妹姫に尋ねよ

2021年6月26日
50音企画

妹姫に尋ねよ

「隊長にはご兄弟がいらっしゃるんですよね」
「ああ、妹が二人に、弟が五人だが…暫く会っていないな」

 思い出すように視線を上へ上げたが、間もなくまたつま先へと下ろす。ぱちん、ぱちんと爪を切る音は景気がよくて嫌いではない。何が面白いでもないというのに、千世はその様子を先程から眺めていた。
 縁側で広げた新聞紙の上で、手指の爪を切り、それが終われば足の爪へと移動する。足の爪のほうが手のそれに比べて硬いからより音が心地よい。じっと見つめる千世に何が面白いんだと浮竹ははじめ気まずそうに笑っていたが、特に理由がないから何となくです、と誤魔化した。

「どんな方なんですか、ご兄弟は」
「どんな…と言われてもな。白髪じゃないことは確かだ」
「見た目の話じゃないですよ、性格とか…何か面白い昔の話とか」

 うーんと彼は悩んだように唸った。爪を切る途中の手は左足の小指の爪を切り落とすと、それが最後だったのか銀の爪切りから手を離す。

「終わっちゃったんですか?爪切り」
「残念か?」
「何となく…爪を切る音が好きなので」
「成程…それならどれ、千世の爪も切ってやろうか」

 突然の提案に千世が動揺すると、浮竹は答えるより前に腕を伸ばし千世の足首を捕らえる。ぐっと引っ張られて板の間を少し移動すると、新聞紙の上へと足を載せられた。
 足の指にふにふにと触れられる感覚が千世はどうにもぞわぞわとして、力が入る。恋人とはいえ上官の彼に足を触らせましてや爪を切らせるなんてとんでもない行為が今から行われようとしている。
 とんでもない、と思いながらも逃げ出そうとしない心理というのは不思議なもので、結局待ち望んでいるのだろう。彼の手ずから、自らの僅かに伸びた爪を切り落とされるという行為を妙な緊張感と共に待ち望んでいる。

「比べて小さいな」
「それは、男性の足に比べたら…」
「いや、妹のと比べてだよ。よく切ってやっていたんだ」
「そ…そうだったんですか…?」

 浮竹の言葉に目をぱちぱちとさせながら千世は何とも言えない感情が自分の中で渦巻くのを感じる。ぱちん、とほんの少しの衝撃とともに切り落とされた親指の爪は、少し弧を描いて新聞紙の上へと落ちた。

「次の休み、久しぶりに帰ってみようか」
「ご実家にですか?」
「そう、千世も一緒に」

 は、と空気の漏れるような声を発し、千世は口を開けたまま彼の伏した目を見つめる。彼の視線は千世のつま先だけを見つめており、ぱちんぱちんと、景気の良い音が相変わらず縁側に響いた。