見せる話

その日は偶々、付き合いの宴席のあった夜だった。予定よりも早く切り上げた浮竹はが待つ自身の屋敷へと帰宅したのだが、寝室の襖の前へと立った時何やら妙な物音が聞こえ耳をそばだてた。 吐息混じりの微かな声は、よく聞き覚えがあった。僅かに開いた隙間から絶えず聞こえる彼女の甘い声は、紛れもなく彼女が自らを慰めるそのものだった。始めはまさかと思ったものだ。彼女に寂しい思いをさせているというのならまだしも、そうではない。つい先日も睦言を交わしたばかりだというのにどうして。 だが理由を考えた所で分かるはずはない。湿っぽさを増すの漏れ出す声は、徐々に高く、短く途切れる。身体とは素直なもので、彼女の甘い声を耳にしているだけで乱れる姿が脳裏に浮かび勝手に想像が膨らんだ。いつもはこの手で、身体で啼かせている筈が今は彼女自身の手づから弄びその柔らかな肉感を持つ身を捩り震えているのだろう。 沸き立つ感情は抑えきれず、しかし覗く勇気は不思議と生まれなかった。今まで幾度となく彼女が乱れる姿は見ていたが、彼女自身の手で乱れる姿というものはかつて無い。姿を目にした瞬間、箍が外れてしまうのではないかとそれが少しばかり恐ろしかった。 だが結局、彼女が息を詰まらせながら名前を呼ぶ声であっさりと理性は消えた。股を開き指先を埋めた彼女が、人の枕に頬を寄せている姿にはひどく動揺をしたものだ。恋人の体臭を吸い込みながらまさか自慰に耽っていたとは、普段の様子からは到底想像に及ばない。 背徳的な行為に青ざめた様子で慌てる姿というのは、どういう訳か身体の奥底から欲を引きずり出す。きっと幾度となく過ごした夜を思い出しながら敏感な突起を弾き、蜜の溢れる穴へと指を埋めていたのかと想像すると身体の中でどろりとした感情が生まれるものだ。 あの時は結局、恥ずかしいと言う彼女を誤魔化すように口づけを施しながら彼女自身の指を埋めさせ一度は上り詰めたが、その後は我慢ならず挿入へともつれ込んだ。出来ることならば彼女一人でその快感の頂へ達する姿をただ眺めてみたいものだったが、流石に出会い頭では難しい。 だから次は見せてくれと伝えていた。その要望が普通でない事など分かっていたが、言ってみれば昼間上司部下として顔を合わせる二人が夜な夜な肌を重ねる事も普通ではないのだから、普通ではないついでとして別に良いだろうと思った。 「…覚えてらっしゃったんですか」 多少時間が空いていたから、忘れているかと安心していたのだろう。話を持ち出すと彼女は困ったように眉を曲げ、動揺にうろうろとさせていた目線を下げる。覚えているも何も、いつ言い出そうかと夜が来る度に様子を伺っていた。 が風呂上がりに擦り寄るように布団へと潜り込んできたのは少し前の事だ。やけに甘えた様子と触れる肌の熱は口に出さずとも誘うものだと分かる。しっとりと濡れた唇を長く重ね、熱の籠る布団の中で軽く結ばれた帯を解くこと等造作ない事だった。 そう肌を撫でながら、ふと思い出したようにくだんの件を口にした。 「どうして、その…見たいんですか」 「理由を聞くのは野暮じゃないか」 「や、野暮…？」 口に出しておきながら身勝手なものだと自覚はある。理由などただ彼女が独り乱れる姿が見たいという口にするのも憚られるような短絡的なものだ。 混乱した様子の彼女はうろうろと目を泳がせていたが、それはどこか満更でもないものに見えた。今日は恐らく互いにどこか気分的にも余裕がある。というのも今日はおよそ定時で仕事が切り上がり、こうして床についたのも普段に比べれば随分早い。 それに何より、燻った熱を途中で投げ出す事など出来無いのだろう。は暫く無言で固まったままだったが、ようやく小さく息を吐き出しもぞもぞと身体を起こす。浮竹もそれに促されるように身体を起こすと、敷布の上で向かい合うような状況となった。彼女の葛藤は目に見えて分かる。しかし断るという選択肢は元々無いようで、如何に羞恥を捨てるかという所なのだろう。 申し訳ないと僅かには思う。頬を染め、震える息を吐き出すその小さな体はきっと燻る熱に早く触れて欲しいのだろう。腿の上に置く彼女の手が、身体を申し訳程度に覆う寝間着をぎゅうと掴む。開けた合わせから覗く胸の柔らかな膨らみは彼女の呼吸に合わせて上下した。 「…あまり、凝視しないでほしいのですが」 見せてくれと言っている相手に凝視をしないでほしいとは、矛盾をした事を言っている自覚など無いほど一杯一杯なのだろう。浮竹が頷くと、は少し腰を引き足を僅かに開く。片手を後ろ手に付き身体を支えたまま、もう一方の手をそっと足の間へと滑らせた。 布の擦る音があからさまに期待を高めるのが分かる。目線を下げたまま、その指先が擦るように揺れる様が目に入るがしかし肝心なその中心が影で見えない。恐らく彼女もそれを分かっているのか、少し様子を窺う気配を残したまま指を滑らせる。 くちゅりと小さな水音が漏れ聞こえると、一瞬彼女の身体が強張ったのが見えた。それが音への反応であったのか、それとも触れた感覚へのものであったのかは分からない。ただ小さく開いた唇から、はあ、と一つ息が漏れたところを見れば後者であったのかと思う。 だがその影で何が起きているのか分からない。その音から指先が彼女の最も敏感な部分を擦り上げている事は予想できたが、しかしその存在と行為を前にして想像で済ませるというのは実に不条理だった。見せてほしいという浮竹の要望に彼女は沿ってこうして行為に及んでいる訳であって、この影で隠れたままでは不履行とも言える。 彼女の腿に浮竹は手をのばすと、その足を広げるよう促す。はっとしたようには反発するような力を込めたが、優しく内腿まで撫でれば直ぐに従った。 「や、やっぱり……恥ずかしいのですが」 「俺しか居ないだろう、平気だよ」 「何が一体平気なのか…」 彼女が躊躇う理由がそこで無い事は百も承知だが他に答えようがなかった。余裕を気取りながらも内心焦っている。彼女の熱が冷めやらぬうちに後戻りが出来ない所まで進めてしまえば、何かの拍子に我に返られても理性を捨てる選択をするだろう。 小さくため息を吐いた彼女は上目で浮竹を窺うようにしながら、広く開いた足の中心に指先を擦り付ける。大きく開かれたお陰でよくその様子を確認できた。薄い茂みを掻き分け漏れ出した蜜を細い指へと絡ませ、軽く擦り付ける度水音が漏れる。実に淫靡な光景だった。やや後方へとついた左腕だけで上半身を支え、右手は快感を得る為に股を弄る。 はじめは控えめに漏らしていた声は、抑制が効かないのか徐々に音量が上がっていた。あっ、と一つ高く声を上げると、腰をゆらりと揺らす。手を添えていた腿は微かに震え、桃色の花弁は何かを欲するようにひくついた。 眼前で行われる行為に自然と生唾を飲み込んでいた。感情が徐々に昂り始めたのか、は擦り付けるだけであった指をその口を開ける花弁へと滑らせる。いつもはしてやっている事を、彼女が自発的に行う状況に何時もとは質の違う興奮を覚えている事が分かる。 ゆっくりと飲み込まれる二本の指は、恐らく浮竹の指先よりも細く長さもない。勿体ぶるように出し入れを繰り返す度、粘性を伴った音がその部分から漏れ耳を犯す。絶えず漏れ出す蜜は彼女のその白い指にべっとりと絡みつき、やらしく僅かな灯りを反射した。 「…ん、はっ…ぁ…じゅ、しろさん…っ」 溶け出すような声で不意に呼ばれ思わず息を止める。頬を染め潤ませた瞳に視線を奪われ、心拍の上がりようは倍にも感じた。寝間着の下で痛いほど主張する自身のそれを、早く彼女の熱で溶かしたいと頭はそればかりを考えて仕方ない。 だが彼女が今眼の前で、間近に居る恋人を思いながら自慰に耽る様子を中断させてまでその快感を得たいとは思わない。無言で彼女を見下ろしながら、徐々に間隔の短くなる水音を聞いていた。 再び掠れた声で名を呼ぶ彼女に、浮竹は腿へ添えていた手をゆっくりと滑らせる。口をだらしなく半開きにしたまま、は白く柔い腿を細かく震わせた。その表情は時折切なく歪み、指先はさらに深くを掻き出すように出入りする。込み上げる欲情を誤魔化すよう彼女の腿を撫で、細く息を吐く。 自然と息を上げながら、この小さな身体に何をさせているのかと僅かには思う反面、得体の知れない深い欲が麻薬のように思考を麻痺させる。早く触れて欲しいとせがむように媚びた吐息を漏らし誘うは、恥じらう事などまるで存ぜぬ様子だった。はじめあれだけ躊躇っていた事が今は遠い昔のように思える。 「ぁ、わ、たしっ…」 「…どうした、」 「っ、い…くっ…」 あ、と短くは声を上げるとびくりと身体を震わせる。苦しげにくぐもった声の後、彼女はびくびくと何度か震えぐったりとうなだれた。その身体を支えるように触れれば火照りが伝わる。荒く息を繰り返すは顔を上げ、頬を紅潮させたまますみません、と一言振り絞るように言う。 悪いのはどちらかと言えば話を持ち出した浮竹だというのに、この状況でようやく出てきた言葉がそれしか無かったのだろう。 「…すみません、私一人で」 「謝るな、言い出したのは俺だよ」 「でも、…私も途中からは」 途中で言葉を切ると、照れたように笑う。濡れた唇の端がきゅっと形よく上がる様子が微笑ましく、自身のかさついた唇を自然と重ねた。馴染ませるように食むとその柔らかな感触が初めは愛らしくも感じたが、互いの唾液が混じり水気を増す程形を変え貪るように繰り返す。 膝立ちに態勢を変えたは徐々にその身体を浮竹へと寄せる。ずるずると膝を擦りながら僅かな距離を詰めた彼女は浮竹のあぐらを跨ぐとその上へと腰を下ろした。先程の流れから絶えず主張し続ける下半身の膨らみの存在には十二分にも気付いているのだろう。腿の上に彼女の重みを乗せたまま暫く口づけを続けていたが、場所を探るように彼女の手が伸び下着の上から形を確かめるように撫でる。 布一枚を隔てた鈍い感触にじれる。指先につつとなぞられ肌が粟立った。軽く擦り上げるように上下させると、鈍いながらも感じる遠い快感に唇の端から息を漏らす。良い気になったのか中々直接触れようとしない彼女の様子に、唇を離しまるでそれを咎めるように名前を呼ぶと口元を緩ませた。 「意地悪のつもりかい」 「そんな事は無いですよ、…ただ、こんなにして下さってた事が嬉しくて」 「…何を言ってるんだ」 彼女の言葉で急にこの状況が恥ずかしくなり目を伏せる。彼女の手によって取り出された怒張したそれを支えるように指が這い、ぞくぞくとした感覚が全身に走った。つい先程まで彼女が自らを慰めるために埋めていた指先が、今は丁寧に浮竹のそれを扱く。 先端から染み出した汁を塗りつけるように滑り圧迫する。二人の身体の間の空間で行われるその有様を自然と俯き視界に入れていた。熱い吐息を漏らしながら、硬さを増すそれを彼女はただ飽きもせずにぐにぐにと弄り続ける。直接的な刺激が断続的に続けば息は上がり、制するように名前を呼んだ。 彼女も我慢ならなかったのは同じだったのか、その手を止め腰を僅かに浮かせ更に距離を詰める。片手を浮竹の肩へと掛けたまま、右の手では蜜壺へ導くため軽く摘む。 先端がひたりと熱に触れれば、それは解す必要が無いほど熟れていた。蜜で緩みきったその入口は先端を飲み込むと、彼女のゆるゆるとした動きに合わせさらに深くへと導かれる。熱に包まれ柔く締め上げる感覚は飽きもせず心地よく、自然と彼女の腰へ手を添え奥へと急いだ。 「は、ぁっ…き、もち」 「…独りでするよりもか」 「あ、っあたりまえ、です」 微かに不機嫌そうに眉を顰めたに、浮竹は笑う。は両の手を浮竹の肩に掛けその摩擦を味わうよう腰を揺らしぐじゅぐじゅと音を立て出し入れを繰り返す。蕩けるような肉感に覆われた締め付けは今方の指先による刺激に比べれば鈍いものではあるが、充足感に勝るものはない。 波が押し寄せるかのように緩急をつけ腰を揺らすは、肩にしがみつき憚らず声を上げる。込み上げはじめた吐精感にまだ多少の余裕を残したいが為、時折彼女の腰の動きを制して深く息を吐く。 一旦は彼女も素直に従うもののやはり我慢ならないのか、再び開始された揺れはその僅かな時間で早くも折角取り戻した筈だった多少の理性を拭い去った。彼女の腰を支える手を下へと滑らせ柔らかな双丘を撫でる。 彼女の中で締め上げられながら膨張を続けるそれは、びくびくと震えその淫靡な蠢きに耐えていた。きもちいい、とはうわ言のように呟きながら腰を艶かしく揺らし、荒い呼吸を繰り返す。主導権は跨る彼女に握られていたが、それを今更覆そうとは思わない。その身体を押し倒し組み敷くことなど造作もない事だが、この一方的に与えられるばかりの状況は満更でもなかった。 それは今しがた彼女の自慰を眺めていたあの燻る欲情へ結びつく。目前に恋人が居るにも関わらず最も欲しい熱を得ることが出来ず焦れ、独り欲を埋めていた彼女が今はようやく目当てのものを手に入れ満足気に啼く。彼女を満たしているのは他でもない己なのだと、肌を合わせながら浴びるほど感じる支配欲が今は心地よいとすら思えた。 求めるまま腰を揺らし押し込み、深く小突く感覚に身体を震わせ切羽詰まった声を上げる。激しく波打つ彼女の体内は途端に緩んだかと思いきや、彼女の漏れ出るような声と共に心地よく締め付ける。 いく、と掠れた声で申告をした彼女は項垂れ身体を大きく震わせる。苦しげに声を漏らした浮竹は、うねる体内に促されるよう込み上げた白濁を散らす。彼女の臀部を掴みその最奥を求めるように押し付け、溜まった精を枯れるまで吐き出した。 大きく肩を上下させ息を繰り返すの背に手を回し、柔く抱く。その温い体温を腕に収めると、言い得ぬ幸福感に満たされ目を瞑る。徐々に規則正しく整い始めた呼吸音がまるで子守唄のようにも思え、途端に眠気がふわりと襲った。 まだ繋がりを保ったまま、浮竹は彼女を抱き敷布の上へと転がる。はずみでずるりと抜けたそれは、勢いさえ失ったもののまだ多少の硬さを持っていた。腕の中で顔を上げたはその様子を知ってか知らずか微笑む。 「結局こうなりましたね」 「こうするつもりだったよ」 「それは、そうだろうと今は分かりますけど…はじめは本当に見られて終わるだけかと思いました」 そう目線を逸らすに、どうして、と浮竹は尋ねる。その柔らかな髪に指を通して漉くと、僅かに地肌が汗ばみしっとりと湿っているのが分かった。 「なんだか…とても満足されてるご様子だったので」 望んだ光景を目の前にすれば、それは満足げな表情にもなるというものだろう。だが改めて指摘をされるとこっ恥ずかしい。誤魔化すように額へと唇を軽く落とすと、柔らかな石鹸の香りが鼻をくすぐる。 「…今度は」 「ん？」 「今度は、十四郎さんが見せてください」 「い、いやそれは…」 「だめですよ、隊を離れれば私達は対等なんですから。ここは公平に」 その理論は至極ご尤もだ。ね、と笑うから浮竹は目を逸し、頷く事無くただひとつ低く唸った。 2020/12/26