幽閉志願

50音企画

幽閉志願

 

 まだ少し早い時期ではあったが、こたつを執務室に出していた。木造というものは実に隙間風が多い。火鉢を置いているが、それでも足りないと思う時がある。この千世が一日のほぼ半分以上を過ごす執務室もじっとしていれば凍えるほどで、暫くはひざ掛けで凌いでいた。しかしそれももうそろそろ厳しい。
 思えば春に副隊長になったものだから、この執務室で冬を過ごすのは初めての経験になる。こたつはそう高いものでもなかったから、千世の手持ちで購入した。長椅子を奥に詰め、長机は一時的に納屋へと運んだ。無事に設置の終わったこたつの電源を入れると、早速その中へと潜り込む。
 まだ多少中の空気は冷えていたが、電熱線が温まり始めじわじわとその空間の温度を上げてゆく。身体の八割程をこたつの中へと潜り込ませ、その暖かさに思わず目を瞑る。まるで天国のように幸せな気持ちだった。冷たい畳の上にはしっかりと起毛の柔らかな絨毯を敷いているから、それが身体を支えて実にふわりと包まれるようだ。
 そうだ、と千世は身体を起こす。そそくさと立ち上がると、その寒さに震えながら執務机の上に重ねていた書類と筆硯を手に持ち、こたつの上へと移動させた。
 我ながら良い案だった。こたつに再び潜り込むと、最低限の仕事道具一式と書類を前に千世は満足そうに頷く。筆を手に持ち、仕事を再開させるが実に快適だ。背には毛布を掛けているから、体温がしっかりと保たれている。
 そうして暫く筆を走らせていたが、不意に眠気が湧き出した。こうも暖かな中いつか来るだろうと思っていた事だ。千世は一旦筆を置くと、ゆっくりと後方へ身体を倒した。

「休憩中か?」
「はい、束の間の休憩です。隊長も入られますか?」

 封筒を手にした浮竹が執務室に顔を出したが、起き上がる気にはなれない。一番隊へ顔を出していたようで、何やら修正の書類らしいと言いながら封筒を書類の上へと重ねる。あまり遠慮ない様子で浮竹は千世の正面へと身体を潜り込ませ、その暖かさに頬を緩める。

「こうも温いと、眠くなるだろう」
「そんな事無いですよ」

 千世の答えに、本当かと疑うように笑う。確かに眠気は湧いて出てきては居るが、束の間の休息だ。もう少しすればまた手元の書類に戻るつもりだった。だがまだもう暫くこの温さに浸かっていたい。
 少しだけと、千世は目を瞑る。火鉢が時折ぱちりと音を立てる以外、実に静かな空間だ。こたつの中で僅かに触れる彼の足が、時折するりと脛の辺りを撫でる。それがくすぐったいような、心地よいような妙な気分だ。
 こんな時間がずっと続いてしまえば良いのにと、目を瞑りながら思う。誰も邪魔しないこの温い空間の中で何もせず、何も悩まず過ごしてみたい。だがそんな事が無理な望みだと分かっているから、そう夢見てしまうのだろう。
 どれだけ経ったか分からないが、ふと眠い目を開けると先程まで何か書類を眺めていたらしき浮竹の立てる物音がいつの間にやら止んでいる。脛を擦っていた妙な足の動きも、今は止んでいる。先程まで顔が見えていたはずが、横になっている千世から今は彼の様子が見え無くなっていた。少し身体を起こしてみれば、天板に突っ伏していつの間にか寝息を立てている姿を見つける。
 その穏やかな様子に、ふふと自然に優しい笑いが漏れ出る。千世はまた身体を倒し、安心をしたように再び目を瞑った。ゆったりと流れる時間の中、そこから意識を手放すまで時間はそう掛からなかった。