神様

おはなし

神様

 

 十四郎は、ふとまな板の上で半分を切り落とされた大根を見下ろしながら、今朝のことを思い返していた。
 この立派な大根は、先日隊の子が実家で豊作だったからと分けてくれたものだった。下手をすれば成人男性の腿の太さほどある立派な大根で、渡された時には思わず目を丸くして見つめたのだった。
 今日は非番であった十四郎は、早朝の台所で夕飯はふろふき大根にでもしようかと見下ろしていたのだが、朝の支度を終えた千世が顔を覗かせ、なんとそれをずばり言い当てた。今日の夕飯は大根ですか、とそれだけならまだ分かるが、ふろふき大根ですか、とずばり言い当てられるとは思わなかった。
 そうも分かりやすいだろうか、と思い返していたのだ。だが、ふろふき大根を作りそうな表情というものがあるとは思えない。大根を使った料理などそれこそ煮物や、漬物、汁物に使う事だってあり得るというのに。
 いやはや不思議なことがあるものだと思った。と同時に、何か目に見えない繋がりのようなものを勝手に意識して、どこか嬉しかったのだ。同じ時間を共に過ごしてゆくというのは、こういう事なのだろうと、その穏やかさが微笑ましかった。
 さて、と皿を並べる。炉の上の鍋の蓋の隙間からは、白い湯気が昇り、蓋を開ければきっと良い香りがこの台所中に漂うことだろう。
 そろそろかと時計を見上げると、腹が情けない音を立てる。間もなく彼女の気配を屋敷の近くに感じ、玄関からがらがらと戸を引く音が耳に入った。途端に冷たい風が家を通り抜け、思わず身震いする。

「おかえり。寒かったろう」
「冷えてきましたね、風も強くて」

 千世は下駄を突っかけ土間へ降りると、炉の前で暖を取るように手のひらを鍋に近づける。あったかい、と至福そうに呟く彼女は白く丸い大根が煮立つ鍋を覗き、嬉しそうに微笑んだ。

「ふろふき大根ですね」
「そう。あとは、南瓜の煮物も」

 そう言いながら、冷ましていた鍋の蓋を空けてみれば途端に南瓜の甘く良い香りが立った。今度はその中身を覗きながら、南瓜、と千世は繰り返した後に十四郎を見上げ、途端に目を輝かせる。思っていた通りの様子に、思わず笑った。

「どうして分かったんですか?私が南瓜を食べたかった事!言いましたっけ?言ってないですよね?」
「さあ、どうしてだろうな」
「えー!?すごい、すごいですね!私の考えてることが分かるんですか?」

 余程嬉しかったのか、早く食べたくて仕方がないのか、その場で死覇装の腰紐を緩め始めた千世を慌てて部屋で着替えるよう促す。すみません、と笑った彼女は土間から上がり少し進んでから、ぱたりとその足を止め振り返った。
 しばらく無言で立ち止まっている千世に、首をかしげる。どうした、とやがて尋ねてみれば、彼女は一瞬躊躇ったように口を閉じたが、また小さく開く。

「なんか、夫婦って感じですね」

 そう言い終えると、十四郎の言葉を待たずに逃げるように部屋へとその姿を消した。
 数日前に南瓜が食べたいと呟いていたことを彼女はすっかり忘れているのか、まるで以心伝心だとでも思ったのだろう。部屋で雑誌に目を通しながら、まるで独り言のようだったから口に出した意識も無かったのかもしれない。
 千世がそう言ってたからだよと、そう一言答えてやればよかったのだが、やけに嬉しそうにはしゃいだ姿を見てつい面白半分に誤魔化してしまった。ねたばらしをしようかとも思ったが、微かに聞こえた鼻歌を耳にして、まあ良いかと緩む口を閉じた。

 

(2021.11.13)