蛇として生きる

50音企画

蛇として生きる

 

 日南田千世と初めて言葉を交わしたのは、真央霊術院での特別講義の後だった。彼女は友人の付添いで、特に授業にもそして藍染自身にも特別興味が無さそうな様子であった。女生徒の質問に軽く答えた後、君はどうなのかと後ろの日南田へ尋ねた覚えがある。しかし変わらず興味が無さそうな様子で、少し笑って頭を下げるだけだった。
 特進学級ならばそれなりの才を持っている筈だが、そのままでは才を持ち腐れるのだろうと思った。彼女に並外れた霊力がある訳でも無ければ、恐らく天才という訳でもない。それなりの才と、そして多少の落ちぶれない程度の努力を持ってして今の彼女は存在している。それを凡庸と言ってしまえばそれまでで、だがその凡庸さを受け入れているようにも思える風体に米粒ほどの興味が湧いたのは確かだ。
 それから暫くが経ち、彼女を十三番隊の隊舎近くで見かけた。何処かで見覚えのある顔だと記憶を掘り返せば、あの時のやけに興味の無さそうな生徒だと思い出した。よくも無事に死神になれたものだと、気紛れに米粒ほどの興味を拾い上げその姿へと近づいた。
 話し掛けてみれば、日南田はひどく緊張した面持ちでその背筋を伸ばす。学院時代に比べ顔つきも変わり、あの気だるげな様子は影を潜めている。話を聞けば今は所属の十三番隊において席官に上がったというのだから驚いたものだ。あの崖の上でふらふらと歩き、いつ崖下へ落ちても良いような様子から一体何が彼女をそうさせたのかと、僅かにまた興味が湧いた。
 その「何」を知ったのは彼女が副隊長へと昇進した春先のことだ。

「副隊長への昇進、おめでとう」
「あ…ありがとうございます」

 通りがかりに呼び止めそう伝えれば、相変わらず固い様子で頭を下げた。日南田が席官へ上がって以来、雛森を通じて何度か勉強会への出席を促していたが一度として顔を出すことはない。敬遠されているのだろうという事は、その反応を見るからに良く分かる。

「だが残念だよ」
「残念?」
「副隊長に昇進してしまったら、君をうちの隊へ招く事が出来ないからね」

 席官程度であれば三席あたりにねじ込むこと等容易いが、流石に副隊長となればそうもいかない。冗談はお止めください、と真剣な表情で言う日南田に、藍染は軽く笑う。
 特にそれ以上の会話が生まれる間柄でもなく、彼女は頭を下げた。少し焦ったように駆ける背を見送れば、少し離れた場所で立ち止まる上官の姿があった。駆け寄った彼女は、今までの固い表情を途端に緩めその白髪の男を見上げる。まるで氷が溶け出すほどの変わり様に、思わず様子をそのまま見つめた。
 会話の内容までは聞こえない。白髪の男は何やら語りかけながら優しい眼差しを向け、それを一身に浴びる日南田は回りに花を散らす程の笑みを浮かべる。彼女の「何」はあれだったのだろうと、考えずとも分かる。
 視線に気づいたのか、白髪の男は藍染へと顔を向け呑気そうに軽く手を挙げる。釣られたように日南田も視線を向けたが、途端に固めた表情のまま軽く頭を下げた。下らない。実に下らない理由だった。
 米粒ほどの興味が消えようと、さしたる問題では無いというのにそれはどうにも苛立たしく思え、踵を返し帰路を踏みしめた。

付け入る隙がほらそこにに続く