舌ざわりのよい客

50音企画

舌ざわりのよい客

 

 見て下さい、と千世は台所からばたばたとやってきて、皿に盛ったふるふると震える橙色がかった半透明のものを浮竹へと見せつける。

「…何だこれは、寒天か?」
「はい、ただもっと柔らかくて…ゼリーと言います」
「ゼリー…現世からか」
「はい。作り方を教えてもらって」

 皿を受け取り、浮竹は僅かに皿を揺らしてみる。たぷたぷとでも言うべきか、触れればきっと心地が良さそうな揺れはどちらかと言えば液体に近いような印象を受ける。昨日千世は終業後にこのゼリーとやらを作るための材料を買ってきていたようで、今日は朝から何やら台所で勤しんでいた。
 台所での作業が終わってから暫く経っていたが、ふと思い出したようにまた台所へと向かい冷蔵庫で無事に冷えたらしきそれをようやく浮竹へお披露目した。
 食べてみて下さい、と匙を渡され浮竹はひとつ掬い口に含む。爽やかに甘い蜜柑の味が、舌の上で味わう間もなくつるりと喉へ流れた。みつ豆にあるような寒天とは違い、確かに柔らかい。舌触りも冷たい喉越しも実によく、食欲がない時にも最適だろう。

「美味しいよ、ありがとう」
「良かったです。このゼリー、もっと甘く作れば苦い薬を飲みやすくなるかと思って」
「ああ、それは良い案だ。卯ノ花隊長の調薬がどうも年々苦くなっているような気がしてな…」

 いくら薬に慣れているとは言え、苦くないならばその方が有り難い。確かに千世の言う通り、甘いゼリーと混ぜ合わせて飲めばあの舌の痺れるような苦い薬も幾分マシになるだろう。そうぼんやりと考えながら、もうひと掬いゼリーを口に含む。僅かに混ざる蜜柑の果肉が噛めば弾けて美味い。
 そう頬を緩めていたせいか、まだ皿に残るゼリーをじっと見つめる千世の目がどこか物欲しげに見えた。千世は食べたのかと聞けば、試作だからあまり量を作っておらず浮竹の持つ皿に乗る分で今日はもう終いなのだと言う。
 こんなに美味いものをまさか独り占めする訳には行かない。一つ多めに匙で掬い、彼女の方へと差し出した。何も言わずとも千世は反射的に口を開き、そこへ匙を運んでやる。
 ぱくりと咥えた千世はそのまま舌触りを楽しみ、そして喉をごくりと動かし満足気に笑む。おいしい、と一言呟く彼女の喜ぶ表情がまた見たくなり、同じようにもう一度ゼリーを掬い彼女の口元へと運んだ。

「隊長の為に作ったのに」
「それなら、俺がどうしようと勝手だろう」
「そうなんですが…」

 そう言って半開きになった彼女の口へまた匙を運ぶ。匙を咥える度にきゅっと幸せそうに上向きになる口角は、休日の昼下がりに実に相応しい光景のように思えた。