目配り目配せ目分量

50音企画

目配り目配せ目分量

 

 一年に一度、新入隊員がようやく馴染み始めた夏前に隊を挙げての歓迎会が行われる。今年も勿論四月に入る前から幹事の席官達によって入念に準備がされていた。
 瀞霊廷でも随一の広さを誇る居酒屋を貸し切り、出し物を用意し、当日の当番は公平性を持ってあみだくじで決められる。年に一度の大宴会ということもあり中々な盛り上がりを見せ、終了予定時刻よりも既に一時間が過ぎていた。
 会が始まってから三時間ほどもすれば、机に突っ伏し酔いつぶれている隊士も多い。隊長である浮竹は先程から数名の若い女性隊士に囲まれて楽しげに会話をしているし、千世もやっと男性隊士のしつこい絡みが終わったと思えば、次は清音にしつこく絡まれうんざりしていた。
 珍しくほぼ酒を飲んでいない千世は、この光景を眺めながら酒とは恐ろしいものだと改めて思う。至る所で酔っ払い同士がゲラゲラと笑い合っていたり涙を流していたり、なんと雰囲気の良さそうな男女の組み合わせが出来ているが、十一番隊のように乱闘騒ぎが起きないだけマシなのかも知れない。
 身体にへばりついてくる清音を引き剥がし、お冷の入った湯呑を握らせる。毎年の事とはいえ、店に無理を言って翌日の明け方まで猶予を貰っているというのも恥ずかしい話だ。だがこの様子で今から引き上げるというのは、無理だろう。瀞霊廷の至る所で路上宿泊者を生み出す事となる。
 千世は清音のうわ言を横で聞きながら、特にする事も無く二列先の正面に座る浮竹の様子を眺めていた。何を話しているのか、時折女性隊士の高い笑い声が聞こえるだけで分からない。この時間帯になると意識の脱落者も増え、彼の回りからようやく人が減り始めた頃にああして若い女性が集まり始めるのは毎年のことだ。
 今までは気が気でなかったが、今年は彼の恋人であるという絶対的な自信があった為比較的平常心でその様子を見ることが出来た。だが、時折笑ったついでに彼の袖や腕に触れる者は流石に目につく。
 僅かに苛立つ瞬間をどうにか抑え込みながら、口に含んだ氷を噛み砕いた。特に大きな音を立てたわけではなかったが、その時ふと浮竹の目線が千世へと向いた。今まで視線に気付いていたのか、居なかったのかは分からないが何かもの言いたげにまばたきをする。何かと思い千世が眉を曲げればその途端、立ち上がった。惜しむような女性たちの声が聞こえたが、ふっと笑うとそれだけで彼女らは黙る。
 千世へ僅かに向ける視線に、彼女たちは気付いていない。出入り口へと向かう彼を目線で追えば、彼の口が何か三文字を発したのが見えた。気のせいでなければそれはおいで、とでも言っているかのようで、千世は思わず立ち上がる。
 寄りかかる清音をそっと机の上へと預けながら、不自然にならないよう彼が部屋の外へ出た後少ししてからその背を追った。

「やっと気付いたか」

 待合所のような、はたまた中庭のような空間に、ぽつりと置いてある竹製の長椅子に腰を下ろしていた浮竹は千世を隣に招く。

「やっと?」
「早くあの場から出たかったから、何度も千世へ目線を遣っていたんだよ」
「そ、そうだったんですか…?それなら、もっと分かりやすく見て下されば良かったのに」

 千世の言葉に、無理を言うなと浮竹は笑う。あの囲まれた状況で分かりやすく千世を見つめる事は確かに難しいだろう。

「でも抜け出すだけなら、お一人でも良かったんじゃないですか?」
「あの飲んだくれの中に、千世を置いていけると思うか」

 そう答えた浮竹の眉が、少しばかり不安そうに曲がったように見えた。膝においた手を軽く握られ、ふっと息を呑む。宴会場と同じ敷地で、そう離れていないというのに誰かが来たらどうするのだと内心焦るがしかし振りほどくことは出来ない。
 どうしようかと考えるものの思考は緊張で阻まれ、彼を見つめたままぽかんと半開きにした唇は間もなくそっと奪われた。