出られない話

※セックスしないと出られない部屋に閉じ込められた結構状況に無理がある話です 目が覚めると、真っ白な天井が目に入る。此処が何処なのか、そのぼんやりとした頭では未だ分からず重いまぶたを持ち上げてぱちぱちと何度か瞬きをした。 体が重い。何の色もない天井を見つめたまま自身の行動を思い出してみるが、居酒屋で松本と酒を飲んでいた事をどうにか記憶の奥から引きずり出した。それから今までの記憶が無いということは、それなりに飲んだということなのだろう。 またやってしまったか、と自分の自制の無さにうんざりしながら寝転んだまま周りを軽く見回す。不思議な場所だ。天井だけでなく壁も床も白く窓はない。執務室よりは多少広いくらいだろうか。少しずつ起動する頭でこの場所が一体何処であるかと考えては見るものの、しかし結局答えは出なかった。 どこだここ、と呟きながらもう一度目を瞑る。その時、トントンと何か板を叩くような音が部屋に響き慌てて飛び起きた。 「…隊長……！？」 「ああ、。起きたか」 「ど、…どうして此処に…というか、此処どこですか…」 飛び起きた足元の方向に、浮竹がぽつんと立ち壁を軽く叩いていた。どうして彼が此処に居るのか分からないが、ひとまず立ち上がり近くへと歩みを寄せる。 「此処、何処ですか」 「それが俺にも全く分からなくてな…目覚めたら此処に居た」 「出口は…無いんですよね、隊長が探してるということは」 その通り、と浮竹はそう言って眉を曲げ笑った。訳のわからない白い部屋に二人で閉じ込められ、笑っている場合ではないと思うが最早笑うしか無いのだろう。浮竹はもう一度壁を叩く。ここ、と彼が位置を変えながら壁を軽く手の甲で叩くと、その辺りだけ軽い音がする。 指差す部分をよく見ると、薄っすらと天井から地に向かって縦に一本割れ目のような部分も確認出来、恐らくその部分がこの部屋唯一の出入り口という事になるのだろう。 瀞霊廷でこのような場所に訪れたことは一度としてない。無機質で、まるで実験施設のような様子だ。一瞬技術開発局という文字列がまさかと頭を過るが、しかし二人で閉じ込められる理由がない。 だが彼らに理論が通じるとは思っていない。何かを突然思い立ち実験台として突如選ばれた可能性は無きにしもあらずだ。それが偶然であるのか、狙われていたのかは知らないがいずれにしろ何の説明も無いというのは不親切に変わりない。 「昨晩の事は覚えているかい」 「……その…乱菊さんと、飲んでいたところまでは…」 「そうだろうな」 は申し訳なく頭を下げて肩をすくめた。どうやら、浮竹によればのあまりに酷い有様を見かねた松本に呼び出され、居酒屋まで迎えに来てくれたのだという。帰りたくないとごねるをどうにか背負い、人通りのあまり無い住宅街の薄暗い道を歩いている所までは浮竹も記憶があるらしい。 そして気づけばこの部屋で仰向けになっており、横にが寝息を立てて転がっていたという。そう淡々と説明し終えた浮竹は、力なく笑う。申し訳ない事をしてしまったと、はまた深々頭を下げた。呑んだくれたを迎えに駆り出されてしまったが為にこの訳のわからない状況に陥ってしまったのだ。 恐らく隊舎で残業でもしていたのだろう、隊長羽織姿のままだ。 「…すみません、こんな訳のわからない目に遭わせてしまって…」 「いや、むしろ一緒で良かった。でなければ、この部屋に一人だったかも知れないよ」 この訳のわからない状況に置かれていても人の身の心配をするとは、あまりの自分の情けなさにほとほと呆れたくなる。はため息を一つ吐きながら、壁にまた近づき手を添え耳をそばだてる。 しかし外の音が漏れ聞こえる事も無く、しんと静まり返った中互いの呼吸音が耳に入るだけだ。この部屋全体は殺気石かまたはそれに似たもので出来ているようで、浮竹も何度か試したようだが鬼道の類で破壊する事は叶わなかったという。となれば、果たしてどうすれば良いのか皆目見当がつかない。 呆然と白い壁を見つめていれば、ふと頭に何か軽いものがぶつかる感覚にびくりと首をすくめる。乾いた音を立て落ちた何かを見下ろせば、それは一枚の紙だった。手のひらに収まるほどの紙を拾い上げると、一文記されている。 これ、とが浮竹を呼べばその紙を覗き込むように彼は近づいた。 「番へば開く…どういう意味でしょうか、これ」 あまり聞き慣れない文字の連なりに、は首を傾げ彼の顔を見上げる。開くとは、この扉の事だろう。鳥など動物の雄雌の組み合わせを番いと言うが、しかしそれと扉が開く事とどのような関連性があるのかが分からない。 その一文に目を通した浮竹は少し考えたように唸ると目線を外す。幾分か気まずそうにも見える様子の理由は分からないが、もし何か思い当たる節があるのならば教えて欲しかった。今は未だ良いが、この窓もない真っ白な空間に閉じ込められ続ければ、流石に浮竹と二人であってもいずれおかしくなりそうなものだ。 隊長、とは窺うように呼びかけると、彼は再びへ目を向けた。 「組み合わされれば開くという事だろうね」 「…組み合わされる……」 「つまり、まぐわいのことを差すんだろうが」 相変わらず呆けたようにぽかんと浮竹を見上げる。通りで気まずそうな筈だ。確かに番うという言葉の意味とこの状況とを重ねればその解釈は的外れで無い気がしてしまう。だがあまりに目的不明な要求が簡単に理解できず、目を白黒とさせる。 「は、はい！？…ど、どういう仕組みですか！？というか、何でですか！？」 「良く分からないが…仕方ない。始めようか」 「ち、ち…ちょっと！！待って下さい！！」 腰紐に手を掛けた浮竹に、は顔を真赤にして悲痛な声を上げる。全く理解が出来ないこの状況の中、その飲み込みの良さにはついて行けていない。誰がけしかけたか分からないこの状況で、その紙にある通り抱かれてこの部屋から必ずしも出られるとは限らないだろう。 見計らったように突然落ちてきた紙の意味も分からない。は天井を見上げてみるが、しかし何の隙間も凹みも見当たらない単なる平坦な真っ白い天井だ。 「だって、誰かが見てるかも知れませんよ！？私達の行為を…その、つまり…そういう趣味の人にきっと連れ去られたんですよ、私達！」 「それなら尚更、言う通りにしなければ此処から一生出られんぞ」 「でも、他に何か方法が…」 「さっきも言ったが、一通りこの部屋は調べたよ」 確かに、今この状況で与えられている脱出の可能性はこの手元の紙にある通りだ。試す価値はあるのだろうが、しかし事が事だろう。手を繋ぐとか、百歩譲って口付けする程度ならばまだ良かったのだが。 向かい合ったまま、はそわそわと視線を右左させる。 「だ、誰かに…見られてるかも…」 「だが…もう仕方ない。この部屋から出たいのなら、従う他ない」 「…そうですよね」 そう頷いたものの、直様我に返る。しかし、浮竹が困ったように眉を曲げる顔を見ると彼が思うようにしなくてはならないのだと、そう思考が自然と誘導される。 「でも、急にその…そう言われても…」 「気が乗らないか」 「そ…そういう事ではなくて…いや、何といいますか…」 光源が不明にも関わらず明るく照らされた部屋の中、布団も何もないこの硬い床の上で抱かれる事に抵抗が無い訳がない。安心をさせる為か、の頬を手のひらで包むと腰を屈ませ軽く唇を触れる。 どうしてこの訳の分からない状況を彼は受け入れ、誰が落としたか分からない紙に書かれた通りに自分が抱かれようとしているのか理解が出来ない。確かに浮竹の言う通り、恐らくその司令の通りにしなければこの謎の部屋から出られないのだろうが、しかし誰が一体何のために。 考えるだけ無駄なのだろう。軽く触れ合う口づけが、徐々に熱を帯び深く交わり温い体温が絡み始める。腰を屈む姿勢が辛くなったのか、彼は唇を離すとの背へ手を回し抱えた。宙に浮いた身体は間もなく硬い地面へとそっと寝かされ天井を仰ぐ。 覗き込む彼の顔を見上げると、また頬に手が触れそっと撫でられる。体温を感じ、肌の擦れる心地よさに思わず目を細めた。 「緊張しなくて良い」 「…そんな、初めてみたいに」 何時も以上にうるさい心拍のまま、再び近づいた彼の唇が重なる。柔らかく温い口内は互いに交わらせるほど溶けるように心地よい。頬にこそばゆく触れる彼の長い髪を少し退けるようにすれば、それに気付いたのか掻き上げ耳へと掛けた。 よほどの事がない限り、こうして身体を重ねるのは彼の屋敷の寝室だ。それが今は何処かも分からないこの無機質な場所で行われようとしている。誰かに見られているかも知れない疑念はの中からは拭いきれず、しかし徐々に崩されつつある理性にも気付いていた。 身体の奥が徐々に熱くなる。口づけを繰り返すほどにその熱は燻り指の先にまでじわりと行き渡るようだった。この状況においても身体は彼を求めるように熱を持ち、思考は溶け出し始めるのだから滑稽なものだ。 彼の指先が、の腹の腰紐を解く事に気づいていたが、抵抗するような気は消沈していた。理解の出来ない状況への疑問よりも、このさきを求めるふしだらな感情の方が上回ってしまっているのだろう。 ずるずると脱がされる袴の行方に目を遣る事もなく、やがて訪れるだろうその艶めかしい感覚を待った。 「っあ……す、みません…」 「何に対して謝ってるんだ」 浮竹はそう笑う。下着を避け指先が触れた瞬間、一瞬彼の目がはっと見開いたように見えついすみませんと口から零れた。あれだけ恥ずかしいだの何だのと躊躇っていたというのに、じっとりと蜜を漏らしている事がつい申し訳なくなった。 彼は何時もの通りに柔らかく微笑むと、触れた指先をゆっくりと埋める。その真綿に包まれるような優しい笑みと、生々しく粘膜を分け入れる感覚のちぐはぐさに身体の奥がまたじわり緩んだ。 誰かに見られているかもしれないと、まだその疑念はある。でなければ、その紙上にあった通りまぐわった事を確認し扉を開けないだろう。彼の身体の下でだらしなく足を開き、びくびくとつま先を揺らすこの光景を何処からか見られているのかは知らない。だが今はその羞恥にも勝る心地よさにただ身を捩るのみだった。 染み出す蜜を塗りつけるように、表面を撫で敏感に尖った部分を嬲る。大きく呼吸を繰り返しながら、自然と揺れる腰に唇を噛みしめる。無意識に声を押し殺している事に気付いたのは、彼に唇を指先でなぞられたからだ。 「…誰かが、見てるかもしれないから…」 「だが、誰も見ていないかも知れない」 「た、しかに…っ、は、っ…ぁ」 深く入り込んだ指が身体の裏側を優しく擦る。自然と弓形になる身体と、恍惚し緩む口元から甘い声が漏れた。 また一段と熱を持った頭は、見られていようがもうどうでも良いとでも言うように勝手に唇から声を漏らす。だがもともと、予想をしていたよりも羞恥は激しいものでなかった。 というのも、はじめから見られているかもと気にするに気遣ってか、その身体を覆うような体勢を彼は変えなかった。下半身はそうして剥かれては居るが、胸元は緩いながらも未だに閉じたままだ。 訳のわからない状況で、彼の気遣いを感じる中喘ぐのは滅多にある事ではない。ぼうっとした思考の中、波のように寄せては返す快感に視界を濁らせながら彼の伏した目を見た。 もうだめだとうわ言のように口に出すと、弄っていた二本の指は抜き出され、拍子抜けしたようにはは、と息を漏らす。身体を起こした浮竹の顔には先程までの笑みは無く、淀んだ目の色を見て心臓がどくりと跳ねた。 膝をついたまま腰紐を解き、袴を落としてゆく様子を眺めながら、湧き上がる感情に思わず身震いする。着物も羽織も残したまま、袴と下着のみを下ろした姿でじっとりと見下され生唾を飲み込んだ。 彼が再びの上へと身体を倒すと、着物の合わせが崩れ襟が囲うように垂れる。まるで蚊帳のようだとやけに冷静な感想を抱いたが、やがてひたりと触れた感覚で吹き飛んだ。 硬く熱を持ったそれは蜜の溢れる中心に触れて滑る。何度か馴染ませるように滑った後、迷うこと無くその秘孔へと先端を突き立て沈めた。中から圧迫するその質量は、身体からすれば異物でしかないというのにその擦れる心地の良さは耐え難いものだった。 「ん、ぁっ…わ、わたし…こんな所で」 「…どうした」 「こ、んな所で…きもちよくなって、良いんでしょうか」 「まだ気にしていたのかい」 縋るような目で彼を見るが、困ったように笑うだけだ。半ばも混乱に近いのだろう。この場所を信頼していないのは変わらない事実だが、しかし与えられる快感に耐えられず甘い声を上げている状況が手に余る。 深く抉るように彼が腰を寄せ、腿がひくりと震える。ゆるゆると抜差しを繰り返す度に、ぬちりと互いの粘膜が混ざる音が身体の間から漏れ、この無機質な部屋へ吐息とともに垂れ流される。 最低限の面積で触れ合う素肌がどこか物足りなく思うのは、普段いやというほど隅々まで愛されていることを身体が覚えているからなのだろう。ついばむような口づけの後、暫く視線を絡ませ引き合うようにまた重ねる。 優しく繰り返される抽送だったが、徐々に深度を増し小突かれる度に身体の奥から湧く快感は喉元まで込み上げだらしなく声を漏らす。細かい呼吸が続き朦朧とする中、彼の顔が僅か切なく歪んだ。 身体の中で膨張した彼の熱が震え、その奥へと体温が流れ込む。もっととせがむようにきゅうと肉壁は蠢きその最後の一滴までを搾り取るように絡みついた。求めていたものを与えられ、これ以上無いまでに満たされた感覚に自然と口角が上がる。はじめは躊躇っていたというのに、気づけば彼の吐き出す白濁を求めて喘ぐのだから卑しい身体だ。 苦しげに息を繰り返す浮竹は汗ばんだ額に張り付いた髪を鬱陶しそうに退ける。 「扉、開いたんでしょうか」 「…どうだろう」 無言の後のの第一声に、浮竹は笑って答える。気のせいでなければ少し前にガタガタと音が聞こえたように思えたが、今は未だ確かめに行けるような状況ではない。 可能性の話として始まった事だったが、結果この密室から出られるのならばまあ良かったのだろう。良かったという事にするしか無い。徐々に熱の覚めゆく中、結局訳の分からないまま至ってしまったこの状態に、形容し難い感情が沈殿する。 温い体温に抱かれる幸福感と、罪悪感に似た感情が渦巻く中額に唇を落とされは目を瞑る。目を瞑れば、それは何時もと変わらぬ優しい心地だった。 は、とは目を開ける。暫く白い天井を見つめた後、身体へと手を伸ばす。衣服の感覚、少し頭を上げ確認すると死覇装を手本通りに身に着けた状態だ。 夢だったのか、と咄嗟につい先程までの出来事を回想する。夢にしてはやけに鮮明で、身体の奥にはまだ熱が残っている。まさかあの行為の後眠ってしまった、訳ではないだろう。恐らく夢だった。思い出すのも恥ずかしい夢を見た。 再び目を瞑ると蘇る光景に、ははあと長く息を吐き出す。思い出すほど訳のわからない夢だった。抱かれなければ出られない謎の白い部屋に閉じ込められる夢など、昨日松本との酒の席で散々下世話な話を聞かされたからだろう。 馬鹿みたいだ、欲求不満という訳でもないだろうに、ああも生々しい夢を見るなど。 さて、とまた目を開くと、白い天井が再び目に入る。自然と息を呑んだ。おかしな話だ。つい先程まで飽きるほど見上げた白い天井、首を横に向ければ白い壁、白い床。 うそ、と小さく呟いたその時、トントンと壁を叩く音が聞こえ咄嗟に身を起こす。振り返ると、今の今まで身を預けていた男が壁際にぽつんと立っていた。 「…隊長……！？」 「ああ、。起きたか」 どうも閉じ込められたようだと、そう困ったように笑う浮竹を見つめながら、背筋をぬるりと這う身震いするような感覚をそっと嚥下する。この高揚感からするに、あの状況が存外満更でもなかったのだと、は今更自覚するのだった。 2021/07/03