魚の骨で死にました

50音企画

魚の骨で死にました

 

 ゆらゆらと身体を揺らされている。深い眠りから急激に上昇する意識に身体が追いつかず、隊長、と呼びかける微かな声に目を瞑ったまま適当に頷いた。意識はまた深いところへと落ちようとするが、また彼女から名前を呼ばれ上昇する。
 とうとう彼女は痺れを切らしたのか、より大きく身体を揺らし隊長、と耳元で呼んだ。とうとう浮竹はその眠い目を無理矢理に開き、直ぐ側で腰を下ろす彼女を見上げる。

「…どうした、まだ夜中だろう」
「そうなんですが」

 不安そうな表情をする彼女の手を引く。怖い夢でも見たというような様子だったから、布団へ引き入れれば多少は安心して眠るだろうと思った。だが彼女は抵抗するようにその手を振り払う。
 目を薄く開きどうした、ともう一度尋ねるが彼女は何も答えずただ眉を僅かに曲げながら見下ろすだけだ。いつもと違う様子に浮竹はとうとう半身をのそりと起こした。

「どうした」
「その…すみません、怖い夢を見ました」
「それなら此方に来て眠りなさい」
「それは有り難いのですが…どうしても起きて欲しくて」

 身体を起こしてからは、不安そうな表情も確かに幾分消えたように見える。話を聞けば、浮竹が死んだ夢を見たのだという。死因は分からないが、何度呼びかけても目覚めない、地獄のような夢から死にものぐるいで目を覚ましたのだと彼女がは力説した。それはまあ何と実に直接的な縁起の悪い夢だろうかと思わず笑う。
 笑い事ではないのだとまた眉を曲げた千世の頭に手のひらを乗せ、そっとその髪を撫でればまたふっと表情が緩んだ。

「明日も出勤だろう、早く眠らないと」

 おいでと布団を持ち上げ彼女を呼ぶ。ひとつ頷きもぞもぞと入り込んだ彼女の背に手回し引き寄せると小さな呼吸音が直ぐ側で聞こえた。二人分の体温が収まり、その心地よい温もりに眠気がまた頭の奥から湧き出るようだ。僅かに目を瞑りうとうととしていれば、腕の中の彼女がまた名前を呼ぶ。
 眠れないのか、と問うと小さく頷いた彼女の頭をまたそっと撫でた。嫌な夢が後を引く気分は分かる。目を瞑るとその光景を思い出し、この夜の暗さに怯えてしまうのだろう。

千世が眠るまで待っていようか」

 その言葉で安心したように頷いた彼女は、そっと目を瞑る。眠気は絶えず目の奥で燻るが、だが彼女に宣言した手前まさか先に意識を落とす事はできまい。だがこの腕の中の規則正しい呼吸音がやがて穏やかな寝息へと変わるまで、きっとそう時間はかからないだろう。