだが、急遽外せない所要が入り向かえなくなったのだった。他の日程へ移動させる事は出来たが、だが今日を楽しみにしている子供たちを思うとそうも出来ず、休日であった千世に頭を下げて代わりを頼んだのである。

「悪かったね、折角の休日に」
「疲れましたけど、でも楽しかったですよ。子供たちと関わることなんて、あんまり無いですから」
「そうかい、それならまた次も…」
「それはご遠慮します…というより、子供たちが会いたがってたんです。浮竹隊長は、ってみんな口々に聞くんですよ」

 そうか、と彼女の言葉に十四郎は自然と笑みが溢れる。そう頻繁に顔を出しているわけでもないというのに、人懐っこい子供たちの事を思うとつい目尻が下がった。
 千世によれば、はじめは突然現れた見知らぬ死神の姿に子供たちも警戒していたようだ。しかし腕の副官章を見せ十三番隊の者だと伝えれば途端に表情を緩め、それから打ち解けるまでは早かったと思い出すように目線を上げ、穏やかに笑う。
 瀞霊廷で護廷隊に所属をしていれば、子供と積極的に関わるような機会は実に少ない。今日の事を彼女へ頼んでおきながら、千世が子供と遊ぶ様子というものはあまり想像が出来ないのが事実だ。可能ならば、彼女が子供たちと交流する様子をどこからか眺めてみたかったものだが。
 そうぼんやりと考えながら、背を揉みほぐすように押し込んでいた手をふと止める。心地よさそうに目を瞑る彼女がどこか満足気に口元を緩ませているのを見て、どうしたのかと尋ねる。
 眠たげな瞼をゆっくりと開いた千世の視線は、ゆらりと十四郎を捉える。

「私達にも子が出来たら、いつかはこうして遊ぶのかなと思ったんです」

 ふふ、と彼女はその光景を思い出したのか小さく微笑んだ。それからまた心地よさそうに目を瞑り、そのままうとうとと、気付けば小さく穏やかな寝息が漏れ始めていた。
 彼女の背に乗せていた手のひらを、その額へと移動させ優しく撫でる。細く柔らかい髪をくしゃりと指先に絡ませながら、彼女の夢を邪魔せぬようにそっと息を潜めた。

 

(2021.11.17)