虫の吐息で酌み交わす

50音企画

虫の吐息で酌み交わす

 

 隊を超えての飲み会というのはやはり気を遣う。今日なんて特に五番隊の藍染隊長、六番隊の朽木隊長が参加する異例の事態で、呑気にその二人の間で笑う浮竹隊長の姿を眺めながら私はただ、身体を固くしてひたすら俯いていた。
 左に座る雛森さんは恐らく藍染隊長のことしか見えていないのか、真っ直ぐ彼を見つめてその一言一句を逃さないように聞き入り頷いているし、阿散井君はただ背筋を伸ばして真っ直ぐ朽木隊長からややずれた場所の壁を見つめている。
 腹が空いている筈だと言うのに箸は進まず、酒もまさか満足に呑めるはずがない。空になった隊長方の器に注ぐ事だけを暫く繰り返している。
 藍染隊長は比較的浮竹隊長との会話を楽しんでいるようだけれど、朽木隊長は何処を見ているのかわからない。ただ酒だけはよく進んでいて、三名の隊長の内一番おかわりの回数が多い。
 この宴席を企画したのは他でもない浮竹隊長で、特に理由はないらしい。偶には隊を超えての飲み会も楽しいんじゃないか、とこの店へ来る道すがら言っていたが私は決して楽しい予感はしなかった。
 副隊長へ上がったばかりの私への気遣いだったのだろうかと思う。こういう酒の席で他隊の隊長副隊長と多少交流ができれば、今後も気が楽だろうとでも思ってくれたのだろう。それが私の思いすごしでなければ、大変にありがたい事だと思う。

千世、酒が進んでないな」
「い、いえ、そんな事は」
日南田君は具合でも悪いのかな、先程からずっと俯いているようだが」

 藍染隊長の言葉に慌てて目を見開いて否定する。それならよかった、と笑って徳利を持ち上げた藍染隊長に促されて猪口の酒を口に含むと、直ぐにまた彼によって満たされた。

日南田さん結構呑むって聞いたよ、もっと遠慮しないで呑めばいいのに」
「いや、そんな事は無いから…それより阿散井君の方が全然進んでないと思います」

 話を振るなとでも言いたげな表情を向けられたが、無言で徳利を持ち上げた朽木隊長にまるで電流が走ったかのように阿散井君は再び背筋を伸ばし、一息に飲み込むと猪口を差し出し深く頭を下げる。
 ああ、なんだこの空間は。とにかく居心地が悪い。浮竹隊長が同じ空間にいるというのに、こんなにも居心地の悪いのは初めてだ。目の前でにこにこといい気分で笑っている隊長のその広大な草原のように穏やかな感情を、少しは分けて欲しい。

日南田、呑め」

 今まで視線を不明な方向へ投げていた朽木隊長から突然呼び掛けられ、まるで電流が走ったかのように背筋を伸ばす。骨の奥まで見透かすようなその刺さるような視線を向けられながら、呑め、とまた言う彼の言葉に高速で頷いた。
 なんと恐れ多いことに朽木隊長がまるで私の器に注いでやろうかというような様子で、徳利を持ち上げる。突然の動作に驚愕して思わず縋るように浮竹隊長の顔を見れば、うんうんと微笑み頷いて促された。
 並々注がれた酒を口に含みながら、ああこれから私の副隊長としての生活が始まるのだと、まざまざ感じる夜だった。