カメラ

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 現世品のカメラというものを手に入れた。ただのカメラではなく、デジカメというらしい。意味は知らないが、普通のカメラとは違って写したものをその場で確認できる種類をデジカメと言うのだと、店員が教えてくれた。
 休日、何か面白いものは無いかと瀞霊廷の雑貨店に顔を出した時に店の端に値札を三度書き換えられているそれを見つけた。店員に聞いてみれば、もともと入荷時点から壊れていて一部の機能が使えず、更に売れないまま時間が経ち電池の消耗もあり残りの寿命が少ないのだと言う。
 電池を充電する術がなく、あとはもう電源が落ちる時を待つだけのものを元値の半値以下で買った。使い方は店員に軽く習い、写真を撮りそれを確認するところまではどうにか覚えた。明るさを変える設定もあるようだったが、そこまで難しいものは覚えられないからとそれ以上は遠慮した。
 帰宅し、早速電源をつける。本体の電子小窓に鏡のように映し出される畳と自分の足を試しに撮る。上の釦を押せば一瞬小窓は暗転し、少ししてから撮影された写真が映し出された。ほお、と思わず声を上げる。
 散々店頭でも感心したが、やはり不思議なものだ。腰を屈め布を被り写すような大きな写真機は知っていたが、この手のひらに収まるくらいの大きさで更にその場で撮影写真を確認できるとは驚いたものだ。
 少ししてまた撮影待機状態に戻ったカメラを持ち、縁側へと向かうとそのまま下駄をつっかけ庭に出た。最近、庭の立葵が綺麗に花を咲かせたばかりだったから、それを撮ってやろうと思ったのだった。
 背丈ほどに伸び、大きく開いた白い花を画面に収める。今まで適当な場所ばかりを写していたが、こうして絵になるものを写すというのは満たされた気になる。写した立葵の写真を画面で見返していれば、足音が聞こえふと縁側を見遣る。

千世、おかえり」
「戻りました……何されてるんですか?」
「ああ、待ってくれ。そのまま」

 動かないで、と千世の動きを止め、浮竹はカメラを向ける。不思議そうな顔をする千世は言われた通り固まったまま、写真に収まった。動いて良いよと呟きながら早速画面を確認してみれば、しっかりと不思議そうな顔をした彼女の姿が収まっていた。
 下駄を突っかけてやってきた千世は、浮竹の手元を覗き込む。うわ、と驚いたように声を上げた彼女にどこか自慢気になりそうな口元へ力を入れた。

「すごい、何ですかこれ」
「雑貨屋で買った、デジカメというらしい。その場で撮ったものが確認出来る、現世のすぐれ物だよ」
「そうなんですか…でも、高かったんじゃないですか」
「それが、もう見切り品でね。電池も少ないらしく、安かったんだ」

 へえ、と感心したように頷く千世に再びカメラを向けると、緊張した面持ちでじっと固まる。小窓に写った彼女に思わず笑いながら釦を押下すると、何で笑うのかと不服そうに口を尖らせた。
 またカメラを向けたくなる気持ちを抑えながら、戻ろうかと呟く。彼女はひとつ頷いて、下駄を引きずりながら戻る。その背を見ながら、あと一枚だけと最後に写真を収めた。

 その夜、千世は余程疲れていたのか、風呂から上がると倒れるように眠ってしまった。未だ眠気の遠い浮竹は、寝室の隅の文机で蝋燭の明かりをたよりに軽く書類を纏めていた。一段落した頃、ふと思い出し脇に避けていたカメラを手にする。
 電源を点け、三角が横倒しになったような印の書かれた釦を押せば撮影した写真が小窓に表示される。浮竹は画面の明かりで顔を照らしながら、あれ、と思わず声を漏らした。
 知らぬ写真が収められている。台所に立つ自身の後ろ姿が表示された小窓を暫く浮竹は眺めていたが、恐らくこの様子は今日の夕飯後のものだと気づいた。食事の後の食器を洗っていた時、思い出せば確かに千世が静かだったのだ。
 いつもならば横に来て話しかけたり、洗い上がった皿を手ぬぐいで拭いたりするのだが今日に限っては姿を見せなかった。何をしているのかと思えば、カメラに興味を持ってこっそりと写真を撮っていたのだろう。
 遡っていけば陽の落ちてきた庭と部屋の写真が数枚、二つ並ぶ下駄の写真、そして試しに撮ったのか畳に立つ足元の写真が彼女の分の最後だった。何度か行き来して、彼女の撮ったものを見返す。
 それは見慣れた風景だったが、自分の目で見る景色とは少し違う。彼女の背丈から撮られたものは不思議なことに何度見返しても飽きない。彼女が興味津々にカメラの釦を押す姿が目に浮かび、自然と微笑んでいた。
 さらに遡ると浮竹が最後に収めた彼女の後ろ姿が現れた。縁側に向かって駆けていく姿、何ということのないものだというのに、この小窓に写る動かない背中がやけに遠い思い出のように見えてしまう。

 すぐ傍で寝息を立てている本物が居るというのに、つい時間を掛けて見返してしまった写真の数々に満足して電源を落とした。すうすうと、規則正しい寝息に浮竹は振り返る。布団の上で盛り上がった薄い掛け布団が上下する様子に、カメラを手にして立ち上がった。
 口を僅かに開いて、心地よさそうに眠る彼女の顔を浮竹は腰を屈めじっと見つめる。果たして何の夢を見ているのか、暫く眺めていたいほど気持ちよさそうな眠りっぷりだ。
 浮竹は手にしていたカメラを彼女へと向ける。意識の無い中悪いと思いながらも、どうしても収めたいと思った。今しがた夕方の彼女を見返していたように、その幸せそうな寝顔を見返したいと思ったのだろう。
 釦を押下し小さな音を立てて画面が暗転する。正直、何が写っているか判別が難しいほどの暗さだったが、しかし収めた事に満足をしてカメラの電源を落とした。

 数日後、カメラの電源釦を押したが画面が点く事は無かった。何度か押し直してみたものの、うんともすんとも言わない。店員の言っていた通り、電池がもう無くなってしまったという事なのだろう。分かっては居たが、こうも早いとは。
 最早ガラクタとなってしまったカメラを手にしながら細く息を吐き出す。パチパチと釦を軽く遊ぶように押しながら、収められているはずの写真を思い出し目を細めた。

2021.07.11