金木犀

おはなし

金木犀

 

  網目の細やかな竹ざるの上に、橙色の星屑が広がっている。風がひとつでも吹けば散らばってしまいそうなその欠片たちを千世は見下ろしていた。
 部屋を締め切っているからか、独特の甘い香りが濃く漂う。この時期になると、道を歩いていればふっと香り、風上を少し見てみればこの橙色の小花が目に入るものだ。外でさえ、その甘さに思わずうっとりするくらいだと言うのに、こうして締め切った部屋で味わう金木犀の香りというのは多少酔うほどだ。
 小花が風で飛ばないようにと締め切っていたのだが、流石に空気の入れ替えでもしようかと立ち上がったと同時に襖がからからと開いた。隊長羽織の姿で現れた十四郎は、すんすんと鼻を鳴らす。
 竹ざるの上の金木犀に気付くと、納得するようにこれかい、と微笑んだ。家に帰るなり良い香りだと思ったのだと、それはどこか満足げな様子であった。

「どうしたんだ、こんなに沢山の金木犀」
「卯ノ花隊長から、四番隊の裏山で満開だと伺って…お茶にしようと、少しいただいてきたんです」
「桂花茶か、良いな」

 先日所用で四番隊を尋ねた際に聞いた事だった。丸坊主にならないくらいであれば花を持ち帰って良いと言うから、それならばと休日の今日、いそいそ山に分け入り摘んできた。瀞霊廷のあちらこちらにあるような綺麗に剪定された枝ではなく、好き勝手に伸びた枝葉からはまだ咲いたばかりの小花が覗いていた。多少揺らすくらいでぱらぱらと落ちる様子はまるで雪のようだとも思う。

「思っていたより、早いおかえりでしたね」
「急な召集だから何だと思えば、全隊健康診断の話だった。また週明け、隊舎で話すよ」
「そういえばそんな時期でしたね」

 十四郎は金木犀のざるの横に腰を下ろすと、覗き込みその花を軽くすくい上げるように触れる。
 これからこの竹ざるの上にのせた金木犀を日陰で数日干し、水分が飛びかさかさになったものをそのまま煎じるか、他の茶に混ぜても良い。しかしこのむせ返るような甘い香りは、乾燥してゆくにつれて失われてしまうから、いっそこのまま香水などにしてしまいたいとも思った。

「花言葉は好きかい」
「ああ、はい。好きですが、でもあまり詳しくはないんです」
「俺もまあ詳しい訳では無いんだが、金木犀のはよく覚えててね。幽世という意味があるんだと」
「かくりよ?どうしてですか、こんなに可愛くて良い香りなのに」

 ぱらぱらとその指先から小花を落としながら、十四郎は頷く。まさかこんなに可愛らしく健気な花とは無縁な言葉に思える。千世たちが住まうこの場所はつまり幽世ではあるが、どちらかとえいえば、この輝くように咲く花からは、生命力を感じるものだが。
 彼によれば現世では、まるで死後の世界へ繋がるようだと、その強い芳香から思われたのだという。死後の世界に繋がる香りの花が、この死後の世界にも咲いていて、それならば今この優雅に漂う香りはどこへ繋がるというのだ。この幽世の先、があるかは知らないが、もし存在するとするならば、そこまで届いて繋がりでもするのだろうか。
 そんな事は存ぜぬとも言うような様子でしれっと甘く香る金木犀に、千世も手を伸ばした。花言葉を真剣に考えた所で、意味がない事は分かっている。単に誰かが勝手にその花の印象で、決めただけの言葉や意味に過ぎない。だが一度知ってしまうと、まるでその言葉のため、懸命に花開いているかのように思うのはどうしてだろうか。

「後で小さい巾着に入れて、隊長にあげますね」
「ん?どうして」
「え?えー…なんとなくです」

 別に深い意味は無かった。この強い香りを吸い込んでいると、現世での解釈も案外間違いでないと思ったのだ。これだけ濃く甘く香りを放ち続ける匂い袋を持たせれば、きっと何処に居てもその場所が分かるのではないかと、そんな子どもじみたことを考えてしまったのだ。

 

(2021.11.14)