駅まで水底

50音企画

駅まで水底

 

 浮竹が一週間ほどの間瀞霊廷を離れていた。五席の千世に詳しい話は回ってきておらず、何やら遠方に挨拶へ向かう為だと噂では聞いている。
 彼の居ない隊は、どこか皆そわそわと落ち着かない。床に伏すことも多く隊舎で見かける姿は多くはないが、瀞霊廷から離れているとなるとやはり皆不安に思うものなのだろう。
 千世もそっと彼の帰りを指折り数えていた。予定であれば今日帰るはずだったのだが、外は朝から生憎の雪模様となっている。時間を追うごとに増してゆく雪を隊舎から見上げていれば、昼頃突然副隊長の海燕に呼びつけられた。何かと思えば、この雪の中浮竹を迎えに行ってくれという事らしい。
 もう少しすれば一番近くの宿場に着く頃だろうと言い、これらを渡すようにと防寒具をどっさりと千世の前へ重ねた。彼が発った一週間前の今頃は確か良い天気だった。暫くはこの陽気が続くとの予報だったのだが、天気というのはそう予報通りにはいかないものだ。
 思わぬ状況で与えられた仕事に、喜んで良いものか何とも言い得ぬ気分だった。恐らく単に手隙だったのが千世だったという事なのだろうが、宿場で彼を迎え連れ立って瀞霊廷まで帰るとは早々ない機会だ。
 千世は雪の積もった地面をみしみしと踏みしめながら進む。浮竹は馬を使っている筈だが、この雪の中駆ける事は難しいだろう。宿場に着いたが、海燕に指定された宿には案の定未だ到着して居ないようだった。予定ではこの宿で一旦休み、夕方には瀞霊廷へと戻るのだという。
 暫く宿屋の玄関先で火鉢に当たりながら待っていたのだが、しかし来る気配がない。宿屋の主人もこの雪じゃなあ、と言う程だからもしかすれば何処かで立ち往生をしている可能性もある。
 思い立ったように千世は多少の荷物を預け、宿屋を出ると海燕の言っていた西方へと足を向けた。指先の感覚が無くなる程の寒さの中、恐らく一里程は進んだ頃、ようやく道の先にその姿を見つけた。馬を引いて進む姿に千世は急いで駆け寄れば浮竹は驚いた、と一つ呟く。

「志波副隊長から、迎えに行くようにと」
「そうだったか…ありがとう、助かるよ。此処まで大変だったろう」
「大変なのは隊長です。これ、羽織られて下さい」

 笠の上に積もった雪を払うと、千世が背負っていた荷物から取り出した羽織へ手を通し襟巻きを巻いた。多少の防寒はして行ったのだがと浮竹は笑う。しかしまさかここまで冷え込むことになろうとは思っても居なかったのだろう。

日南田、乗りなさい」
「いえ、隊長が乗られて下さい。私が引きますから」
「何を言うんだ、こんな中引かせられる訳が無いだろう」

 元より彼の乗る馬を引くつもりで迎えに来ていたのだが、どうにも千世が引く事を浮竹は嫌がる。暫く押し問答のようになったが、結局折れたのか分かったと一言浮竹は言う。

「それなら、二人で引いて行こうか」
「それでは意味が無いですよ」
「互いに譲らないんだからしょうがないだろう」
「でも…」
「良いんじゃないか。宿場まで、ゆっくり話でもしながら向かうのも」

 そう言って浮竹は笑うと、再び歩を進める。彼の作った足跡をなぞるようにして追いかけると、その横へと並んだ。笠の上に再び薄く積もった雪が、崩れるように彼の肩へと落ちる。白い髪と白い肌が雪景色に混じるようで、思わずその横顔を見つめていた。
 彼の隣を歩ける事など、副隊長でもない限り滅多に無い機会だ。今頃になって湧き上がる幸福な感情を奥歯で噛みしめるようにすれば、自然と頬が緩む。その不用心な視線にとうとう気づいたのか、その顔を千世へと向けた。

日南田は、休日何をして過ごしてるんだ」
「…休日…?」
「いや、さて何を話そうかと考えていたんだが…そもそも俺は隊外での日南田を、あまり知らないと思ってな」

 だから教えてくれないか、と浮竹は眉を曲げて笑う。暫くその言葉にぽかんとしていたが、ようやく状況を飲み込めた千世は二、三度頷いた。
 しんしんと雪の降る中相変わらず手足の先は凍るように冷たく痺れていたが、今は非常に些細なことだと思える。宿場までの一里は、きっと生きてきた中で最も短い一里に違いなかった。