技術開発局の媚薬を試す話-4

「感度五、持続性三…改善の余地有りだネ」 「……」 あれから三日ほど経った今日、再び技術開発局へと訪れていた。 前回と同じように奥の部屋へと連れ込まれ椅子に座るよう促されると、何やら珍しく茶を出された。だがあの催淫剤の効果をこの身を持って味わった後では、あまり此処で出される茶を飲む気になれない。 質問に答える度に一喜一憂する姿を眺めながら、一体真っ昼間からわざわざ此処まで出向き何をしているのかと虚無感に襲われた。 「使用後に副作用を感じた事は？」 「特には…だが、あれは何か滋養剤でも入っているのか。全く疲れなかった」 「私は気が利くんだ。それくらいは調合しているヨ」 道理で事後も疲れなかった訳だと合点がいく。 あの催淫剤の効果は三時間だと聞いていたが、結局二時間と少し程度で切れた。とは言ってもあの調子で過ごせば二時間でも十分だった。あれ以上続けば、互いに正しい呼吸の仕方すら忘れてしまったかも知れない。 今でもあの日のあのむせ返るような熱をありありと思い出す事が出来る。結局何度彼女の中で果てたか数えるのも止めていた。途中からは吐き出すものも無くなり、互いにただ昇りつめる為だけの行為を続けていた。 途中何度かもう終えようかという瞬間はあったのだが、しかし際限なく湧き出る欲に結局互いに溺れた。あの場で思考などほぼあって無いようなものになっていたから、今思えば異常な状況にその時は何の疑いも無かった。 「一つ聞きたいんだが…あの催淫剤は精神にも影響するものなのか」 「性欲を増幅させるという部分で、精神へ直接影響を与えるものは調合に含んでいない。性欲を感じるのは主に脳の後頭葉だ、脳の活性によって勿論精神へ影響は出るが、その先に関しては本人の性質が九割だネ」 「…なるほど…？」 浮竹は眉を曲げて適当に頷く。 「…つまり、その…具体的な話にはなるが…相手に会いたいと強く感じたのは、催淫剤の効果では無いという事か」 「性欲に強く結びつく相手を想起したというだけだろう」 「なるほど…」 確か彼女も急に会いたくなったのだと言っていた。その異様な衝動を妙に感じて、人の居ない土蔵へと逃げたのだと話していた。涅の言う通りならば、彼女の性欲に結びつく相手が浮竹だったということなのだろう。 普段の彼女の様子ははおおよそ性とは無縁のように見えるが、だがひとたび落ちればああも乱れて求める姿を他の誰にも見せたくないと思う。少なくとも彼女がそうして乱れる姿を見せる相手は浮竹だけであって、それを思うとやけに胸がすいた。 先日此処で京楽に言われた言葉が暫く引っかかっていたのだ。行為に満足をしているのが自分だけだったらと、随分冷や汗の垂れるような事を指摘された。本心を聞いたことなど勿論無いから、そんな筈は無いとは言い切れない。 もしもが行為に満足していなかったとして、恋人とは言え倍ほども年が上の相手に満足していないとは言い難いだろう。 しかしそれも杞憂だったのだろうと思う。 「新作が有るが試すか？」 「…いや、良いよ。もう十分君の恐ろしさは伝わった」 「…そうかネ」 何か恐ろしい瓶詰めを持ち上げたが、断ればそっけなく返された。結局出された茶には手を付けないまま浮竹は椅子から立ち上がる。 「参考になったヨ。依頼主に良い報告が出来そうだ」 「…依頼主？何だ、あの催淫剤のか」 「ああ、いや…此方の話だヨ」 珍しく一瞬慌てた様子に眉をひそめるが、それ以上を追求するのも面倒だった。だが依頼主が居たとは初耳だ。どうやら薬の数々を全て自ら生み出しているという訳でもないようだ。 その実験にまんまと身体を使われた事が何処か引っかかるが、だがあの日の事が頭を過るとそんな些細な事などどうでも良い。 技術開発局からの帰り道、ぼんやりと隊舎に向かう道で見慣れた姿が正面から向かってくるのが見えた。何やら封筒を多数抱えている様子を見て、ああもう月末かと思い出す。 「隊長、お昼ごはんですか？」 「単なる野暮用だよ、これから隊舎に戻る。はこれから一番隊か」 「はい、もういくつか纏めた分があるので先に提出してしまおうと思いまして」 「そうか。いつも助かってるよ」 は嬉しそうに笑うと、一つ頭を下げてそのまま去ってゆく。後ろ姿を眺めながら、またあの姿を思い出して慌ててかき消した。三日経った今でもこの様子ならば、恐らく暫くは頭から離れそうにない。 しかし、おかしい。隊舎の門をくぐりながら、感じていた違和感を思い出す。と先ほど出会った道では一番隊へは大回りになる。まさか今まで副隊長を続けていて、近道を知らないはずが無いのだが。 「…まあいいか」 誰に向けるでもなく呟いた。何かしら立ち寄る用事でもあるんだろう。脱いだ草鞋を綺麗に並べ、それから一つ伸びをした。 2020/07/26