手で汚さねばならない

2021年6月26日
50音企画

手で汚さねばならない

 

「浮竹隊長って、夜どんな感じなの」
「えっ!?」
「ずっと気になってたのよねえ、だってあの人全くそういう匂い出さないじゃない」

 えっ、と千世はもう一度絶句する。定時を少し過ぎた頃に千世の執務室へと酒瓶を持って現れた松本と飲み始めて暫く、突然の言葉に千世は固まったまま彼女の顔を凝視する。隊舎という事もあり今まで多少声を抑えての会話だったのだが、思わぬ言葉に素っ頓狂な声を上げてしまった。
 今まで恐らく敢えて松本はその話題を避けてきていたのだろう。知りたくて堪らないとでも言うような興味津々な様子で目を輝かせる彼女に、とうとう目線を逸した。

「そういうのは、ちょっと…」
「いいじゃない!いつも何でか居る日番谷隊長だって今日は居ないんだから」
「でも、その…浮竹隊長の尊厳に関わる部分だと思うので…」
「固いこと言わないでよ、今は仕事抜きで親友同士の場でしょ?ってか尊厳って…何、もしかしてすんごい事させられてるとか」
「ちっ、ちがう!普通に優しいよ、普通に!」

 千世が慌てて返せば、ふうん優しいんだと彼女はその目を細めた。下手な弁解は墓穴だ。みるみる顔に血が昇ってゆくのが分かる。千世の一言に松本は調子づいたのか、二人の間に空いていた空間を埋めるように体を寄せ、あとは、と囁くように聞く。
 そう尋ねられると、だめだと口では言いながらも過ごした夜の記憶が呼び起こされ勝手に心拍が上がってゆく。酒が回り始め多少良い気分だったというのに、一気に冷水を浴びせられたように今は頭が冴えてしまった。

「どこが優しいの?色々あるじゃない、キスとか前戯とか…」
「も…もうこの話はやめよう、ほんとに」
「駄目よ、教えてくれないなら今から雨乾堂行って聞いてくるから」
「ごめんなさいそれは本当に勘弁して下さい…」

 酔いが回って頬を赤らめた状態の彼女が言うと、半ば冗談のようには聞こえない。立ち上がりかけた松本の身体へ千世は必死に縋れば、彼女は満足したように笑って千世の言葉を促す。
 どこがと聞かれると、どう答えるのが正解であるか分からない。何度も繰り返した夜の総評として千世は彼の行為が優しいと思っているのであって、具体的な部分を挙げるというのは難しい。ぐるぐると頭の中で巡る記憶に一つため息を吐けば、それが案外熱かった。

「なに耳まで赤くして…思い出してんの?」
「だってそれは、乱菊さんが聞くから!」
「やらし」
「ひどい!」

 からかうように笑う彼女に、千世はぐったりと長椅子の肘掛けへとうなだれる。そのまま机上に置いていた湯呑を手に取ると、半分ほど残っていた酒をごくりと飲み干した。彼女の不躾な質問で一瞬は目が覚めたものの、やはり蓄積された酒がまたぶり返す。
 途端にふわっと良い気分が蘇り、視線を宙に浮かせた。

「なんというか…丁寧に汚される…感じ…かな…」

 ふと千世が呟く。ぼんやりと空を見つめたまま、この答えならば松本も満足だろうと身体を起こし彼女の顔を見つめた。またやらしい笑みを浮かべているかと思いきや、驚いたように目を見開いている。

「…は!?何、急に」
「い、いやだって、乱菊さんが聞くから」
「そういう、その…そういう生々しいのは違う!」

 そんなつもりは毛頭なかったのだが。気のせいか頬を赤くした松本に、千世は眉を曲げながら湯呑へ酒を並々注いだ。