正しいはじらいかた

50音企画

正しいはじらいかた

 

 夜が更け灯りを消そうか消さまいかとする頃がなかなか好きだった。しんとした寝室で、瞼の重さに気づきはじめるような時間帯だ。
 手元の本をぱたんと閉じて、隣の彼女を見やれば布団から顔を出しじっとその視線を向ける。きっとそのまま放っておけば眠ってしまいそうな様子で、だが僅かに何かを待っているようにもそれは見えた。
 途端に甘ったるい空気が漂い、それを胸一杯吸い込むように呼吸をすれば身体の中に燻る何かを感じ始める。頬に手を伸ばし、そっとその柔らかさに触れると千世はふふと小さく笑い目を細めた。

「眠らないのか」
「…はい、まだ」

 互いにとぎれとぎれの言葉を交わしながら、徐々に核心へと近づいてゆく。はっきりと口にしないものの、互いに駆け引きのように重ねていく言葉は年甲斐もなく心拍を緩やかに上げる。
 頬に触れていた手に彼女の手が重なる。温い体温が心地よく、誘うように甲をするりとゆっくり滑った。頬は熱を持ち、まるで今か今かと待つように伏せた睫毛を震わせる。
 始まってしまえばあとはただ欲に身を任せるだけの行為だというのに、始まる前というのはどうしてこうも無意味にも思える駆け引きを楽しみたくなる。触れてほしいと熱を帯びた欲求が、彼女の中で堆積してゆく様子がありありと分かるこの瞬間が好きだった。
 おそらくそれは、同じように思われているのかもしれない。触れたいと思いが募るほど息は自然と上がり、笑みを忘れる。もしかすればその強ばる表情を見られ、ああこの人も期待をしているのだと彼女は気づいているのかもしれない。
 しかし彼女は実にいじらしく待ち続ける。言葉は減り、互いの息遣いと心音が聞こえそうなほどしんとした寝室の隅ではゆらゆらとあかりが揺れる。とうとう身体を僅かに起こし彼女の側へ擦り寄れば、きっと待ち望んだ展開にその頬は僅かに緩む。
 その唇が逃げないよう頬を捕まえたまま顔を寄せると、その潤む瞳をそっと閉じた。
 この行為を何度繰り返そうが彼女は飽きること無くその頬を染め、目を潤ませ恥じらう。何より困るのは、浮竹自身も彼女のその姿へ飽きること無く胸を揺らし、触れたいと焦がれ欲が無闇に流れ出す。
 いつになったら飽きるのか、慣れるのか。果たして今この熱の中では見当すらつかない。つまるところ彼女のこの表情は、実に正しいという事なのだろう。